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120 1994/12/03 Sat 体育館:出雲学園は当該生徒に対し断固たる処分を科します

 壇上から下りて席に戻ると、学園長が再びマイクを握る。


「渡会君の人命救助につき、警察庁長官、つまり日本警察のトップまでも注目し賞賛を与えるほどの尊い行為であったことは先日のテレビ中継の通りです――」


 はあ。


「――それゆえ、多くの報道機関から、渡会君に対する問い合わせが相次ぎました――」


 まあ、そうかもな。


「――渡会君は、写真部でも部長を務め、これまでにも数々のコンクールで受賞するという、人格・能力両方に秀でた当学園にとって誇るべき生徒。私どもと致しましても、胸を張って回答させていただきました――」


 「人格が秀でているから部長」が言えても「部長は人格秀でている」が言えると限らない。

 写真部の他のメンツは二葉と芽生。

 実質的には一樹しかいないから部長にすぎないわけで、まさに論理学のテストそのままだ。

 能力は間違いなく秀でてるけどさ。


「――しかし! 事もあろうに、渡会君のことを『女子生徒の下着を盗撮している問題児』という、とんでもない質問をしてきた記者がいました――」


 その通りじゃないか。


「――さらに、渡会君に対して『激しいイジメが行われている』という、とんでもない質問をしてきた記者もいました――」


 その通りじゃないか。


「――いったい誰がそんな根も葉もないデタラメを記者に話したのでしょうか。もしかしたら授業を中断してまで流したテレビ中継を視て、やっかんだ人がいたのかもしれません。私達としては渡会君が『そんな中傷を受けるような』生徒ではないことをみんなに知ってほしくて流したつもりだったのですが……嫉妬は誰にでもありうること。我々も教育者として軽率だったかもしれません――」


 なるほど、わざわざ授業中にテレビ中継した理由がわかった。

 つまり「箝口令」。

 これからマスコミが押し寄せてくるから、要らないことは話すなということだったのか。

 同時に、それでも話した者がいた場合の言い訳作りでもある。

 どれだけ狡猾で用意周到、若杉先生も呆れ果てるわ。


「――一昨日放課後のホームルームでも担任から伝達しましたが繰り返します――」


 なんかきな臭くなってきた。

 きっと、ここからが二葉が話しづらかった部分だ。


「――盗撮については『そう誤解されてもやむをえない行為』が過去において複数回認められたのは事実です。きっと渡会君の芸術を追い求める姿勢から、やむなく出たものと解釈しておりますが……あくまで誤解ではあっても、女子生徒にとって腹立たしき行為であったのは仕方ないでしょう――」


 で?


「――しかしチアリーダー部から今後は類似の行為を差し控えるよう指導したこと、渡会君が謝罪したこと、同部部長の渡会二葉さんと副部長の田蒔芽生さんが責任をもって監督を行うことを、同部顧問代理の若杉桜養護教諭から報告を受けています――」


 ここは若杉先生が会議か何かで本当に伝えたんだろうな。

 現状として間違いない事実だし。

 芽生については本人曰くの「主と騎士」で主従関係が逆なのだけど、傍から見れば実質的に変わるまい。


 若杉先生としては実情を踏まえた上で、二人を並べた方が都合いいと考えたのだろう。

 片や内部生のリーダー、片や外部生のリーダーという意味でも。

 共同責任にするという意味でも。

 恐らく、これを機会に二人手を取り合って欲しいという意味でも。


「――あくまでも誤解に基づくものであり、しかもその誤解に対しても解決を見ました。よって、この件に関し、外部の者に対する発言を禁じます――」


 盗撮について一件落着にしやがった。

 まあ、これについては現状確認と学園側の責任逃れにすぎない。

 実際に解決を見たわけだし、特に何か意味を持つ話でもない。


「また、我が出雲学園にイジメは『存在しません』。しかし万一、もし万一、渡会君に対し第三者が見てイジメと疑われる行為が認められた場合、出雲学園は当該生徒に対し断固たる処分を科します――」


 万一以外は「じゃれあい」ってことなんだろ。

 二葉の時のように。


「――もちろん『じゃれあい』などという詭弁は通用させません――」


 えっ!?


