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107 1994/12/01 Thu 一樹の病室:ふたばああああああああああああああああああああああああ!


 二葉がすっとんきょうな声を上げる。

 おかげで俺は驚くタイミングを失ってしまった。

 リアクションは少ないにこしたことはないから、これでいいのだが。


「あれ? 二葉知らなかったの?」


「ぜんっぜん。噂すら聞いたことないよ」


「まいったな……すまん、今の話はなかったことで」


「別にいいよ。誰にだって話したくないことはあるだろうし」


 二葉が後ろの回した手の人差し指を曲げる。

 クエスチョンマークのつもりか?

 その意はきっと「アニキ、知ってた?」だろう。

 軽く目配せを返す。

 意を得た二葉は金之助へ視線を戻した。


 いるにはいた。

 ただし、設定としてだけ。

 どうして芽生が父親の名代として動いているかという理由付けのための。

 本来跡取りとして動くべきなのは弟の方。

 しかし病弱で屋敷に伏せっている身だから、代わりに芽生が動いているという話だ。


 実際にゲームの中で出てくることはない。

 弟の話を芽生から聞くことが、芽生を攻略する第一段階のフラグ。

 今ここで金之助の口から弟の話が出たのは、芽生の攻略が進んでいる証。

 金之助と芽生の会っている場面は目にしていないだけに、その点で収獲と言える。


 そしてシステム面から見ると、芽生の弟にそれ以上の意味はない。

 ゲームに弟が出てくるわけでもストーリーに関与するわけでもない。

 だからまったく気にしてなかったが……ちょっと引っ掛かるものがある。


 二葉が金之助へ再び口を開く。


「龍舞さんも見舞いに来てくれたよ」


 正確には連れてきたんだが。


「ふーん、そっか」


 あれ? 何の反応もない。

 こちらの方こそ驚きそうなものだが。


 二葉が背に回した手を握る。

 動揺を隠すため、自らの気を拳に逸らしたのだろう。

 こうして裏からみると、二葉もやはり人間なのだと思わされる。


 金之助が視線を向けてきた。


「じゃあ、そろそろ行くわ」


「見舞い、ありがと……」


 いかにも言いづらそうに礼を言う。

 ここで素直に振る舞うのは一樹じゃあるまい。


 金之助がにへらと口を開く。


「いいってことよ。そうだ、一郎の病室わかるか?」


 その瞬間、アイが立ち上がり金之助に寄り添った。


「連れてったげる」


「あれ? アイちゃんも一郎知ってるのか?」


「うん。友達だから」


 いったいどうした?


