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121 1994/12/03 Sat 2‐B教室:いい加減にしなよ、みっともない

 教室に戻ると、女子生徒が話しかけてきた。

 ありふれたボブヘアーのすっきり美人。

 しかしこんなこと言っちゃ悪いけど、いかにも背景に描かれていそうな特徴のない外見をしている。


「さっき贈呈式でもらった花束、持って帰る?」


「ん? どうして?」


「気に触ったら申し訳ないんだけど、一樹にこういうの興味なさそうだから」


「あ、うん……まあ」


「私、茶華道部なんだけど、よかったら部活で使わせてもらえないかなってさ」


 ああ、そういうことか。


「どうぞ、喜んで」


「ありがとう。今まで話したことなかったけど同じ文化部のよしみでよろしくね」


「こちらこそ」


「今度、私達の部活も撮ってくれると嬉しいな。じゃあね」


 名も無き、いやあるはずだけど知らない女子生徒が花束を持って去って行く。

 華道部にはヒロインがいないから、単なるMOBの一人なのは間違いない。

 まさかヒロイン以外の女子と、こんな普通の会話ができるようになるとはなあ。


 あ……だめ、涙が。

 誤魔化すべく、手で勢いよく顔を拭う。


 ――今度は別の女子から名前を呼ばれた。


「一樹、一年の子が呼んでるよ」


 教室の入口に向かうと、麦ちゃんだった。

 顔を見るなり頭を下げてくる。


「一樹さん、退院おめでとうございます。この度は一郎が本当にお世話になりました……」


 相変わらずのおどおどした感じ。


「ありがとう。でも、そんな畏まらなくていいよ」


「いえ……大した物では無く申し訳ないのですが、御礼です――」


 紙包みを差し出してくる。


「よろしければ食べてください」


 御礼なんてする経済的余裕なんてあるのか?

 あんな「うまうま棒」を喜び合って食べる状況で。

 そう思うも引っ込める。

 あの別れ際の芽生に対する態度を思うと、ここは受け取らざるをえまい。


「ありがとう」


「それと……すみませんが、こちらを芽生さんに……」


 もう一つ紙包みを差し出してきた。


「渡しておくけど、これは?」


 麦ちゃんが一瞬ギリっと歯がみをした、がすぐに引っ込める。


「芽生さんに大きな借りを作ってしまいましたので……」


「入院費のことやうまうま棒のことなら、そんな気にする必要ないと思うよ。芽生にしたって、そこまで大袈裟にされたら却って迷惑じゃないかな」


 和らげに、あまり自分の事情を押しつけるものじゃないと諭す。

 これくらいは言っても構わないだろう。


「いえ……もっと大きな借りを……芽生さんもこれなら受け取って貰えるものと……失礼します」


 麦ちゃんが足早に去って行く。

 一昨日の一件じゃないなら一体何なんだ?


 席に着くと、龍舞さんが相変わらずのぶっきらぼうな調子で話しかけてきた。


「やるねえ、人気者」


「心にもないことを」


「そんなことはないぞ。奴隷の誉れは主人のアタシの誉れでもある」


 しかし顔すらこちらに向けてない。

 思いついたまま適当に口にしてるのが丸わかりだ。

 先日の別れ際の「やるじゃん」からすれば、少しは見直してくれたのかもだけど。


 さて紙包みを解こう。

 先端に指を引っかけると、龍舞さんが覗き込んできた。 


「それは?」


「弟助けた御礼だって。さっきの子がお姉さん」


「なるほど。けろさんどだったら一口分けてくれ」


 もし本当にそうなら、すさまじいオチだな。

 紙包みを解く、これは……。


「おはぎ、か」


 アンコときな粉が一つずつ。

 きっと麦ちゃんの手作り。

 小豆にしろ、餅米にしろ、五〇〇円にすら困る生活で、どうやって手に入れたのだろう。

 どっしりした見かけが、さらに重く感じる。


 でもなぜ、おはぎ?

 高校生よりおばあちゃんが作ってくれそうなお菓子なんだけど。

 そして、なぜ、これなら芽生が受け取る?


 そういえばおはぎって、作るのに物凄く手間かかるんじゃなかったかな?

