129 1994/12/03 Sat 天照町埠頭:ここで潰される程度の人生ならそれで結構
芽生が手の平でレイカを指し示す。
「一樹君、紹介するわ。彼女は麗花美子。わたしの小学校時代のライバルだった子よ」
「レイカって苗字だったんだ」
てっきり下の名前かと。
俺の驚きを見てとったらしく、レイカがやれやれと手を広げる。
「麗しい花って書くんだけどさ、無駄に派手な苗字だよねえ。驚かれるのはいつものこと」
「ううん、驚きはしたけど素敵な苗字だと思う」
言った瞬間、レイカが固まった。
「あ、あ、あ……ありがとう……ま、ま、まさか一樹にそんなこと言われるなんてね。でも嬉しいよ」
しどろもどろになってる。
一樹の印象が中学時代で止まってるなら、こうなると思うけど。
レイカが「ははは」と気を取り直すためであろう愛想笑いをする。
「ライバルなんて大袈裟。芽生が勝手に絡んできてただけ」
「絡みたくもなるでしょう。勉強だって運動だって五分五分。同性からの人望は、あなたの方がよっぽどあったじゃない。わたしを選挙で負かして児童会長やってたくらいに」
「そうだったっけ。ま、いい幼馴染とは思ってるよ」
「だいたい、本来なら今頃はレイカが出雲学園チア部の部長してたはずなのに」
えっ!?
「そんな言い方は止めな。二葉ちゃんに失礼だよ」
ええっ!?
「悪いが口を挟ませてもらう。どういうこと?」
芽生が代わりに答える。
「高等部チア部の部長って中等部の部長が務める慣例なのね。わたし達の代の部長候補はレイカともう一人いた。でも一つ上の代と仲悪くてね……嫌がらせするために、当時はオミソ扱いされてた二葉さんを部長に任命したってわけ」
そういえば二葉から、そんな話を聞いた気が。
「もしかしてレイカってA子とB子のB子?」
レイカがあははと噴きだした。
「二葉ちゃんから聞いてるんだ。どんな話し方したのって感じだけど、言われてみれば『英子』と『美子』。確かに匿名にしやすい名前だよね」
芽生が苦笑いを浮かべる。
「レイカを放逐した先輩達がわたしの後ろ盾というのも笑えない話だけど」
「放逐も何もウチが勝手にやめたんだし。上に立ちたければ利用できるものは何でも利用しないと。そういう強かさ持ち合わせてるのが芽生のいいところじゃん……ウチとしては二葉ちゃんと争うより支えて欲しいのが本音だけどさ」
「なんであんな始末に負えない腹黒女を庇うかしらね」
「昔の二葉ちゃんを知ってるもの。芽生にそこまで言わせるまで成長したなんて、むしろウチは嬉しくて涙出るよ」
双方の味方をしながら、言うべきことはちゃんと言う。
それでいて気さくで距離を感じさせないし、現実を見る目もある。
特攻服姿の外見や蓮っ葉な物言いに騙されるところだったが、実は非常に理知的だ。
この会話だけでも本来のチア部部長候補と呼ばれていたのを納得させられてしまう。
「レイカ、失礼なことを聞いていいか?」
「パンツの色なら教えないよ?」
「さっき白って言ったじゃないか――って、違う! なんでこんなことやってる」
眉間にシワが寄り、ギロリと睨みこんでくる。
「それ、族に対する侮辱?」
「そんなつもりはない。ただ、あまりに変わりすぎだろう」
元チア部の部長候補で、昔の芽生のライバル。
昔のイメージのままであろう一樹にも、毒こそ吐きはすれ、友好的な態度をとってくれた。
本来なら今頃は優等生系アイドルとして生徒会長でもやっていそうなタイプだ。
出雲学園を辞めたのは家庭の事情とかあるにしても。
「学校では品行方正、裏ではヤンキー」というパターンでもなさそうに見受けられる。
むしろ何かと怪物じみてる二葉や芽生や龍舞さんより、素直な親近感すら抱かされる。
例えレイカがヒロインの一人と言われても決して違和感はない。
