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103 1994/12/01 Thu 一樹の病室:どうやら微熱があるようですね

「ゲームで麦さんは着けてなかったの?」


「着けてたけど話を聞いて思いだした」


「そのくらいアニキの印象に残ってなかったということか……オッケー、説明始めるね」


「お願いします」


「ゴールドリボンは各学年のトップに与えられる特権なの。男子だとゴールドバッジになる。ただ二年生のトップは華小路だから付けてない」


 華小路は学生服そのものすらオリジナルだしな。

 どうせ「僕の美意識に合わない」とかそんな理由だろう。


「続けて」


「またゴールドリボンは特待生でもある。出雲学園には特待生制度があって、資格は成績優秀とかスポーツ優秀とか、とにかく学園の評判をあげてくれそうなこと」


「ふんふん」


 これはよく聞く話だ。


「特待生は授業料全額免除なんだけど、ゴールドリボンだと別途支援金が出る」


「支援金!?」


「大袈裟に聞こえるかもだけど、参考書代とかその程度だよ。『一定以上の成績を維持する、あるいは上げるにおいて、必要であることが思料されるものに限る』と学則で定められてるから」


 きっと「一定」というのは「T大合格ライン」なのだろう。

 それでもだ。


「なんか出雲学園で、初めてまともな学則を聞いた気がする」


 二葉が「はは」と失笑する。


「でも、あたしの学年に限れば使われてないよ。中等部時代の学年トップは金ちゃんだけど、学校の勉強だけで足りてたみたいだし。高等部以降は華小路だから使うわけない」


「むしろ、たんまりと寄付金出す側だからな」


「他の代も似たようなものだったみたいだけどね。ま、麦さんはその一人ってわけ」


 つまり天才か裕福か、ってとこか。

 女版金之助とか華小路って関わりたくないんだが。

 ただ、ゲームの記憶とは全くイメージ異なる気が……まあいいや。


「続けて」


「ゴールドリボンの選抜は、一年生だと入学試験。内部生ならA組の定期試験兼編入試験の一年間トータル成績」


 定期試験兼編入試験?


「すまん、A組のところがよくわかんない」


「A組と他のクラスは定期試験の内容が違うんだ。他のクラスは前に話した通りマークシートで誰でも解けるレベルなのね。一方でA組はT大受験を模した記述試験で、問題のレベルが全く違う」


「ふんふん」


「あと進級判定もA組と他のクラスは違っててさ。他のクラスは科目毎で単位が決まるけど、A組は受験科目の総合点で決めてる」


「ふんふん……って、総合点?」


「T大って総合点で合格決まるからさ。例えば数学零点で合格ってのも割とざらだし」


 つまり学校とすれば、合格さえしてくれればどうでもいいってことか。

 進学校ってこんなものなのかもしれないけど。


「んじゃ、A組の科目別評価は?」


「科目数で割った平均を割り振って、あとは授業の出席やレポートの提出状況で決めてる。そもそも美術や技術の授業なんて名前だけだもの」


「内申点とか困らないわけ?」


「A組で推薦入学考える人なんていないから。T大は推薦入試がないしさ」


 つまりA組の生徒にとって、学校の成績はどうでもいいということ。

 まあ、合理的ではある。


「定期試験兼編入試験というのは?」


「生徒が志望する場合は、学期末ごとにA組への編入試験を受けられるんだ。その場合はA組の人達と一緒の試験を受けることになって、通常の定期試験は免除される」


「ふむふむ」


「入学試験もA組用と別とで分かれてるの?」


「そこは同じ。外部への建前があるから教育要領の範囲を守ってるみたい。入学後、成績上位順に本人の意思を確認してA組に編入してる」


 本題に切り込もう。


「二葉って、麦ちゃんと昨日会ったんだよな? どんな子だった?」


「ごめん。あたしも動転してて、そこまで気が回らなくて……泣きじゃくってる麦ちゃんを落ち着かせるので精一杯だった」


 二葉もそれだけ心配してくれたということだろうな。

 こいつは少々のことじゃ動じないはずだから。


「そっか、ありがと」


「ただ、出雲学園の生徒とは全く思えなかった。その第一印象だけははっきり残ってる」


「外部生だからじゃないの?」


 二葉が首を横に振る。


「それも踏まえた上での話なんだけど……なんだろうね?」


「ま、会ってみればわかる話か」


 どうせ後で会うだろうし。


「そうだね。じゃあ、次はあたしから聞かせて?」


「ん?」


「若杉先生が病院に来るイベントなんてゲームにあった?」


「ない」


 ここは自信を持って言い切れる。

 若杉先生は攻略過程で発生する特定イベント以外で、学園から出ることないから。


「芽生は?」


「何とも……そもそも麦ちゃんのシナリオをほとんど覚えてないからな。フラグが絡み合ってるから、可能性を否定できない。すまん」


「龍舞さんは?」


「ロビーで見かけるとかはあったかもだけど、病室に来ることはなかった」


「そっか」


 聞き終えた二葉は難しい顔。


「どうした?」


「もしかしたら今回の一件でとんでもない方向にシナリオ曲げちゃったんじゃないかって気がしてさ……ゲームとの整合性を確認したかったんだ」


「整合性って。ゲームで入院したのは金之助だぞ」


「だからさ、今って金ちゃんの代わりにアニキが入院しちゃったようなものじゃん。役割が入れ替わったんじゃないかと……」


 ああ、納得。

 つまり、この場合はゲームと一致してない方がいいわけだ。

  

