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118 1994/12/01 Thu 一樹の病室:せいっ!

「実はこの日……というか、一二月中の土曜日に限れば案外難しくはない」


「どういうこと?」


 そりゃ、きょとんとするよな。


「よく考えてみろ。保健室住み着きも一応は宿日直という仕事を兼ねている。あの若杉先生が私情で仕事を放り出すと思うか?」


 ふるふる首を振る。


「思わない」


「だったら、外出しようと思えばできるだけの理由や事情があるんだよ。少なくとも金之助の攻略がありうる一二月に限っては」


 そうでもなければ「あの」若杉先生が自ら脱走をほのめかすなんてありえない。


「なるほど……でも、その理由や事情って何だろう? 明日の金曜日で調べきれるの?」


「調べる必要なんてないさ。重要なのは『若杉先生が外出できる』ということ。それさえ把握していれば計略を練るには十分だ」


 ゲームが現実だったらおかしなことが山ほどある。

 これまでどれだけ驚かされてきたか。

 しかし例えどんな無茶振りであろうとも、同時に裏付けも存在する。

 それがこの世界のルール。

 だったら、今度は俺達が逆手に取って『見えざる手』を驚かしてやる番だ。


「理屈はわかった。じゃあ、どうやって連れ出す?」


「三つ考えてる」


 二葉がニヤリとする。


「今度はあたしの否定する番だね」


 さり気なく、さっき俺が否定したのを根に持ってやがる……。


「まず一つは、院長に事情を話して協力してもらう。当日仮病を使ってもらうとか、若杉先生に患者の手術を頼んでもらうとかして、保健室から連れ出す」


「悪くはないと思う。あたし達は絶対にアイちゃんのことなんて知るわけないんだから、恐らく信じてもらえるとも思う。だけど……」


「どうした?」


「院長先生がどう出るか、反応がまるで読めない。アイちゃんから昔の話を聞いた後じゃ、あのドーターコンプレックスぶりすら演技に思えちゃう」


 秘蔵の宝物を寄越すくらいだから、そこは本当だと思う。

 だが、素が若杉先生と同じと考えるなら、自分のわがままのために仮病まで使うだろうかというのがある。


 仮に協力してくれたとしても、アイが幽霊として現世にいる事実を知ったらどうか?

 まるで俺達の想像がつかない方向へとち狂う可能性だってある。

 反応が読めないという点においては、俺も二葉と同意見。

 アイにまつわる話については、慎重に事を進める必要がある。

 院長については、もう少し直接相対してみて、探りを入れてからの方がいいだろう。


「次だ。単刀直入に行く。若杉先生にアイのことを正直に正確に話して、当日アイの墓参りをお願いするなりして保健室から連れ出す」


「若杉先生、信じてくれるかな?」


「信じると思う。生徒の話を頭ごなしに否定する人じゃないだろ?」


 付け加えれば、俺と二葉が二人して説明すれば間違いなく信じるだろう。

 俺だけだったらエロゲーの中の話にされかねない。

 二葉だけだったら何か企んでいるように思われかねない。

 しかし俺達がタッグを組んで説得に掛かるなら、その状況が若杉先生にすればありえないはずだから真実味を増す。


「そうね……でも信じてもらえたとしても難関があるよ」


「と言うと?」


「墓参りを、どうして明後日する必要があるの? アイちゃんに一応確認するけど、明後日は命日じゃないよね」


 アイが頷くのを見て、二葉がさらに続ける。


「若杉先生に『土曜日は都合悪い』って返されたらどうするの? 色んな話の展開が思いつくけど、あたし達に土曜日へリードするだけの絶対的な策は思いつかない」


 もしかしたら頷いてくれるかもしれない。

 しかし運否天賦なのは二葉の言う通りだ。


「まあ、ここまでの案は否定されるのはわかってた。しかし最後の案は自信あるぞ」


「ふーん、じゃあ言ってみて?」


 そのわざとらしく鼻を上げて見下した視線は止めろ。

 ま、二葉も、聞けば納得するだろう。

 何と言っても、最終的かつ決定的かつ絶対的策略だからな。


「お前が金之助の代わりをやれ」


「はい?」


 言葉は耳に届いてるんだろうに、頭に入ってない様子。

 仕方ないな。

 もう一度、二葉の脳に擦り込むように、ねっとりと伝える。


二葉が(・・・)男装して(・・・・)若杉先生を(・・・・・)デートに誘え(・・・・・)


