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126 1994/12/03 Sat 茶華道部部室:そうそう忘れるところだったわ、チャコさん

 今の一言でわかった、芽生と部員はグルだ。

 さっき部員が転んだのはわざと。

 いくらエロゲー世界だからって、芽生の望むタイミングで都合良くイベントが起こってたまるか。


「どうしてこんなことをする!」


「主は生々しいのが苦手でしょ? 本人は真人間になったつもりでも、もしかしたら助けるより先に反射で盗撮しちゃうかもしれないし」


「しねえよ!」


「さあ、どうだか? わたしの足の間に頭くぐらせてアンスコ撮ったくらいの人。形状の似てるブルマだって、きっと盗撮対象でしょう。だったら全て脱いでもらうしかないもの」


 まさか、あの一件がこんな形で響くとは。

 というより……根に持ってるのは龍舞さんとの一件の方だな。


 部室が騒然とする。


「芽生から聞いたときは『まさか』って思ったけど」


「一樹にこんな弱点があったとはねえ」


「明後日すぎて想像もつかなかった」


「ここまでの三次元不能者だと二次元に走るのも仕方ないよね」


「変態は変態でも、ある意味害のない変態かも」


「パンツは『三次元』の内に入らないのかしら……」


 次々続く茶華道部部員達の嘲り。

 嘲るというより面白がっているというのが正しいのだろうが。


 とどめに転んだままの部員が声をあげた。


「一樹って本当に生々しいのが苦手なんだと思うよ。一瞬胸に触って、すぐさま手を腰に移動させたから」


 俺、無意識にそんなことしたんだ。

 でもゲームならまだしも、リアルでこんな場面出くわせばそうするだろう。

 いや、ここはゲーム世界なんだけど。


「いいから早く立ち上がれ!」


 部員が起き上がり、着物を直す。

 そして転んだままの俺に頭を下げてきた。


「試すようなことしちゃってごめんね。でも助けてくれて本当にありがとう、私も一樹を見直しちゃった」


 この、次々評価が覆っていく状態は何?

 俺、実は夢見てるんじゃないだろうな?

 いいことだと思うけど、本当にこれでいいのか?


 芽生が顔を耳元に寄せてきた。


「キスのことは話してないから安心して。わたしにとっても恥だから」


 もう、どうでもいいよ。

 あの売春婦からひどい目に遭わされてなければ、超絶ハーレムパラダイスなのにな。

 心身ともに呪われている我が身が恨めしい。


 ――気を取り直して撮影再開。


 考えてみれば、こうして普通の撮影をするにあたっては、パンツを履いているかどうかなんて関係ないはず。

 だって男の金之助まで被写体となって、しかもコンクールの最優秀賞を獲るまでの素晴らしい写真を撮っているわけで。

 きっと「パンツと思って」の解釈が違うのだ。


 しかし俺は一樹じゃない以上、正解がわからない。

 とりあえずあちこちにピントをあわせ、とにかくシャッターを切ってみよう。

 その内、発動するかもだし。


 ……うーん、これじゃない。


 若杉先生を遠目から撮ってみたときと同じ。

 きっと現像するまでもない。

 素人目にはきれいに見えるかもだが、心には響かない。

 一樹の写真のような「魂」の入った写真ではない。


 しかたない、スーパー一樹を発動させるのは諦めて自分流に撮るか。

 気持ち新たにファインダーを覗き込む。


 チャコがお茶を点てている。

 手に持ってる道具の名前は「茶筅」だったかな?

 掻き混ぜているのが、いかにも茶道っぽい。


 こうしてみると単純にシャカシャカ動かしているわけじゃないんだな。

 親指に茶筅を載せ、人差し指と中指を軽く乗せている感じ。

 手首の力が抜け、軽やかなリズムを刻みながら茶筅が回転している。

 なんだかふわり、きれいな感じだ。


(ちゃあ~んす!)


 えっ!?