「もしかしてフラグかと思った?」


 二葉が頷く。


「龍舞さんはあたしが無理矢理連れてきたからいいんだけどさ。芽生はともかく、若杉先生来たのは驚いたから」


 無理もない。

 ひきこもりの若杉先生が学園の外に出るのは、それくらいのインパクトがある。


「さすがに考えすぎ。いわゆる偏見というやつだ」


 日中で仕事だと普通に外出していることは以前に聞いたし。

 学園から「まったく」出ないというのは俺達のイメージにすぎない。

 ただそこまで思われる若杉先生は、この点に限るとやっぱりダメなオトナだ。


「わかった。でも、アニキが金ちゃんのフラグ潰しちゃったのは間違いないよね?」


「そこなんだよなあ……」


 俺の考えを話す。


「まさか麦ちゃんをポイントに呼び出して、突き飛ばすわけにもいかないしね。金ちゃんにムリヤリ紹介するしかないのかなあ」


 二葉も俺に合わせて「麦ちゃん」になった。


「ここで色々考えても仕方ない。全ては会ってからだろ」


「そうだね、何か糸口見つかるかもだし」


 残る議題はこれくらいかな。


「若杉先生に頼まれた、麦ちゃんと芽生を引き合わす件はどうする?」


「先に確認する。紹介してゲームの展開が変わるってことはないよね?」


「大丈夫だと思うけどな。元々、ヒロイン同士の交流なんて殆ど描かれないゲームだし」


 理由は「普通、修羅場になりませんか?」というツッコミを避けるためだろうけど。

 ゲームシステムに反映されていない以上、フラグ進行には影響あるまい。


「ならいいや。そんな深く考える話でもないし、適当にやるよ」


 ──病室の扉が開く。


 今度は誰だ?


 看護婦さんだった。

 くりっとした目がかわいらしい。

 しかしそれ以外の際だった特徴はない。

 背は高くもなく低くもなく。

 胸も大きくもなく小さくもなく。

 いかにもギャルゲーのモブっぽい人だ。


「検温の時間です」


「お願いします」


「上体を寝かせて、ベッドで仰向けになって下さい」


 別にこのままでもいいじゃないか。

 寝転がった方が体温安定するのかな?

 口答えする場面じゃないので、言われるままにする。


「では測りますね~。んっしょっと」


「──って!」


 看護婦さんが上体を被せてくる。

 そして部屋着をまくり、腕を差し入れてきた。


「力を抜いて。脇を緩めて下さい」


「自分でやります!」


「これは看護婦の仕事です。患者さんは指示に従ってくれないと困ります」


 胸を張り、まるで叱りつけるようにきっぱり告げてきた。

 でも、絶対違うから!


 しかも、この中途半端感はなんだ。

 睫毛の本数を数えられそうなくらいに顔が近い。

 軽く伏せた目が切なそうに見える。

 しかし胸はギリギリ当たっていない。

 まさにぴったり看護服の布一枚のみで隔たれた感覚。

 そして、吐息が妙に生々しい。


「ん……んん……ふう……」


 さすが、ギャルゲーの病院。

 このスーパー一樹が発動するかしないかの寸止め感恐るべし。


「入りました。脇を締めて下さい」


 看護婦さんがベッドから離れる。

 ああ、助かった。

 しかし、下半身に意識が行ってしまってしかたない。

 こんなところで暴発したらどうしてくれるんだ。


 ──三分後。


「どうやら微熱があるようですね」


「当たり前です!」


「やっぱり入院を延長した方がよろしいのでは?」


「しませんから!」


 まさか微熱を口実にして入院を引き延ばしにかかったとかじゃあるまいな。

 この病院、どこまでもろくなものじゃない。  


 気づくと、二葉がじとっと睨んでいた。

 仕方ないだろ!


 ああ、この気まずい空気を何とかしないと。

 時計が目に入る、そういえば……。


「看護婦さん、昼食はまだですか?」


 けろさんどとチョコで小腹は満たされてるけど。

 時計の針は一三時を回っている。

 とっくにランチタイムを迎えてるはずなのに。


「当院は原則として食堂で食べていただいてるんですよ」


「食堂に?」


「『病室に籠もっていると精神衛生上よろしくない』というのが院長の考えでして──」


 あの院長からそんなまともな台詞が出るとは思わなかった。


「──動けない患者さんを除いてですけど、渡会さんは松葉杖で歩けるんですよね?」


「はい」


「それでも希望する患者さんには病室に運んでますがやめた方がいいと思います」


「どうしてです?」


「ルームサービス代として高額の料金をとりますので。特に本来この部屋は、政財界のお偉い様が隠れるために使う部屋ですから」


 あの院長は、そういうところでも儲けてるのか。

 若杉先生が「ごうつくばり」と呆れるわけだ。


「食堂にします」


 看護婦さんが二葉へ目を向ける。


「付添いの方も料金支払えば食べられますので、よろしければどうぞ」


「はい」


「そんな怖い目つきをしては、かわいらしいお顔が台無しですよ?」


 そんな目をさせてるのはあんただ!


「ありがとうございます」


 おだてに弱い二葉も、さすがにここは浮かれないか。

 しかし看護婦さんはマイペースで会話を進める。


「当病院の食堂は一見の価値がありますよ。そしてきっと二人のお役に立てると思います」


「はい? どういうことですか?」


「行ってみればわかります。失礼します」


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