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119 1994/12/03 Sat 出雲町内:只今より緊急学園集会を行います

 ったく、ひどい目にあった。

 医者と看護師が退室した後、アイが気まずそうな顔でベッドの上に浮いていた。

 睨み付けると、


「わ、わしは知らん! 全部あの小娘が考えたことじゃ!」


 殴ったのはお前じゃないか。

 そう突っ込んだら「無理矢理眠らせるツボを押しただけじゃ」と言い訳してきた。

 押す強さで眠りの時間を調整できるとかなんとか。

 あれ以上強く殴られてたら永眠しかねないくらいだったぞ。


 サイドテーブルには、二葉からの置き手紙。


「あ、あたしは知らない! 全部アイちゃんのやったことだから!」


 どうして手紙で言葉つっかえてるんだよ。

 もう二人して返事を打ち合わせていたとしか思えない。


 別に今更怒っちゃいない。

 だいたい、病院を出るときの「ま、また来てくれるよの?」と切なげに訴えるアイの顔を見ては何も言えない。

 ただ、貴重な時間を失ったのは痛いってだけだ。

 寝たきりでも雑誌や本に目を通すことはできたから、全く時間をムダにするよりは最初から大人しく言うことを聞くべきだったくらいは思う。


 でも終わったことをグダグダ愚痴っても仕方ない。

 学園への道すがら、二葉の手紙の続きを読む。


【本当は迎えに行きたいところだけど、何も話せないから先に行くね。

 若杉先生の件はやっといた。今日の午後、無事に約束取り付けた。

 できるだけ金ちゃんとの遭遇を避けるため天照町でデート(?)の予定。

 当日は連絡のとりようないから、予定しているコースと時間を下に記しておくよ。

 ええ、あたしは「漢らしく」エスコートさせていただきますともさ。


 一つだけお願いがある、22時にアニキが乱入して。


                                 二葉】


 あてつけがましい……けど、仕方ないよな。

 うん、お前はよく頑張った。

 むしろ、やはり俺はポケベル覚えるべきなのだろうかと思わされる。

 そして最後の一行。

 お前はいったい何を企んでいる。


 さて、これから何が待ち構えているのか。

 どうせろくなことじゃないくらいには思うけどさ。


                   ※※※


 学園到着。

 もう本日最後の授業の時間になっちゃってるけど仕方ない。

 とにかく様子は見ておきたい。

 確か数学だったっけか。

 数尾先生の顔は見たくないなあ。


 2‐Bの教室へ。

 こないだ置かれていた花瓶はない、机の位置もそのまま。

 きっと龍舞さんが出席してるからだろう。

 まさかゴキブリ食わされるだけの目に遭わされて下手なことはできまい。

 ある意味、最強のゴキブリ忌避剤だ。


 しかしどんな罠が待ち構えているかわからない。

 恐る恐るドアを開け、抜き足差し足……椅子と机を入念にチェック。


 ――おかしい、何もされてない。


 でも何もないのはありがたい。

 代わりに他の罠が待っているとは思うけど、とにかく着席する。


「一樹!」「一樹くん!」「一樹君!」


 な、な、なんだ!

 

 クラス中の女子達がいきなり群がってきた。


「テレビ視たよ!」「やればできるんじゃん!」「すごいよっ!」


 続く賞賛の嵐。


 いったいなんなのか。

 今度は褒め殺し? ……いや、それはない。

 集まっているのは女子だけ。

 これまで女子はクラスのいじめで積極的に荷担したことはないから。

 だけど、状況が全く理解できず固まるしかない。


 数尾先生の大きな声が教室内に響く。


「静粛に! まだ授業中です、みなさん席に着きなさい」


 蜘蛛の子を散らすように女子達が去って行く。

 視界が開けると、龍舞さんが素知らぬ顔で背もたれに体を預けているのが目に入った。

 相変わらずのマイペースと言おうか、さすがと言おうか。


 数尾先生が、これまで聞いたことのない優しげな口調で問いかけてくる。


「渡会君、体の具合は大丈夫なの?」


 気持ち悪くて、背中にぞわっとするものが走る。

 何なのかと思うが、これしか答えようがない。


「はい、大丈夫です」


「そう、よかった。ちょっと待っててね」


 数尾先生が教室から出て行く。

 何が起こったのかわからず呆けていると、校内放送が鳴った。


「只今より緊急学園集会を行います。生徒は速やかに体育館へ移動してください」


 いったい何事?


※※※


 体育館にて緊急学園集会とやらが始まる。

 人数的に見て、高等部・中等部の全員が集まっている様子。


 さすがにこの集会が俺絡みのことくらいなのは気づいた。

 これから何が起こるのかも。


 お題は間違いなく、一郎を助けた件。

 テレビ放映までされたというのだから学園が宣伝に使わないはずがない。

 恐らく表彰でもするのだろう。

 見舞いに来た若杉先生が言い淀んだのは、きっと一生徒をそんな特別扱いしていいのかという思いからだ。


 問題はそれで終わりかどうか。

 表彰されるという程度の話なら、別に隠すまでもない。

 二葉があれほどまでひた隠しにするだろうか?

 さっきのクラスの女子達の反応も気になるところだ。


 学園長が講壇に立つ。


「生徒の皆さんは既に御存知でしょうが、先日2年B組の渡会一樹君が人命救助を行いました。それも暴走するトラックに飛び込んで立ち往生した小学生を救うという、余人をもって代えがたい行為です。渡会君は本件人命救助により地元出雲警察署より表彰されました。学園としてもまた、彼の勇気に敬意を表して学園長賞を授与します――」


 やはりな。

 テレビ中継をわざわざ授業中断してまで全校放送したんだ。

 これくらいはありうるだろう。


「――渡会一樹君、壇上へ」


「はい」


 ばかばかしいとは思うが、逆らう理由も断る理由もない。

 壇上へ上がり、一礼。


「渡会君、よくやったね」


「はあ……ありがとうございます」


 学園長が講堂のみんなに向き直る。


「学園長賞の授与は、チアリーダー部部長であり渡会一樹君の妹でもある2年A組の渡会二葉さんが行います」


 はあ?

 舞台脇から、やたらバカでかい花束を持った二葉が歩いてくる。


「二葉ぁ!」「二葉ちゃぁん!」「部長!」


 ところどころから黄色い声が上がる。

 ここでの主役は俺のはずなんだけど、さすがの人気と言おうか。

 だからこそ学園も二葉をプレゼンターにしたのだろうけど。


「アニキ、おめでとう」


 いつもの外面全開なチアリーダースマイルを浮かべながら手渡してくる。

 受け取る瞬間、そっと小声で囁いてきた。


(これで終わりじゃないよ)


(そうだろうな)


 ここで終わるなら、二葉も前もって伝える。

 その上で「アニキが来たら表彰式が行われる。体に負担掛けたくないから一日待って」とはっきり申し出るだろう。

 俺も納得するから、それで終わる話だ。

 さて、この後はどう続く?


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