125 1994/12/03 Sat 茶華道部部室:そんな事故よ
茶華道部の部室のドアを開く。
すると、和装に着替えたチャコが出迎えてくれた。
ゆっくり、静かに、深々と頭を下げてくる。
「写真部の皆様、茶華道部へようこそ。部長を務めている白犬茶子です。本日は撮影よろしくお願い致します」
なんだか別の意味で異世界に来てしまった感じがする。
こういうの慣れてないから。
茶華道部の部室の広さは写真部と同じくらい。
四畳半ほどのスペースを縦に二つ並べた感じ。
同じ棟の同じ作りの部屋なのだから当たり前だが。
入口脇には別室へ通じるドア。
写真部だと部室奥に同じドアがあり、暗室として用いている。
きっとL字型の部室を二つあわせて四角となった造りをしているのだろう。
部屋内にカバンとか部員達の荷物が見受けられないことから、別室が荷物置き場とかロッカー室ってところかな。
違う点は内装。
当然のことだが、こちらは和室。
入口すぐ傍で靴を脱げるようになっており、部室全体に畳が敷き詰められている。
入口側の右にある棚には茶器や茶道具が収納されており、その向かいの棚には部員達が活けたと思われる花が飾られている。
部室奥には窯。
いわゆる茶室造りになっている。
「本格的な部室だなあ……」
「ぱっと見はね。だけど茶器は割れてもいいように全部安物だし。火気厳禁だから、炉は電気コンロだし。着物はすぐに着られるワンタッチだし。色々うまくごまかしたフェイクってとこ――」
ちらっと芽生に視線を流す。
「だから芽生にはよけいに恥ずかしくてさ」
「ううん……わたしだって普段は練習用の安い茶器使ってるわ。部活なら当然でしょう」
「そんなもの?」
「そんなものよ。割っちゃったら勿体ないじゃない」
「あはは、そうだよね」
いい感じで和んだようだ。
「主と騎士」はともかく、俺にとって芽生がこの世界において欠かせない存在となってきているのは間違いない。
それだけに芽生がこうして内部生と打ち解けられるのを見るのは嬉しいものがある。
返答に少し間が空いたっぽいのは、先程の「上から目線」を意識してだろう。
いいと思えば即座に吸収してみせるあたりは、さすがだ。
というか、俺も和んだ。
ファンタジーめいたブルジョワ学園に疲れてる身としては、身の丈に応じて部活してるって感じで逆にほっとするものがある。
「じゃあ撮影を始めようか」
「一樹君、待って。着替えたいの」
「着替え?」
芽生がスカートを摘まみ、ぴらっと上げる。
「この格好で撮影したら下着見えちゃうじゃない」
「それもそうだな」
スカートの下にブルマでも履くのだろうが、その程度でも見られたくないかもだし。
芽生がチャコの傍へ歩み寄る。
「チャコさん、更衣室お借りできるかしら」
「どうぞ」
「それと……」
芽生がチャコの耳元に顔を寄せ、何かを囁く。
チャコは何回か頷きを繰り返した後、声を発した。
「わかった。部員のみんなも更衣室へ」
はあ?
「芽生はわかるけど、どうしてみんなまで?」
芽生がウィンクしてみせる。
「女子だから。一樹君はそこで待ってて」
わけのわからない答えではぐらかされてしまった。
いったいなんなんだよ。
――一〇分経過。
ブルマ履くだけにしては妙に遅いな。
あ、ようやく更衣室の扉が開いた――って!
「一樹君、お待たせしました」
「芽生……その格好……」
「体操服がどうかしたかな?」
後ろ手を組み、にっこりと首を傾げる。
もう、その無駄にあざといポーズも台詞もいいから!
ただですら、あざとい格好してるのに!
「ブルマ履くくらいは想像してたけど、なんで完全に体操服に着替えてるんだよ」
芽生の顔が素に戻り、やれやれとばかりに両手を上に向ける。
「仕方ないでしょ。スカートの下にブルマを履くのは校則違反なんだから」
そういえば、出雲学園にはそんな校則あったな。
「今くらい、別にいいだろうが」
「ルールは守るものよ。ねえ、みんな?」
既に元の場所へ戻っていた部員達が一斉に声を上げた。
「うんうん!」「そうだそうだ!」「芽生が正しい!」
なんか妙に盛り上がってる。
チャコ以外、外部生しかいないってことはないよな。
部員達の外観に特に変わったところはない。
そもそもみんなは更衣室に何しに行った?