 俺の指は自然にシャッターを切っていた。

 最初にパンツを撮った、あの時と同じように。

 発動に成功した、これは間違いない。

 でもいったいどうして?


 結論としては、普通に撮ればいいということになるのかな。

 被写体の「いい!」と思った瞬間をフィルムに収める。

 「パンツと同じ」は、人間でもパンツでも、そこに撮影の本質があることの例え。

 当たり前のことを一樹流に捻くってみせただけなのだ。


 問題は、本当にそれだけで発動するものなのか。

 チャコの横顔を「いい!」と思ったときも「ちゃあ~んす!」は発生しなかった。

 やってみながらコツを掴んでみるしかないな。


 再びファインダーに集中。

 他の部員達の顔を見つめてみる……も、発動しない。

 はあ、喉渇いてきた。

 休憩無しで撮り続けてるものな。

 ああ、抹茶が青々してて喉に優しそう。


(ちゃあ~んす!)


 また発動した。

 別に撮りたいと思ったわけじゃないのだが。


 なんだろう?

 理屈じゃなく本能で被写体を捉えた瞬間に発動する。

 そんな感じがする。

 一言で言えば「素直」。

 一樹にもっとも似合わない言葉だが、ピュアな心を持ってないと芸術なんてできないだろうしな。


 頭ではコツを理解した気がする。

 しかし思い通りに操るには、もう少し修練が必要かも。

 暴発するよりはきっとマシだけどさ。


 ――茶華道部の部活終了、ついでに撮影終了。


 部員達から次々声が上がる。


「ふわぁ、緊張したぁ」


「でもパシャパシャされるの気分いい!」


「体の奥が熱くなっちゃった……」


 芽生が苦笑いを浮かべる。

 部員に悪気があるのかないのか知らない。

 でも芽生、これはお前の自業自得だ。


 チャコが礼を伝えてくる。


「一樹、撮ってくれてありがとう。部員達の言ってる通り、すっごくやる気でちゃったよ」


「それは何より。現像終わったら、出来のいいのだけ渡すよ」


 スーパー一樹が何回か発動したから、きっと渡せるのもあるだろう。


「えーっ、全部欲しい!」


「天才は作品を厳選するものだ。代わりに芽生の撮ったのは全部渡す」


 芽生が頬を膨らます。


「わたし、まるでオマケ扱いじゃない」


「ほとんど初めて撮った写真を見てもらえて、もらってまでもらえるんだ。むしろチャコに感謝しろ」


「わかったわよ」


 芽生がそっぽを向いたところで、チャコが肩をポンと叩く。


「大丈夫。どんなにボケボケのブレブレでも笑わないから」


「チャコさんまでひどい!」


「あはは、写真出来上がるの楽しみに待ってる」


 こんなところかな。


「じゃあ、そろそろ失礼するよ」


 振り返りかけたところで、芽生がわざとらしく柏手を打った。


「そうそう忘れるところだったわ、チャコさん」


「ん?」


「もし何かあったらいつでも声掛けてね。内部生とか外部生とか気にせずに」


「改まってどうしたのさ」


「ううん。せっかく仲良くなれたことだし、御縁は大事にしたいってだけよ。こんな格好してても一応は外部生のリーダー扱いされてる身だから」


 両手でぴろんと体操服の裾を広げる。

 まさに「こんな格好」以外の何物でもない。


「あはは、わかった。芽生のその三の線ぶりに敬意を表するよ」


「では、改めて失敬」


※※※


 部室を出たところで芽生に問う。


「茶華道部行きたがった理由って、最後の一言を言いたかったから?」


「そうよ。チャコさんって鈴木と佐藤に歯向かっちゃったんでしょ。あの二人は女の子が相手でも何するかわからないから」


 そりゃ、我が妹が土下座させられた上に頭踏みつけられたんだから。

 女子相手にそこまでする男子なんて聞いたことがない。


「でもそれなら、最初の別れ際でもよかったんじゃないか?」


