124 1994/12/03 Sat 出雲学園廊下:うえからめせん?
「あー、美味しかった。ごちそうさま」
チャコに花束を返すと、芽生が御礼に応える。
「どういたしまして。ところでチャコさんの苗字って珍しいけど『シロイヌ通運』に所縁の方?」
「父が常務取締役。たまき銀行と同じで同族会社だからさ」
シロイヌ通運って、俺をひき逃げしたトラックの会社だっけか。
だからチャコがどうってのは全然ないし、本人も全く知らないだろうけど。
「変なこと聞いてごめんなさいね。シロイヌ通運さんとは仕事でお付き合いさせていただいてるから気になっちゃって」
「ううん、全然。じゃあ私は部活行くね」
「……チャコさん」
会釈して立ち去ろうとするチャコを呼び止める。
表情はいつものすました笑みを湛えたまま。
ただ一瞬、不自然な間を感じた。
気のせいかな?
「よろしければなのだけど、わたしも今日の部活参加させていただけない?」
「ええっ! ダメ、ダメ、ダメ、ダメ!」
チャコが目を剥きながら、首をぶんぶん振る。
「写真部みたいに外部生は立入り禁止のルールなのかしら?」
「そんなルールないから!」
写真部にもないよ。
二葉の嘘を真に受けてしまったままだ。
「だったら、一応それなりの茶華道の嗜みは心得てるつもりだけど」
「だからダメなんじゃん! 『一応』どころか、芽生って茶道も華道も家元資格持ってんじゃん! こないだも雑誌『おちゃとはな』で表紙飾ってたくらいなのに! そんな大それた人を素人の部活になんて呼べるわけない!」
確かにそういう設定なんだけどさ。
二葉についてもそうだけど、どうしてゲームでは「これでもか」ってくらい盛るのか。
チャコの反応が一般人として当然と思う。
「茶の湯を楽しむのに上も下もないわ」
「でも、ダメダメ! 絶対にダメ! 私がよくても部員達が引いちゃう!」
なんだろうな、この違和感。
芽生に尋ねてみる。
「なんでいきなり部活に出てみようと思ったんだ?」
「今日はチア部も仕事もお休みで時間あるから。だったらわたしも写真部に入ったことだし、文化部同士仲良くしてみたいなって」
しれっと答える。
そして他の二人にはその通りに聞こえるだろう。
でも嘘だ。
俺にはわかる。
「写真部入部なんて形だけに決まってるじゃない」だけならまだしも、「わたし達が文化部の応援する姿は想像つかないでしょう?」なんて「文化部には全く関心がない」と言ったも同じだ。
ただ会ったばかりのチャコに何か良からぬことを企てるとも思わない。
漫画でよくあるパターンとしては「仕事をとるためお近づきになる」。
でも既に取引あるし、仮にそうだとしても芽生は社長に直接アポイント取れる身のはずだし。
芽生としては何かしら思うところがあるのだろう。
理由はわからない。
けど、ここは信じて助け船を出してやるか。
「チャコ、さっき部活の写真を撮ってくれって言ってたよな。よかったら今日これから撮らせてもらえないか?」
「いいの?」
「その代わり、芽生に撮影の練習をさせてくれないか? まだ写真部入ったばかりで、ほとんど撮影経験ないからさ」
芽生の睫毛がぴくんと跳ねる……が、唇は動かない。
この次に来るチャコの返事を見越してのことだろう。
やはり読み通り、どんな形でもいいから茶華道部へ行きたいらしい。
そしてチャコは、芽生の期待する答えを放った。
「わかった。じゃあ先に部室行って待ってるね」
チャコが立ち去ったところで、芽生が龍舞さんに顔を向ける。
「アキラも御一緒する?」
ずっと我関せずで窓をぼーっと見つめていた龍舞さんが面倒くさそうに返事する。
「遠慮しておくよ。タイガーに餌やってくるから、終わったらポケベル鳴らしてくれ」
「いいけど……帰らないの?」
「集会の場所まで一樹乗っけてく。足ないと不便だろ」
「ああ、そうね。わかったわ」
「じゃ、よろしく」
あ、タイガーと言えば!
