127 1994/12/03 Sat 出雲学園バイク置場:アキラさん、ちっす!
部室棟ロビーで龍舞さんと合流してバイク置場へ。
もう陽がほとんど落ちてる。
何かとバタバタしてたからなあ。
バイク置場には灯りがないから、余計に暗く感じる。
「アキラ、待たせておいて言うのもなんだけど……ずっと体育館裏にいたの?」
「ああ。タイガーと一緒に寝てた」
「寝てたって、体育館裏で?」
「いい天気だったからな」
呆れ顔の芽生に無表情の龍舞さん。
会話になっているようで全然噛み合ってない。
「まあ、いいわ。それじゃ一樹君をよろしく」
「あいよ。一樹、ほら」
ハーフキャップのヘルメットを渡してくるので受け取る。
バイク用ではなく工事用のやつだ。
いわゆるドカヘル。
暗くて見えないが、色はきっと緑色だろう。
「ありがと」
龍舞さんもヘルメットを被る。
意外にもフルフェイスのしっかりしたもの。
蛍光塗料で天に昇るドラゴンが描かれている。
「ヘルメット被るんだ?」
ゲーム内で被ってた記憶はないんだが。
「通学時はな。出雲町内は飛ばせないし警察にすぐ捕まるから、そんなので切符切られるのはバカらしい」
現実に即したらそうなっちゃうか。
そういえば制服姿でバイク操っているシーンそのものがなかったような。
ヘルメット被ってたらサマにならないものな……。
ヤンキー漫画だと俺の被るハーフキャップタイプが多いし、女の子も被っている。
だけどギャルゲーでヒロインが被るには、さすがにアンバランスだ。
龍舞さんがバイクに跨がる。
暗闇にバイクのライトが光り、エンジンが始動する。
唸る重低音。
街中で聞く他のバイクより、どっしりした迫力。
バイクが全くわからない俺でもカスタムされていそうなのがわかる。
「乗んな」
――校門を出て、町内へ。
住宅街だからか、俺を後ろに乗せているからか、あまりスピードを出していない。
緩やかな風に乗って龍舞さんの香水の匂いが鼻孔をくすぐる。
肌寒くはあるけど、顔に当たる風が気持ちいい。
そして、なびいてくる髪がほんのりくすぐったい。
――自宅到着。
「じゃあ着替えてくる」
と言って、二階に上がったはいいのだが。
そういえばジャージ以外の私服着るのは初めてな気が。
インナーがニンフトレーナーしかないのは把握してるけど、まともな上着やパンツはあるのだろうか?
押し入れを探る……あった。
ダウンジャケットとアーミーパンツ。
そういえばゲームの中でもこんな格好してたような。
色はどちらも黒。
悪く言えば盗撮用そのものだ。
まあ、背中にニンフちゃんがプリントされてるとかじゃなくてよかった。
良く言えばシンプルで目立たず動きやすそうだから助かる。
元々お洒落に凝る方じゃないしな。
急いで着替え、再び龍舞さんの後ろへ。
「今度はアタシの家だ」
――しばらく乗って、龍舞さんの家。
「待ってろ」
龍舞さんが中に入っていく。
普通に「家」というよりは近代的なビルっぽい造り。
ゼネコン企業の社長宅という特徴を表しているように見受けられる。
ただ大きさは邸宅と呼ぶ程ではない。
大きいには大きいが常識外れの範囲ではない。
これは恐らく、華小路や芽生との差別化だろう。
華小路は超のつくお坊ちゃまの設定。
芽生はお嬢様の設定。
いくらブルジョワ学園とはいえ、同じ属性を持つキャラは何人もいらない。
龍舞さんはあくまで「ヤンキー」属性のヒロイン。
金持ちを強調する必要はないし、してもいけないんだろうな。
「お待たせ」
現れた龍舞さんは特攻服姿。
ゲームで見ているから驚きはしないが、生で見ると迫力ある。
つーか、怖い。
本気で怖い。
本来なら絶対お近づきになりたくない。
そこはやっぱり変わらない。
再びバイクに跨がる。
言葉通り、今度はノーヘル。
「飛ばすから、しっかり捕まっとけ」
ああ、なんてバイク乗りの女の子とゲームでありがちな台詞。
さっきまではシートのベルトを握っていた手を、龍舞さんの腰に回す――細っ!
女の子の腰なんてそんな掴んだことないから比較のしようはない。
だけど身長の割にかなり細く感じるのは間違いない。
ヒロインだからスタイルは当然いいのだろうけど。
この体のどこに、机を片手で振り上げるような怪力が眠っているのか。
出雲町を南方へ下りていく。
ゲーム内のマップ南端は海になっている。
海岸通りに出たところでバイクの速度が上がり、右――西方に折れて天照町へ向かう。
龍舞さんにしてみればそこまで飛ばしているわけでもないのはわかる。
恐らく普通の速度だろう。
しかし一二月だけあって、風が冷たいどころか痛い。
しかもさっきまでと違って髪がダイレクトに顔に被さってくるのは少し辛い。
いわゆる「女の子の香り」に意識を逃避させ、何も考えないようにする。
――と思ったら、バイクが停まった。
龍舞さんが下りて……自動販売機?