 実際に作ったことはないけど漫画で読んだ気がする。

 前夜から小豆を水に浸して、さらに朝から煮込んでって。

 あれって何の漫画だったっけ。


 いや、要らぬことは考えまい。

 現在の俺が麦ちゃんの懐事情まで心配したところで何もできない。

 もらった以上はとにかく食べてあげる。

 これが麦ちゃんの真心に応える一番の方法だ。

 お昼近いことだし、腹持ちのいいおはぎはランチ代わりにちょうどいい。


 一応、龍舞さんにも聞いておくか。


「一口いる?」


「いいのか?」


「うん」


「ならもらう、甘い物は好物だ」


 なんてシンプルなやりとり。


 でも助かった。

 考えまいとしても、どうしてもあのボロ長屋が頭にちらつく。

 一人で食べるよりは誰かと分け合って食べた方が、俺も気が楽だ。

 北条の言い分借りれば、その方がきっと美味しいはずだし。


 ポケットにサバイバルナイフはあるけど、それで切り分けるのもな。

 どうしてそんなもの持ち歩いてるのかって話になりかねない。

 適当にちぎって渡すか。


 手を伸ばし――かけるや、ここまでの平穏をぶち壊しにする奴らが現れた。


「カ~ズキン。な~に食べてるの?」


「うっわぁ、おはぎだってよ! 貧乏くさっ!」


 学園が例外と認めた二人組鈴木と佐藤。


「おら! お前らも囲めよっ!」


「何かあったって守ってやるからよっ!」


 しかし二人の呼びかけ虚しく、クラスの男子は動かない。

 いや、黙って一人で座っていたものすら、近くの誰かに話しかけ始めた。

 完全に聞こえない振りを決め込んでいる。


「チキン野郎! 華小路君が怖くないのか!」


「これまでのこと、全部お前らのせいにして家裁送りにしてやんぞ!」


 キレて滅茶苦茶言い始めやがった。

 確かにこいつらが何をしでかすかわからないのは、よくわかっている。

 でも今は芽生の口にした「わたしが仮にでっちあげ逮捕されると言うなら、警察庁幹部の二葉さんのお父様にもできること。わたしにとっては、どっちを敵に回しても同じだわ」と同じ理屈な状況。

 イジメに荷担すれば間違いなく退学。

 傍観している分には、こいつらもまさかクラス男子全員を相手にはできまい。

 リスクの低い前者を選んで当然だ。


「いい加減にしなよ、みっともない」


 へ? 声の方向を見やると、先程の華道部女子。


 佐藤が声を荒げる。


「んだ、てめえ」


「公麿組の田蒔さんが一樹の騎士を名乗ってるのに、華小路君が動くわけないじゃん」


「はっ。我らが華小路君が芽生ごときの言うなりになるかよ」


 その通りだと思う。

 芽生が頼んだからって、華小路が俺のために動くことは絶対にない。

 そもそも鈴木・佐藤コンビと芽生にそれくらい力関係の差があるなら、芽生はとっくに華小路を利用して二人を潰しているはずだ。


「代わりに、あなた達の言うなりになるとも思えないけど? 中等部の二葉ちゃんとアッコの時のこと忘れたの?」


「んだ、てめえ!」


 まずい! 言い返せないとみるや即座にキレやがった。

 立ち上がり、二人の間に割って入る。


「彼女は関係ないだろうが!」


 ぶほっ、みぞおちに佐藤のケリが入った。

 前屈みに崩れ落ちる。


「一樹君!」


「色男ぶるのは自分の姿を鏡で見てからにしろや。テレビ映ったくらいで勘違いしてんじゃねえよ」


 続けて、鈴木が机の上のおはぎを払い床へ落とした。


「何しやがる!」


「不潔たらしい小豆の塊を掃除してやったんだよ。食いたければ地べた張って食え」


 佐藤が続く。


「おー、いいねえ。こないだの土下座ショーの続きをしてもらおうか」


「お前ら……」


 そのおはぎに、麦ちゃんのどれだけの想いが込められてると思ってるんだ。

 うまうま棒すら買えない人間の気持ちなんて、お前らにはわかるまい。

 俺にだってわかんないけどなっ!


 ――龍舞さんがゆらりと立ち上がった。


「龍舞さんには関係ないだろうが!」


「俺達はあんたに逆らうつもりはねえ!」


 どこまでみっともないんだ。


 しかし龍舞さんは彼らに目もくれない。

 黙ったまま上着を脱ぎ、屈み込む。

 そしておはぎを一つずつ上着に載せて立ち上がった。


「一樹、ほっとけ」


「はあ?」


「まだ間に合う!」


 龍舞さんはそう叫ぶや、教室の外へ向かって駆け出した。

 なんだ、なんだ?

 とりあえず追いかけよう。


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