「猫にチョコレートはダメだぞ!」
龍舞さんが背中を見せたまま答えてくる。
「知ってる。金之助に聞いた」
「へ?」
「昨日チョコやろうとしたところで金之助が来て止められたよ。ついでに『けろさんど』もダメと教えられた。代わりに猫用のチーズ買ってあるから安心しろ」
右手を上げて去って行く。
とりあえず金之助と龍舞さんが接触ずみなのはわかった。
しかしフラグは立ってるのかな?
龍舞さんについてはどうでもいいのだけど、元の流れを覚えてないから知りようもない。
本当に、意識して選択肢を選んだ記憶がないからなあ。
あと、大好物のけろさんどを分け与えようとしたくらい、虎ちゃん――もといタイガーを可愛がっているのもわかった。
パン生地とホウレンソウがアウトなんだけど、金之助どうして知ってるんだろ?
猫飼ってないのは間違いないんだけど隠れ設定でもあるのかな?
――部室棟、写真部部室。
とりあえず龍舞さんとの一件を、差し障りのないように説明。
ノート云々の件があるから。
芽生の答えは「納得、アキラはああいう子だから」だった。
その上で確認。
「何を考えてるか知らないけど、これでいいんだろ?」
「うん……でもわたし、あれから弟の穂波を撮ったくらいしか経験ないわよ」
「『バカでも半人前でも撮れる』カメラでいいよ。まずは撮ることから始めること。お茶やお花ならどこがポイントか、達人の芽生ならわかるだろ?」
「わかったわ。だけど悔しいわね」
「何が?」
「だって『わたし初心者です』って、茶道部のみんなに逆アピールするようなものでしょう。恥ずかしくて格好悪いじゃない……」
この見栄っ張りが。
「だったらチャコが嫌がったのだってわかるだろう。素人同然の部員達が、雑誌に載るほどまでの有名人の前で拙い技術晒されるのがどれだけ恥ずかしいか」
「全然気にしなくていいのに」
「芽生は『お茶&お花の家元』という部員達に対して明らかに優位な立場だからな。そういう一見して心広そうに見える台詞を『上から目線』と受け取る人がいることも知った方がいい」
「うえからめせん?」
芽生まで二葉やアイと同じような反応しやがって……はっ!
しまったあああああああああああああああああああああああああああ!
「上から目線」は、まだこの時代にない!
そして芽生は一樹の中の人な俺の事情を知らない!
誤魔化さないと!
「俺が作った造語だ。見下される側の気持ちがよくわかるだろう」
「そうね、そんなつもりはなかったんだけど今後は気をつけるわ――」
芽生が意地悪そうに口端を歪めてみせる。
「でもまさか、人を見下してばかりの一樹君から教えられるとはね」
仕草から、本気で皮肉っているのではなくジョークなのは明らか。
今の一樹なら、これくらいは言ってもおかしくないという前提の。
でも一応バランスをとっておくか。
「写真については凡夫が天才の俺に及ぶところではない」
「はいはい。でも面白い言葉ね、『上から目線』、『上から目線』、『上から目線』。ふふ、今度二葉さんに言ってやろうっと」
お願いだから、これ以上二葉を煽るのは止めてくれ。
さて、俺も準備しないと。
まさか芽生だけに撮らせて終わりというわけにもいくまい。
チャコが期待しているのは「写真の達人」の一樹による撮影なのだから。
そして、このアイデアは俺自身のためでもある。
芽生のおかげで「スーパー一樹」を暴発させない方向でのコントロールすることはできるようになった。
しかし「スーパー一樹」を発動させる方向でのコントロールはできていない。
麦ちゃんを助けるためにスーパー一樹は発動したものの、突風でスカートが捲れ上がるという僥倖あってのもの。
未だに俺自身の意思で発動はできていないままだ。
挑戦はしてみるが、果たして上手くいくかな……。