もしかして、この団結ぶりはそのせい?
……まあいいや。
別に俺が困る話じゃないし知った話でもない。
和装集団に体操着で混じって、芽生本人が恥ずかしくないのかってだけで。
初心者がカメラで撮影するより、よっぽど恥ずかしいと思うんだけどな。
「じゃあ撮影始めよう。普段通りに部活してくれれば勝手に撮らせてもらう」
またもや部員達から、声があがる。
「よろしくお願いします!」
ああ、まるでこの世を統べる神になった気分。
こんなこと思っちゃいけないのだけど、今までが今までだったからな……。
※※※
機材のセッティングを終え、撮影開始。
まずは事前の話通り、芽生に撮らせる。
フィルム一本分も撮らせれば十分だろう。
芽生はちょこちょこと移動しては、シャッターを押す。
体操着という動きやすい格好のせいか、アングル決めるため屈んだり寝転がったり。
無駄に酔ってるところは二葉と同じだ。
でも撮影に気分が大事なのは間違いないし、この場は好きにさせよう。
一方の部員達に緊張した感じは見受けられない。
現時点では素人が撮影してるのと変わらないしな。
――芽生が立ち上がり、声を掛けてくる。
「ふう、フィルム一本分撮り終えたわ」
「お疲れさん。今度は俺が撮るから、芽生はレフ板持って」
三脚に取り付けたカメラのファインダーを覗き込む。
正直言って、何をどう撮ったらいいか全くわからない。
技術的には体が勝手に動いてくれるからいいんだけど。
どうしたものか。
とりあえずチャコの顔を眺めてみる。
こうしてみるとヒロインとはまた違った魅力がある。
いわゆる「モブ顔」というのだろうか。
芽生や二葉みたいに強烈に印象づけるものはないが、良く言えば押しつけがましくないとも言える。
それに整っていながらも一歩足りなくて完成されていない感。
微妙な物足りなさが、かえって劣情をそそられる。
元の世界の超人気アイドルグループが「クラスで三番目にかわいい子」を集めたというのも納得してしまう。
一樹は「どんな被写体でもパンツと思って撮れば何とかなる」と言ってたそうだが、チャコをパンツと思えばいいのかな?
言うなればパンツの擬人化もとい、人の擬パンツ化。
試してみよう。
チャコはパンツ、色白だから純白、すっきりした目はシンプルなリボン、鼻がシワで、大きめの口は股当て……全然ダメだ。
人間をパンツに見立てるなんて、どう考えても無理がある。
だとすれば着物の下のパンツを想像するのかな?
チャコの腰にレンズを向け、妄想してみる……うーん、やっぱりダメ。
妄想じゃダメなのかな?
透視するつもりで、目に気合いを籠める。
「一樹君、シャッター押さないの?」
芽生が背後から問いかけてきた。
「イマイチ決まらなくてな」
「ふーん。言っておくけど、部員達の皆さんパンツ履いてないから」
はあ!?
慌ててレンズの位置を変えつつ、振り返る。
「な、な、なぜそんなことを!」
「声が上ずってるわよ」
「上ずって当たり前だろう! というか、なんで芽生がそんなこと知ってるんだよ!」
普通は着物の下でもパンツ履くと思うんだが。
ワンタッチ着物ならなおさらだ。
「事故を防止するため、わたしが頼んだの。さっきみんなが更衣室行ったのは、履いてたパンツを脱ぐため」
「どんな事故があるというんだ!」
部員の一人が立ち上がる。
「言い争ってるところ、ごめんなさい。ちょっとトイレに行くので通らせてください」
俺と芽生が離れ、通れるだけのスペースを開ける。
部員が間を通り過ぎ――たところで、すっ転んだ!
とっさに滑り込む形で背中から抱きかかえる。
「あいたたた……一樹、ありがとう」
部員は着物を太腿まではだけしまい、大股開き。
俺から死角になる位置には、とんでもないものが剥き出しになってしまっているのか。
って、こんなこと想像してはいけない! 俺のバカバカバカ!
芽生がぼそりと呟く。
「そんな事故よ」
【本話における注意点】
AKB48の「クラスで3番目にかわいい女の子を集めた」というのは都市伝説だそうです。
秋元康氏が否定しています。
ただその発言は2015年であり、主人公がゲーム世界に転移したのはそれ以前なので、作中の記述となっています。