「――例外があるとすれば『学園がイジメを疑ったとしても、司法の場においては引っ繰り返されるだけの蓋然性を有する場合』のみです。それ以外については退学処分までありうるものと考えてください――」


 つまり次期検事総長を親に持つ佐藤や予算権限により圧力を掛けうる大蔵省高官の親を持つ鈴木は例外。

 もちろん華小路も例外。

 しかしそれ以外なら、学園は一樹の味方に付くとハッキリ宣言しやがった。


 まさか、一郎を助けたことが、そしてあの記者会見がこういう方向に働こうとは。

 会見なんて、人でなしな父親の立身出世のためだというのに。


「――最後に繰り返します。出雲学園において、盗撮をするような不良生徒は存在しません。またイジメのような下劣な行為は存在しません。渡会一樹君は今回の人命救助において果敢なる勇気を示した、我が学園の誇るべき生徒であることを『はっきり』と認識してください」


 なんだかなあ……手の平返しにも程がある。


 俺にとってプラスな話なのは間違いない。

 兄妹なのだから俺が聞いていて当然ではある。

 しかし俺の中身は一樹じゃない。

 あれこれ考えながら一樹として振る舞っているにすぎない。

 前もってこんな動きを知っても、安心する以上に戸惑うだけかもしれない。


 二葉としてはメリットとデメリットの双方を考えて、話すべきか本当に迷ったのだろう。

 だから変にもったいつけた中途半端な態度になった。

 ただ学園の態度はともかくとして、生徒側の動きは流動的でもある。

 不確実な動きをあれこれ気遣わせるよりは、療養に専念してほしかったというのが結論なんだろうな。


 せめてもの救いは、一樹への「イジメ」を記者にチクった生徒がいること。

 それが誰かはわからないが、なんだかんだと人間捨てたものじゃない。


                   ※※※


 教室へ帰りしな、女子生徒達の囁きが聞こえてくる。


(まさか、あの一樹がって感じだよね)


(真人間になるって眉唾だったけど、真人間どころじゃないじゃん)


(命まで張られちゃうと認めるしかないよね)


(不潔でデブで彼氏には御免だけど、見直しはしたなあ)


(二葉ちゃんがボコにしようと絶対許さないつもりでいたけど……本当に盗撮止めてくれるなら水に流してあげるかな)


(さすが二葉ちゃんの兄、やるときはやるんだねえ)


 教室でのアレは本当に見直してくれたのか。

 「ヤンキーが普通の人と同じ事をしたら、よりよく見える」と同じな気はするが。

 元がひどかったから余計に衝撃的だったのだろう。


 これもこれで二葉が話さなかった原因かもしれない。

 当然、二葉は直接こうした話を聞かされたはず。

 そして自らの予想を超えた事態に、きっと固まってしまっただろう。

 目の当たりにした自分すら信じられないものを、どうして俺に教えられようか。


 男子からの囁きは聞こえてこない。

 この沈黙こそが現状に対する不満の表れそのものだ。

 でも、鈴木と佐藤以外からのイジメを心配する必要がなくなったのは本当に助かる。


 さらに女子達の囁きが聞こえてくる。


(芽生さんが鈴木と佐藤に「一樹君の味方」宣言したときはびっくりしたけど)


(佐藤にコップの水ぶっかけたんですって?)


(ド畜生の二葉に無理矢理隷従させられたって聞いたけど、一樹が庇ったらしいじゃん?)


(一樹、やるねえ)


 芽生を「さん」付け、二葉を「ド畜生」呼ばわりってことは外部生か。

 俺に対するイメージが変わったのは、二葉と芽生の人望も作用してのことなんだろうな。


(しかも一樹の盗撮癖を矯正するため、一時間もの間パンツを丸出しにしたんですって?)


(あたし達ですら「芽生さん、バカじゃないの?」って思ったけど……)


(人を見る目があったんだね。きっとそこまでする価値のある男って見抜いてたんだよ)


(さすがは私達のリーダー芽生さん!)


(どこまでも付いていきます!)


 パンツ丸出しを言いふらしたのは絶対に二葉だ。

 俺でも芽生でもないのだから、あいつしかいない。

 芽生にとっては生き恥だし、イメージを落とそうと思って。

 先に「絶対隷従」を曲がった形で言いふらされてるし、「牛のアレコロッケ」の報復でもあるだろう。


 だけど二葉の意に反して、勝手に美談になってしまっている。

 芽生、よかったな。

 このイージーモードぶりは、やっぱりメインヒロインゆえの強運としか言いようがない。


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