買ってきた飲み物を手渡してくる。
「ポケットに入れとけ。カイロ代わりになるだろ」
ブツはホットコーヒーだった。
「あ、ありがと」
なんという、まるでエスパーがごとくのタイミング。
すぐさまほっぺたに当てる。
うー、なんてぬくぬく、生き返る!
龍舞さんが再びバイクに跨がりながらボソリと呟く。
「アタシ、あんま後ろに人乗せることないものでな。気が回らなくてすまん」
後ろに人を乗せることない。
暴走族漫画だと「お前は特別」という、これまたお約束な台詞。
しかし今のポイントは、そこじゃない。
実際に龍舞さんにしても「友達」以上の特別な意味なんてないはず。
この人って本当に不器用なんだ。
つくづくそう思わされる。
芽生が「アキラはああいう子だから」と言っていたが、まさに「ああいう子」だ。
ぶっちゃけ、性別を間違えて生まれてきたとすら感じさせられる。
……けど、上級生の龍舞さんルート。
ちゃんと真面目に解くべきだった。
そんな後悔もちょっとしてしまう。
――集会へ向け、再び発進。
橋を渡り、天照町へ。
考えてみたら、この世界に来て天照町に行くのは初めてだ。
出雲町だけでバタバタしてたし、二葉・芽生・麦ちゃんの攻略においては現時点だとあまり縁がないからな。
街中へ入るのではなく、さらに南へ折れる。
海岸に面した倉庫街へ入っていく。
いわゆる「埠頭」。
ゲーム内マップではスペースの都合で記載がほとんど省略されているが、こうしてみると結構な広さがある。
集会の場所はこの一角なのだろう。
覚えちゃいないどころか、ゲームの中に出てきたかも定かじゃない。
ただマップの中で暴走族の集会に使えそうな場所なんて、ここしかない。
「埠頭=集会」も暴走族漫画のお約束だし。
前方が明るくなってきた。
それとともに色んなバイクのエンジン音が聞こえてくる。
ただ鳴らしているのではなく、音楽っぽい。
こういうのをアクセルミュージックっていうんだっけか。
――集会到着。
目の前には大量のバイクと特攻服を着た女の子達。
ぱっと見ただけでも一〇〇は余裕で超えている。
暗闇を彩るまばゆいライト。
けたたましく鳴り響くエンジン音。
ついに別の意味での異世界に突入した。
龍舞さんが集団の中を突っ切る形で徐行する。
「アキラさん、ちっす!」
「ちっす!」
「ちっす!」
「ちっす!」
すげえ……。
夜風になびく旗には「緑龍」と記されている。
龍舞さんの二つ名だけでなく、チームの名前も「緑龍」なのか。
真正面から見るのが怖いので、横目でチーム員のレディース達を観察。
さすがに「上級生」の世界だけあって、ヤンキーでもみんなかわいい。
しかしいわゆる「ヤンキーのかわいさ」。
みんな目がきつくて、金髪で、龍舞さんと同じく関わりたくない方が先に立つ。
彼女たち相手に攻略とか、そんなギャルゲーあってもちょっと遠慮したい。
というか、これだけのヤンキー少女達が、一九九四年でもこんなにいるものなのか?
それも出雲町と天照町近辺だけで。
現実にそうなのかゲームなので大袈裟に盛ってるのかわからないけど、そこにもかなり驚いてしまう。
バイクが停まった。
「着いた。降りろ」
俺が降りると、龍舞さんも降りる。
そしてタバコに火を点けた。
箱は緑がかった青で、兜が描かれている。
「一樹、何まじまじと見てんだよ」
「なんか見た事ない珍しいタバコだなあと思って」
「ゴロワーズ。フランスのタバコだ。確かに日本で吸ってる人はあんまいないな」
こんなところにまで拘られている辺り、ゲームの作り込みのすごさを感じる。
いや……ここでの龍舞さんはキャラじゃなく生身の人間だ。
言い直そう。
龍舞さんのフランスと緑色への拘りを感じる。
「グリーンな人」。
この意味でもやっぱり「ああいう子」だった。
回りを数人が取り囲み、一斉に頭を下げた。
「アキラさん、ちっす!」
お約束からすれば幹部かな?
「Bonsoir、レイカ来てるか?」
「さっき見かけました」
「呼んできてくれ。話がある」
答えたヤンキーっ子が半身をのけぞらせながら後ずさりした。
「ま、まさか、レイカが総長に何か失礼な真似を?」
肩書は「総長」なんだな。
普段は名前でもチームに関わることとなると呼称が変わる辺り、職場を思い出して和むものがある。
「そんなんじゃない。後で芽生も来る。そう伝えればわかる」
「あーっした!」
「わかりました」って言ったのかな?
威勢のいい返事をして、集団へ向かう。
このやりとりからは、芽生も「緑龍」で知られていることがわかる。
総長の友人ってことで当然かもだが。
龍舞さんが煙を大きく吐き出した。
「準備は整えた。芽生が来たら開演だ」