話を引き取ったのは龍舞さんだった。
「芽生がキサマを呼んだのは、そのことだ」
「アキラさん、どういうことっすか?」
レイカも聞かされてないのか。
「芽生、話せ」
「わたしは鈴木君と佐藤君を叩き潰す。一樹君はパートナー。レイカの話を聞いてもらいたくて、ここに呼んだ」
レイカが目を見開く。
「芽生……本気でやるつもりだったの? てっきり軽口や冗談かと……」
「本気よ」
さらに血相を変えた。
「止めな! ウチはそんなの望んでない!」
「これはレイカの問題じゃない、わたしの問題よ」
「詭弁は止めて!」
「詭弁なんかじゃない。友人、それもかつてはわたしがライバルと認めた人間を貶められて、黙っていられますか」
この緊迫したやりとりはなんだ。
事情がわからないから置いてきぼりにされている感はあるが、どう見てもただ事ではない。
「芽生が潰されちゃう!」
「ここで潰される程度の人生ならそれで結構」
「銀行なんて鈴木のテリトリーそのものじゃん!」
「いずれにせよ、銀行は既に潰れかかっているわ。しかも都銀を潰すとなれば日本経済を根本から揺るがすほどの問題だから、大蔵省の局長の一存だけでどうこうできる話ではない。泣きたい状況だけど、この件に限れば好都合ね」
「芽生の気持ちは嬉しいよ……だけど……」
龍舞さんがレイカの肩に手を置いた。
「アタシは芽生を信じる。一樹も信じる。それじゃダメか?」
「アキラさん……わかりました。でも一つだけいいっすか?」
「なんだ?」
「なぜ一樹が? ウチ、ここだけは納得できない……というか、訳わかんないんすけど」
龍舞さんが芽生に目線を向ける。
「まずね、一樹君って鈴木君と佐藤君からとんでもないイジメ受けてるの。机にびっしりゴキブリ貼り付けられたり、眼球を押しピンで潰されそうになったり」
「ひええええええええええ」
「わたしがレイカの件で憤っていることは彼らに悟られるわけにいかない。だから一樹君の立場を利用して敵に回るつもりだったの。当初は一樹君を彼らと差し違えさせるつもりでね」
「お前はそんなこと企んでたのか!」
レイカが俺の肩にポンと手を置き、ふるふる首を振る。
「芽生はこういう子だから」
わかってるよ、だけどそれでもって話だ。
こんな女相手に「信じてる」とか「いい幼馴染」とか言ってのけるレイカや龍舞さんって、すげえ器でかいと思う。
「体育倉庫で口にした通りよ、『一樹ごとき』って。でも、今は違うわ」
「どう違う?」
「わたしは本心で一樹君を頼りにしている。話してみるまでわからなかったけど、あなたは他の生徒達と違う。頭は回るし、分別があるし、度胸もある。とても同じ高校生と接していると思えないのが正直なところ」
そりゃ中身二十六歳だから……なんて言えない。
「そりゃ俺様は天才だから」
「そういうバカげた台詞も正体隠すためじゃないかって勘ぐるほどにね。一樹君なら心強い味方になってくれると思うし、いい知恵を出してくれると思うの」
レイカがぽかんと口を開ける。
「珍しいね、芽生が本心で男子褒めるの。金之助と華小路に対してくらいだと思ってた」
どこから本心とわかるのだろう。
俺もさすがに今の関係で芽生を疑おうとは思わないが。
「納得してもらったところで、一樹君に事情を話して」
「……わかった」
「ただ、生々しい箇所はぼかす方向でお願いね。この人、わたしのキスすら邪悪なゴミ扱いしてくれたくらいだから」
レイカの声がひっくり返った。
「はあ!? 芽生……一樹にキスなんてしたの?」
龍舞さんがボソリと呟く。
「コイツ、一周回ってバカなところあるから」
「大きなお世話よ!」
レイカは二人のやりとりをくすりと笑うと、こちらに向き直り神妙な面持ちを構えた。
「じゃあ、一樹。説明させてもらうね」
さて、どんな話が飛び出すのか。