「お友達でも何でもないのに、そんなこと言われて『はい』と心から言えると思う? そうでなくても、わたしへの警戒心露わにしてたのに」


「だから、わざわざ仲良くなりに行ったと」


「そういうこと。そのために一樹君をおもちゃにさせてもらったけど、ごめんね」


 芽生がニッと笑ってみせる。

 だけど最後の一言は絶対に嘘だ、ここまで付き合えばさすがにわかる。


 ……けど、騙されてやるか。

 あてつけならあてつけでかわいいものだ。


 むしろ口には出さないが、あの体操服とブルマの方がわざとだろう。

 いかな出雲学園と言えども一二月。

 体育の授業ならジャージを持ち歩いているはずだ。

 あえて三の線演じてみせることで、茶華道部部員達との距離を詰めに行ったのだと思う。

 とてもじゃないけどゲーム内の姿からは考えられなかったこと。

 若杉先生が芽生のことを「かわいいものじゃないか」と言ってたけど、まだまだ皮が剥けていきそうだな。


 ――写真部部室到着、荷物を下ろす。


「芽生、これから現像するけど付き合う?」


「ぜひとも御一緒させてもらうわ。わたしの撮った写真、どんなのか早く見たいもの」


 あれだけ興味なさそうにしてたくせに現金な物だ。

 芽生も人の子ってことだけど。


「じゃあ手順を説明しながら現像するから、聞いとけ」


「はーい」


 ――現像終わり、写真チェック。


 まず芽生のを見る。


「ね、ね、一樹君。どう? どう?」


 ぶっちゃけると、無駄に動いてただけあって無駄にアングルが変なのが多い。

 だけど、まさかこんなこと口には出せない。

 実際、いいところもある。


「なんというか……形がよく撮れてるな」


「形?」


「ポイントというのかな? 茶道知らない俺が見ても『お茶やお花はこういうもの』っていうのを教えられる感じ」


「伊達に家元資格持ってませんからね!」


 ここぞとばかりにドヤる。

 でも、きっとその通り。

 自分自身が通じている道だから、何を撮ればいいかわかっているのだ。

 この点においては、俺……いや一樹よりも上だろう。


 アングルめちゃめちゃなのもネタとして渡すとして。

 トータルでいえば茶華道部の喜ぶ写真に仕上がったのではないだろうか。


 続いて俺の方。


「一樹君、さすがだねえ。わたしが見ても綺麗だと思う」


「ありがと」


「でも、何というか、出来にすごくムラがある気がする。全部わたしの写真とは比べものにならないんだけど、それでも写真の間にすごく差があるような」


 芽生のような素人すらわかるか。

 まったくその通りだよ。

 スーパー一樹が発動した写真とそうでない写真ははっきり区別がつく。

 発動した写真については、それこそ芽生のアンスコ写真がごとく、撮った俺ですら頬ずりしたくなってくるほど。

 そうでない写真は、ただ綺麗に撮れているだけだ。


「チャコに『出来のいいのだけ』と言った理由がわかったろう。天才にはムラがあるものなんだよ」


「でも、きっと、パンツだったら一〇〇パーセント完璧な写真が撮れるんだよね?」


「パンツは別だ……あいたた、頬を抓るな!」


「バカなこと言ってるからよ」


「言わせたのは芽生だ……あいたた、両方とも引っ張るのはよせ!」


「ふん」


 まったく。

 なんだか、二葉よりも扱いがひどくなってきた気がする。


 ただ、これなら「一樹が撮った写真」としてチャコに渡せる。

 安心できたし、今後のメドも立った。

 芽生の策略に付き合った甲斐もあったな。


「写真はこのまま放置して乾燥する。月曜日にはチャコに渡せるだろう。これで今日の部活は終わり、お疲れさん」


「御指導ありがとうございました。アキラにポケベル入れてくるわね」


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