「一樹、じゃあな」


 金之助が手を振りながら背を向けると、アイが小さく丸めた何かを放り投げてきた。

 開いてみる。


【心配するな、後で話す】


 読み終えると、手紙は消えた。

 エクトプラズムで作ったのか。


 ──二人が病室を出て行くや、二葉が叫ぶ。


「アニキ! 学園行ってくる!」


 部屋が一気に静かになった。


 二葉が学園へ向かった理由は金之助の会話で判明した三つの事情を調べるためだ。


 一つ目は、俺の噂。

 「学校中が一樹の話題で持ちきりだった」とまで言われれば、さすがに気になる。


 二つ目は、龍舞さん。

 龍舞さんだってヒロイン。

 金之助の素っ気なさが気になる。

 フラグの有無はともかく金之助が関心を持たないはずがない。

 だったら逆に金之助と龍舞さんの間には何かありそう。


 三つ目は、芽生の弟。これが一番の目的だ。

 単に弟がいるというならどうでもいい話。

 しかし今は事情が違う。

 「芽生が処女」という一樹の情報入手源は、その弟である可能性が高いから。

 アイから教えてもらったのでなければ他に情報源がいる。

 その候補は病院関係者か家族しか考えられない。

 アイにカルテをチェックさせたのだから、病院関係者はない。

 芽生の両親みたいな財界人が一樹を相手するわけなんてない。

 乱暴な理屈と思うが、残るのは弟しかいない。

 そして弟とつながりがあるなら、今後も弟を協力者にしたてることができる。

 まだ芽生からは近づいてきた真の理由を聞いていないのだから。


 二葉は「噂、龍舞さん、弟」とだけ口走ってから「任せて」と出て行った。

 咄嗟の判断力はさすがとしか言いようがない。


 さて、二葉が戻ってくるまでどうするか。

 部屋を見渡すとマガジンラック。

 お偉いさんの隠れ場所ということは暇潰しの小道具があっても当然だろう。


 なんかいい雑誌はないかなあ。

 企業系の記事を、できるだけお堅く扱ってそうなの……んっと。


【週刊エメラルド】


 黒曜石よりは柔らかそうだけど、この辺りかな。


【多額の不良債権を抱えた「たまき銀行」、大蔵省銀行局の描く再建スキーム】


 開いてみる……うーん、正直経済には疎い。

 金融になると尚更だ。

 今と昔で違いすぎるから、記事を読むためのバックボーンがない。


 と言っても、全てを理解する必要もない。

 関係ありそうなところだけ拾い読みしよう。


【たまき銀行が経営危機に陥ったのは「マジンガー建設」への乱脈融資が原因である。

 同建設はH道における大手ゼネコンであったところ、バブル期にリゾート開発やホテル経営など多方向にわたる投資を続けた。しかし、たまき銀行がこの手の事業の素人にもかかわらず銀行の人間を送り込んだことから収益性・採算性に問題を抱えており、バブルが崩壊するや、すぐさま同建設は倒産した。

 そのため多額の不良債権を抱えることとなった。】


 俺の持ってる一般常識の範囲でしか判断できないが、恐らく元の世界と大して変わるところはあるまい。

 当時のよくある構図っぽいし。


【本年一月、週刊近代により『たまき銀行解体のシナリオ』が報じられた。その結果、預金者が引き出しに殺到する騒ぎに見舞われた】


 取りつけ騒ぎなんてチェックメイトじゃないか。

 と言うか、マスコミのせいかよ。

 危ないのをますます危なくさせられてるじゃないか。


【たまき銀行は本格的経営危機に瀕している。

 しかし、もし倒産すれば都銀初となるばかりのみならず護送船団方式の崩壊を意味する。

 大蔵省銀行局内では「護送船団方式の崩壊は日本金融の崩壊と等しい、なんとしても都銀倒産は回避すべき」として公的資金注入を叫ぶ守旧派と「生贄をもって自由競争体制への転換を図るべき、たまき銀行は実質的に地銀だから、潰したところでH道が困るだけで日本経済に与える影響は少ない」という改革派とで議論が分かれている。】


 実際に拓銀倒産を一つの契機として金融ビッグバンに突入したんだっけ?