「そんなねちっこく言われなくてもわかる! なんであたしがそんなことを!」


「金之助を尾行するときは自分からやってたじゃないか」


「若杉先生の前でやるのとは違う!」


「じゃあ『お前が恥ずかしい』という理由以外で、この案に欠点はあるか?」


 二葉が黙り込む。


「……ない」


「だろ?」


 男装二葉なら、絶対に金之助に対抗できる。

 わかってるから文句を言えないのだ。


 二葉は、宝塚的な意味での若杉先生のお気に入り。

 若杉先生がデートをしたがっているというのなら、その欲求を充たしてやればいい。

 初めて保健室に訪れた時の様子では男装二葉への執着もかなりのもの。

 フラグが立ってる金之助がA5ランク超霜降り神戸牛としても、同じ牛の赤身くらいの魅力はあるはずだ。

 土曜日のイベントは、あくまでハプニング的な発生。

 だから先んじて約束を取り付けてしまえば、若杉先生の誠実な性格を考えれば、もうイベントの発生可能性すら潰せる。


「アニキ。その勝ち誇った顔、やめてくんないかな?」


 アイが嬉しそうに茶々を入れてくる。


「さっき教えてもらったぞ。それを『ドヤ顔』って言うんじゃろ?」


 こういうところは、こいつも子供だ。


「別にドヤってるつもりはない。ただ納得はしたろ?」


「まあね」


 歯ぎしりしながら睨み付けてきやがる。

 でも、ここはスルーだ。


「採用ってことでいいか?」


 二葉が脱力したように、むしろ投げ槍気味に、背を椅子へ投げる。


「はいはい、わかったよ。若杉先生と約束取り付けて、土曜日放課後に保健室から連れだせばいいんだね。でもさ……」


「まだ文句あるのかよ」


「あたし、日が変わるまで若杉先生を引っ張れる自信ないよ。そこはどうすんの?」


「二二時くらいまでで大丈夫とは思うが」


「それでもだよ。教師から見て子供がうろつく時間じゃないよね。金ちゃんならともかく、あたしは男装してようと女子高生なんだしさ」


「じゃあ、そこは明日考えよう」


「わかった。じゃあ男装引き受けてあげる代わりに、こちらも頼みを聞いてもらう」


 神妙な顔してなんだ?


※※※


「むむむむー、むーむむむー」


 さっきまで俺の寝ていたベッドでは、二葉が枕に顔を埋めて声を殺している。

 その背にはアイ。


「どうしてわしが……」


 ぶつぶつ言いながらマッサージしている。

 しかし自分のために二葉が体を張るとなっては、その頼みも無碍に断れまい。

 俺からアイのマッサージの至上のテクニックを聞くに及んで、二葉もやってもらいたくなったのだとか。


 アイが疲れ切ったように腕をだらんと下げながら宙に浮く。


「ほれ、小娘。終わったぞ」


 二葉が仰向けになり、跳ねるように起き上がる。


「うっわー、体が軽い。アイちゃん、ありがとう」


「どういたしまして」


 アイの返事とともにベッドから下り、代わりに俺を再びベッドへ促す。

 うつぶせに寝転がると腰に重み。

 アイが再び降りてきたらしい。


「ちょっと診させてもらうぞ」


「診るって?」


「治り具合を簡単に確かめるだけじゃ。『きゃっ』とか『うふっ』とか叫ぶようなことはせんから安心しろ」


「誰がそんなの叫んだ!」


 俺達のやりとりを他所に、二葉が肩をぐるぐる回す。


「あー、本当に気持ちよかった。部活の疲れがすっかりとれたよ」


 なんてマイペースな奴。

 それはいいとしてだ。


「芽生が病院に来てからお前が戻るまでについては、マッサージを受けている間に話した通り。お前の目論見通り、弟のことは聞き出したし、遊びに行く約束も取り付けた」


「いかにも何か出てきそうだよねえ」


「一樹と芽生の接点なんて、もう弟しか考えられないからな。あと、たまき銀行は、元の世界における北海道拓殖銀行。そしてこのままだと元の世界の北海道拓殖銀行と同じく、破綻待ったなしって感じだな」


