128 1994/12/03 Sat 天照町埠頭:ごきげんよう、レイカ
さっきの子が戻ってきた。
ただし、今度は二人で。
「レイカ連れてきました」
「アキラさん、ちっす!」
レイカと呼ばれた子もやっぱり特攻服。
髪型は前髪を真っ直ぐに切り揃えたふんわりボブでむしろ清楚系統だが、色は真っ金髪。
そしてお約束な塗りに塗りたくった超きついアイメイク。
いや……きついを通り越して、もはや道化師だ。
しかし一般社会にあっては非常に特徴的な外見ながらも、ここでは至極普通。
その意味ではやはりモブキャラの一人と思わされる。
「呼び出して悪いな」
「とんでもないっす! 光栄っす! ――って、一樹じゃん!」
レイカがいきなり叫んだ。
え、え、え、え?
なんで俺のことを知ってる?
レイカが龍舞さんに顔を向ける。
「アキラさん、なんでこんな盗撮魔の変態野郎がここにいるんすか!」
「今日の主役だよ」
「どういうことっすか?」
「すぐにわかる。ただ一樹は変態は変態でも、かなり気合入った変態だぞ」
それ、どこも褒めてねえよ。
「一樹が『気合入った変態』なのは、中学が出雲学園だったから知ってますけど……」
出雲学園!? この超ヤンキーっ娘が???
「言い方が悪かった。アタシ達の意味での『気合』だ」
「ふーん……」
レイカがまじまじと顔を覗き込んでくる。
「一樹、お久しぶり」
え、えーっと、この場はどうクリアすればいい?
知り合いなのに知らないなんて言えない。
でも、只のモブ、それもこんなヤンキー系モブキャラなんて対処のしようがない。
「あ、ああ……」
生返事を発したものの、この後どうしよう?
……と思いきや、レイカがペロリと舌を出した。
「なーんてね。ウチは一樹知ってても、一樹はウチなんて知らないよね。ずっと違うクラスだったしさ」
助かった。
ただ、さらに何が続くかわからないので、言葉少なに返す。
「すまん」
「きっと、ウチのパンツは知ってるんだろうけど」
なんて予想通りの言葉、当然ながらレイカも盗撮の被害者か。
「それもすまん」
目を見開いて固まる。
「『すまん』って……いったいどうしちゃったの? ウチのパンツ撮ったときは『我が撮影技術は世界イチィィイ! この学園で盗撮れんパンツはないィィィイイ!』と叫びながら逃げてったくらいなのに」
ちょっ!
それって初めてスーパー一樹発動したとき、俺がアドリブで作った決め台詞そのままじゃないか!
一樹は本当にそんな恥ずかしい台詞言ってやがったのかよ。
そこまで一樹になりきってしまっている自分自身も恐ろしいが。
龍舞さんがタバコを捨て、足で踏み消す。
「一樹、盗撮止めたんだよ」
その瞬間、レイカが叫んだ。
「ええええええええ! 一樹が!? 盗撮を止めた??? ありえないっす! 例えアンゴルモアの大王が降りてきて華小路が死ぬことがあっても、そんなのありえないっす!」
どんな例えだ。
そして、こんな例えに使われる華小路もどんだけだ。
「金之助がナンパ止めるよりはありえるんじゃねえの?」
「それもそうっすね」
納得してしまった。
ある意味、この世界で絶対的な金之助の主人公パワーゆえか。
「アタシのパンツ見てもびくともしなかったから間違いない」
「……それもそうっすね」
同じ返事なのに、意味が全く違ってそう。
恐らく龍舞さんが何を言ってるか理解できないのだろう。
「龍舞さん。盗撮らなかった代わりに一つだけ失礼なことを聞いていいか?」
「なんだ?」
「龍舞さんのアイテムって、全てが緑色だよな。どうしてパンツは緑色じゃないんだ――ぐえっ!」
「アキラさんに向かって何てこと聞きやがる!」
俺の首はエリカに締め上げられていた。
しかも俺の回りは、いつの間にかレディース達が取り囲んでいた。
他は無言なれど、すさまじい殺気を感じる。
しかし龍舞さんが「まあまあ」と取りなしてくれた。
「そのくらい答えてやるよ。もしアタシが死ぬことがあれば真っ白になって天に昇りたい。だから死に装束となるであろうパンツだけは白以外ありえない」
まるで前田慶次のようなことを言う。
龍舞さんも傾き者には違いないが。
「死ぬことがあればって……」
「単車転がしてればよくある話だ。進んで死にたくはないが覚悟は決めておかないとな」
「アキラさん、かっこいいっす! ウチのパンツも白っす!」
聞いてねえよ。
「ちなみにブラは?」
「さらし。だからやっぱり白」
この人、本当にぶれないな。
てらいも無く、さらっと答える。
それだけにいやらしさを微塵も感じない。
――明らかに場違いな、それでいて見覚えのある黒塗りの車が停まった。
降りてきたのは芽生、って!
「その格好はなんだよ!」
「特攻服。似合う?」
緑色のズボンの裾をぴろっと広げてみせる。
コスプレ的な意味では似合ってるかもしれない。
でも仕草からして場には全くそぐわない。
例えて言うなら就活始めたばかりのリクルートスーツを着た学生と同じだ。
……と思ったところで、レイカが突っ込んだ。
「全然似合わない。その特攻服どうしたのさ」
「ごきげんよう、レイカ。まずは挨拶が先じゃなくて?」
「こんばんは、芽生」
当てつけがましく「こんばんは」で返す。
でも俺も特攻服姿で「ごきげんよう」はないと思う。
「質問の答えだけどアキラのお古もらったのよ。それを詰めて着てるの」
だから緑色なのか。
「えーっ何それ、ウチも欲しい!」
龍舞さんがボソリと呟く。
「やったんじゃない。お古なのはそうだけど、アタシの部屋から勝手に持っていったんだ」
「そうとも言うかもね」
そんなの「もらった」とは絶対に言わねえよ。
「芽生って、うささんどの件もそうだけど龍舞さんにはまるで容赦ないな」
「これくらいで丁度いいのよ。アキラは対等に付き合える子いなくて退屈してるんだから」
「ちっ、アタシをおもちゃにするのは芽生くらいのものだ」
と言いつつも、顔は微笑を浮かべている。
なんだかんだと龍舞さんは芽生のことを気に入っているんだろうな。




