104 1994/12/01 Thu 出雲病院食堂:【お食事処 ののやま】
病院食堂。
看板には【お食事処 ののやま】と書いてある。
入ろうとすると、制服姿の女性が声を掛けてきた。
「患者以外の方は代金をお支払い願います。前払いとなっております」
二葉が財布を取り出す。
「おいくらですか?」
「一〇〇〇円です」
「たっか! あっ……」
つい、うっかり叫んでしまったらしい。
しかし店員はにっこり笑う。
「ふふ。高いかどうかは、中に入っていただければわかりますよ」
二葉と顔を見合わせる。
うーむ。すごい自信だ。
──店内に入る。
「これ、本当に病院の食堂?」
「広いねえ、大きいねえ、綺麗だねえ……」
二人して完全に小並感。
全体に白を基調とした、病院らしい清潔感溢れる雰囲気。
大きな窓と高い天井が、さらに広さを感じさせる。
席は満員近い。
明らかに入院患者以外の人もいっぱいいる、外来患者かな?
中央には、やたら大きなテーブルに並べられた料理。
バイキングスタイルらしい。
一言で例えるとホテルのレストラン。
実際に傍らでは、オムレツ焼きの実演パフォーマンスをやっている。
あの院長は何を考えているのか。
さてさて料理は……ぶっ!
驚いた。
これは、この流れと違った意味で驚いた。
なんせ料理の傍らには、次の立札が掛けられている。
【骨折に効く料理】
【胃腸に効く料理】
【筋肉痛に効く料理】
【風邪に効く料理】
症状ごとに料理がわけられている。
さらに……。
【肥満に効く料理】
【抜け毛に効く料理】
【肌荒れに効く料理】
【豊胸に効く料理】
立札の下にはチラシ。
それぞれに対応するコラムを載せているらしい。
例えば豊胸に効く料理だと【バストアップ体操】の文字が見える。
「ふた──」
二葉はトレイに目一杯の皿を並べ、【豊胸に効く料理】から料理を次々投げ込んでいた。
脇には既にチラシも挟んでいる。
「アニキ、席とって座ってて。持っていってあげるから」
「あ、ああ……」
もう何も言うまい。
何事も努力しないと始まらないものな。
※※※
「んー、んまんま」
二葉は実に御満悦な様子。
いつもの行儀よさはどこへやら。
ハムスターが頬袋を膨らませるがごとく、もぐもぐしている。
しかし見てるだけで気持ち悪くなる。
なんせテーブルに並ぶ料理の数ときたら。
キャベツ千切りてんこ盛り。
豆腐とわかめの冷や汁。
とろろ昆布にぎり。
フルーツ盛り合わせ。
ヨーグルト。
きなこ牛乳。
アボカド寿司。
マグロのたたき
枝豆コールスロー。
納豆とトマトの和え物。
鶏ささみの切り落とし。
ピーナッツのバター炒め
凍ったバナナ。
いったい、どれだけ食べるつもりだ。
「ねね、アニキ。これで一センチくらいは胸おっきくなるかなあ?」
「ついでに腹も三センチくらいおっきくなるんじゃないか?」
「お腹は運動すれば、いくらでも引っ込むからいいんだよ」
傍らにある「豊胸に効く料理」用のパンフを手に取る。
どれどれ?
【豊胸にはボロンが効きます。
ボロンは女性ホルモン・エストロゲンの分泌を促進させる効果があります。
エストロゲンには乳腺を発達させる作用があり、
乳腺に脂肪をつきやすくすることで間接的に胸を大きくします。】
ふんふん。
つまり間接の間接ってことか。
【ボロンを多く含む食べ物の代表はキャベツです。
その他、
・りんご、梨、アボカドなどの果物
・豆乳、豆腐、納豆など大豆由来の食べ物。
・昆布やワカメなどの海藻類
などがあります。
ボロンは熱に弱いので、できる限り生で食べる必要があります。】
ふんふん。
だから生っぽい料理ばかりなのか。
【また、ビタミンB6・ビタミンE・タンパク質も同時にとる必要があります
ビタミンB6はマグロやバナナに含まれています。
ビタミンEはアボカドやナッツ類に多く含まれています。
また、これらには、お肌をつるつるにしてくれる効果もあります。
タンパク質は肉類で摂取できますが、カロリー控えめな鶏のささみがおすすめです。】
ふんふん。
女性が釣られそうな文句を並べてるなあ。
【しかし、何事もやりすぎはいけません。
ボロンの摂り過ぎは下痢などの副作用をもたらします。】
ふんふん。
副作用の前に、食べ過ぎでお腹壊すんじゃないか?
そんな俺の心配を他所に、二葉はほくほく顔。
「味もいけるし、一〇〇〇円は安いよ~。ほらほら、アニキも食べて食べて」
「食べて」はいいんだけど。
俺の前に並べられているのはこんにゃく。
ただひたすらこんにゃく。
傍らには「肥満に効く料理」のパンフレット。
読むまでもなく効くだろうけど!