 正直よく知らない。

 「H道が困るだけ」と言ってる辺りがいかにもキャリア様だ。

 あの人種は自分達さえよければ、つまり東京さえ無事なら他はどうでもいいからな。


【守旧派とされる鈴木銀行局長は次の通り語る。


「たまき銀行は守らなければならない。しかし同銀の現状は一族ワンマン体制がゆえの杜撰な経営が招いたもの。

 政府に助けを求めるのであれば、大蔵省からの『指導』を受け容れてもらわないと困る。

 仮にも国民の血税をもって再生を図ろうというのだ。

 田蒔頭取には覚悟をもって行員達の人生、そしてH道の将来を選択していただきたい

 もし賢明なる選択をした場合は、私自らたまき銀行の再生に臨むつもりだ」


 たまき銀行はいかなる選択をとるか。

 華小路銀行との合併も噂されるなか、今後の展開が注目される。】


 鈴木の父親……。

 一見かっこいいこと言ってるように見えるが、要は「私をたまき銀行頭取として天下りさせろ」と言ってるだけじゃないか。

 もっとも銀行局長なら、たまき銀行にこだわらなくても他に天下り先はあるはず。

 助けに行くと言えばそうかもしれない。

 ただ鈴木のどら息子ぶりを見ていると、絶対に正義感や使命感からではない。

 天下り先の新規開拓とか省益拡大が目的だろう。


 芽生、本気でやばい状況に置かれてるじゃないか。

 金融に疎い俺でもわかった。

 まさに破綻寸前じゃないか。

 これは華小路に下心持って近づきたくもなる。

 よくあんなに平然と笑ったり、二葉と喧嘩したりできるよな。

 恐れ入った……いや、泣けてきた。


 事情の一端は把握した。

 残念ながら、この記事は鈴木と対立する理由を説明するものではない。

 鈴木に屈服したくないことと対立することはまた別。

 鈴木と対立したところで、たまき銀行を救えるわけじゃないのだから。

 ただ芽生から事情を色々聞き出す材料にはなりそうだ。


 ──扉が開く。


「一樹君、大丈夫!?」


 は?

 叫びながら飛び込んできたのは、まさにその芽生本人だった。


「朝来たばかりなのにどうしたんだよ」


 しかも格好はチアユニフォーム。

 ウィンドブレーカーこそ羽織っているが、部活から着替えずにそのままやってきたのが一目でわかる。


「どうしたのも何も、鈴木君と佐藤君が暴れてるって!」


「どこで?」


「一樹君の病室で! ……って、あれ? 鈴木君と佐藤君は?」


 芽生がきょろきょろと病室を見渡す。


「ヤツらなんて最初からいないが」


 あっ!

 何が起こったか、俺達二人とも同時に気づいたっぽい。


「ふたばああああああああああああああああああああああああ!」


 ついに芽生から「さん」がとれた。

 うん、全力で怒っていいと思うよ。


 芽生が素早く背を向ける。


「学園に電話掛けてくる! 一樹君もついてきて!」


 ──一階ロビー、公衆電話コーナー。


 芽生がアドレス帳を開く。

 元の世界は電子化してるだけに、アドレス帳という時点で時代を感じる。


 すごい勢いで番号プッシュする。


「すみません、体育館にいるチア部の渡会二葉さんをお願いします

 ……もしもし、二葉さん? 鈴木君と佐藤君なんていないじゃない。いったいどういうつもり?

 ……『アニキの看病で疲れて幻覚見えたのかも』? 何を白々しい嘘ついてるの!

 ……『たまには部長として首領様みたいにチア部で君臨したかった』? あれだけわたしを虐めて、まだ足りないの!?

 ……『牛のアレ入りコロッケ食べさせた罰』? せがんだのは二葉さんでしょうが!

 ……『あーあー、聞こえない』? しっかり聞こえてるじゃない!」


 芽生の肩を叩き、ふるふると首を振る。

 もうよせ、二葉はいくらでも理由を並べ立てる。

 しかも絶対に苛立たせて遊んでる。

 口論するだけ時間の無駄だ。


 芽生が溜息つきつつ、電話を続ける。


「もういいわ。わたしはどうすればいいの? あなたのことだから寄越した意味はあるんでしょ?

 ……『意味なんてない、嫌がらせしたかっただけ』!? ふざけないで!」


 芽生が拳を握りしめる。

 ここまでバカにされればなあ。

 ただ、意味はある。

 芽生には言えないだけで。


 二葉が芽生を寄越した目的は「アニキに任せた方がいい」と判断したから。

 合理的なのは自明だから。

 学園に向かう途中で具体的に戦略を練ったのだろう。


 さらに、他にも目的はある。

 そうでなければ、わざわざ部活中に芽生を寄越す意味は無い。


 芽生が全身を震わせ、苛立ちを露わにしながら問い返す。


「もう一度聞くわ、わたしはどうすればいいの?

 ……ふんふん。わかったわ、そういう話なら承りましょう。松本麦さんね」


 他の意味についてはストレートに伝えたらしい。

 何時に来るかわからないものな。


「では、ごきげんよう」


 芽生が疲れ切った様子で力なく受話器を置く。

 もう心底同情するよ。


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