「本当に都銀って潰れちゃうんだね……」


「金之助が芽生エンドを迎えれば、田蒔銀行は金之助が頭取になって日本一になるというストーリーだぞ」


「その、いかにもなご都合主義は何?」


「だってゲームだもの」


「そっか。じゃあ金ちゃんと芽生をくっつけちゃおうよ」


 しかし台詞の内容とは裏腹に、ものすごくどうでもよさそうな口調。

 俺も投げ槍気味に返す。


「するとお前は華小路とくっつくことになるが、それでもいいのか?」


「全力で御免被ります!」


「芽生が華小路ENDになっても、たまき銀行は救われるけどな」


 芽生は、そのために近づいたわけだし。


「じゃあ芽生と華小路をくっつけちゃおうよ」


 さっきと同じくどうでもよさげな言いっぷりに投げ槍気味な返事を投げる。


「するとお前は金之助とくっつくことになるが、それでもいいのか?」


 二葉が憮然とする。


「……同じリアクション繰り返すのは止めて。まるであたしが脳味噌筋肉みたいじゃん」


 誰もそんなことは思ってないが、今回ばかりはそうかもしれない。


「ま、『一樹君の味方』の理由は、そろそろ聞けそうって感じだよ。お前の方は学校でどうだったんだ?」


「ん……」


 二葉が言い淀む。


「どうした?」


「芽生は何も言ってなかったの?」


「何か驚くようなことを聞いてれば、既にお前に報告してるだろ」


「そうだね……芽生は放課後終わってすぐ病院に行ったから知らないのかもな……でもその方が都合よかったか……」


「もったいつけて、なんなんだよ」


 二葉が一旦口を噤む。

 わずかに目を伏せ思案の素振りを見せてから、ぼそりと口を開いた。 


「……アニキは事前に知らない方がいいと思う。適切なリアクションとるために」


 そんな言われ方されれば、なおさら気になるだろうが。


「わかった。それじゃ明日退院して学校に行く。そして俺の目と耳で確かめる。それなら文句ないだろ」


「ある」


 返事をしたのは、二葉ではなくアイだった。


「兄様、これはいったいどういうことじゃ。全く治ってない、それどころか悪化しとる」


「そんなこと言われても……俺は今日一日、普通に行動しただけだが」


「その『普通』が問題じゃ。わしの力で痛みを抑えとるとはいえ、病人は病人。本来なら全治一週間の怪我なんじゃから、安静にするのが常識じゃろう」


 常識、って。


「だったら最初からそう言え! 今日だって、これまでにいくらでも言う機会はあっただろうが!」


「忘れてた」


「おまっ!」


 しかも表情一つ変えずに言いやがって!

 こういう時こそ幼女キャラらしく「てへぺろ」くらいしてみろよ!


「誰がするか、気持ち悪い」


「勝手に念を読むな! しかも『てへぺろ』はわかるのかよ!」


「語感でなんとなく。見知らぬ相手なら媚び売るためにやるかもじゃが、兄様相手にそんなことやってやる義理はない」


 二葉も口を挟んできた。


「ここは大人しくアイちゃんの言うこと聞いておこうよ。無理して学校行って悪化したら、もっと取り返しのつかない事態になるよ」


「お前が気になること言うからだろうが。だったら確認したらすぐに帰るよ」


 アイがきっぱり拒絶してきた。


「だめじゃ」


 だからって引き下がれるか、俺もきっぱり意思を示す。


「絶対に行く」


「ア、アイね……病院でお兄ちゃんともっと遊びたいな……」


「今更遅いわ! しかも本当に気持ち悪いわ!」


「ちっ……仕方ないのう。小娘、耳を貸せ」


 アイと二葉が何やら耳打ちを始めた。

 いったい何をする気だ?


 ──ぶっ! 枕が顔に!


「アニキ、すぐ終わるからね。アイちゃん、いいよ」


「せいっ!」


                 ※※※


 チュンチュンと雀の鳴き声が聞こえる。

 明るいなあ、もう朝か。

 どうして病室なのに雀の鳴き声がするんだろうか。

 まあ、出雲病院なら何でもあり。

 癒しのために館内放送でも流してるのだろう。


 ──ノック音、続いて医師と看護婦が入ってきた。


「具合はどうかね」


「もうすっかり痛みもとれました。できれば本日退院したいのですが」


「どれどれ……うん、これなら本日退院しても大丈夫だよ」


 よかった。

 医者がいいと言ったんだ、二人には文句言わせないぞ。


 医師が先に退室。

 残った看護婦さんがころころと笑う。


「もっといらっしゃればよろしいのに」


 相変わらず、思わせぶりな台詞吐きやがって。

 エロゲー世界だからというべきか、出雲病院の拝金主義というべきか。


「遠慮させていただきます」


「残念ですね。では受付で清算を終えて、お帰りください」


「はい」


「本日は土曜日ですので、午前中しか窓口業務をしてません。お早めに」


 いま、なんつった?


「土曜日? 金曜日じゃなくて?」


「土曜日です。渡会さん、昨日は一日中お休みになってましたから」


 なんてこった。

 あいつら、俺に何しやがった……。


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