「普通は『筋肉痛に効く料理』からとってこないか?」
「自分だけ美味しそうなコロッケ食べたんだから、これ以上のカロリーは摂り過ぎでしょ?」
まだ根に持ってやがる。
ただ、こんにゃくと言っても、バリエーションは様々。
おでんこんにゃく、味噌田楽、こんにゃくの刺身、こんにゃく麺。
飽きずに食べさせるための工夫をしてるのは見ただけでもわかる。
口に入れてみる──うん、いける。
これで一〇〇〇円は確かに安い。
「でも、これだけ品数作ればコストも掛かるだろうに。どうやって利益とってるんだ?」
ギャルゲー世界だからってことで納得してもいいんだが。
「聞きたいかね?」
「うあっ! い、院長! ど、ど、どうして!」
「お昼を食べに。そんな驚くことはないじゃないか」
「いきなりキスしそうなくらいの距離に、顔突き出されれば驚きます!」
このオヤジは何を考えているんだ。
「心配するな。私は一三歳未満の女の子にしか興味ない」
「なお悪いわ!」
犯罪者としか思えない台詞を腹突き出しながら言うんじゃない!
しかし院長は意に介する様子もなく、説明を始めた。
「先程の答えだが、コストは無視しとる。当初は患者さん本位ってことで赤字覚悟だったよ。今でこそ常に満席、十分に利益が上がってるけどな」
なんて院長らしくない台詞。
「どうして、そんな割に合わないことを始めたんですか?」
「桜のアイデアなんだ」
「若杉先生の?」
「わかりやすく訴えることでプラシーボ効果が期待できるんじゃないかって」
「プラシーボって……」
プラシーボ効果は薬などに使われる用語。
例え効果のないものでも効果があると信じて飲めば本当に症状が改善すること。
「もちろん栄養学の観点から本当に効果があるものばかり並べてるよ。しかし一食や二食食べたくらいで胸が大きくなるなら、誰も苦労すまい──」
二葉がかたんとスプーンを落とす。
青ざめているが放っておこう。
「──あと、桜から『女性の本質』とやらを説かれてな」
「女性の本質?」
「『女性はみんな私みたいな怠け者だから、食べるだけで○○できると訴えればきっと飛びつく』と。その目論見が当たったわけだ」
「若杉先生……」
やっぱりこの二人は父娘だ。
若杉先生はきっと、患者のことを考えた前者の理由が本線。
後者の理由は商売ベースに乗せるための理由付けにすぎず、実際に儲けるかは二の次だったはず。
それでもこうして繁盛している辺り、商才はある。
継いだら三日で潰すどころか、ますます繁盛させそうだ。
若杉先生みたいな学校に住みついてしまう怠け者なんて、他にはいないけどな!
「君達どうかね? 桜が病院を継ぐように説得してもらえないか?」
「たかが生徒に何しろって言うんですか」
「残念な答えだな。成功報酬として私の秘蔵ロリータ写真集を贈呈しようと思ったのだが」
「いりません! どうしてそういう発想になるんですか!」
「おかしいな、君とは間違いなく同好の匂いを感じたのだが」
それは本物の一樹の話だ。
俺にはまったくロリ属性がない。
というか、おかしい。
「院長先生、ロリなのに若杉先生と一緒にお風呂入りたいというのは矛盾してませんか?」
院長先生が、ふっと白い髭を揺らす。
「親というものは娘の一番かわいいときの記憶が残るものでな。私の中では、桜は永遠に一二歳なんだよ」
もっともらしく言っているが完全にアウトじゃないか。
「だけど奥さんいたんですよね?」
「離婚したけどな」
それで姓が違うのか。
「ごめんなさい。立ち入ったこと聞くつもりじゃなかったんですが」
「構わんよ。理由だって隠すほどのものではない」
本人がそう言うなら聞いても構わないだろう。
「どうして離婚したんですか?」
「ある日ケンカしたとき『悔しかったら桜を見倣って、私の脳内だけでも一二歳以下になってみろ』と言ったら、怒って出て行った」
「なっ!?」
院長が溜息をつく。
「はあ、ちょっと自分にできないことを言われたくらいで。ババアは非常識で困るよ」
「非常識なのはあなただ!」
医者どころか犯罪者そのものじゃないか!
奥さんが怒ったのは「一二歳以下になってみろ」じゃなく「桜を見倣って」。
出て行ったのは、明らかに娘の貞操守るためじゃないか!
「ごうつくばり」どころじゃない、これは若杉先生も口にできない。
しかし院長は全く動じなかった。
「心ゆくまで当病院を堪能していきたまえ。失礼する」
院長は立ち去った。
代わりに二葉が、きょとんとしながら問うてくる。
「アニキってロリだったの?」
「違うから!」
【備考】
バストアップ料理に関してはいくつかのサイトを比較してまとめました。
見解がわかれていたものについては外してます。
ただ、効果があるとしても、どの程度かまでは調べてません。
興味ありましたら、御手数ですが読者様の側で御確認くださいませ。
(g辺りのボロン含有量を載せたサイトもあったと思います)




