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102 1994/12/01 Thu 一樹の病室:妹も大好物なんだろ?

「んだよ、うぜえ」


 龍舞さんが二葉をぎろりと睨む。

 しかし二葉は動じない。


「まあまあ、そんなこと言わないで。お茶くらい飲んでいかない?」


「アタシ、待ち合わせがあると言ったはずだが」


「んじゃ、お茶はいいからほんのちょっとだけ時間ちょうだい。実はここまで呼んだのも、あたしから龍舞さんにサプライズプレゼントがあるんだ」


「アタシに?」


 あっ、ようやく二葉が何考えてるかわかった。


「ちょっと待ってね」


 二葉は一目散に冷蔵庫へダッシュ。

 すぐさま戻ってきて、例のブツを龍舞さんに差し出した。


「はい、けろさんど」


 龍舞さんが目を剥きながら問い返す。


「けろさんど?」


「けろさんど。大好物なんでしょ?」


「そうだが……さっきオーマイゴッド寄ったら生産中止と言われたぞ」


 わざわざ寄ったのか。

 まあ、若杉先生も『特別に』って言ってたくらい。

 見舞い品という事情を話して作ってもらったのだろう。


「そこをあたしの顔で特別に作ってもらったんだよ。なんせ、あたしは『げろさんど』の生みの親と呼ぶべき存在だからね」


 そしてこいつは、どこまで平然と嘘を吐く。

 まるで自分の手柄のように。


「というか、どうして『けろさんど』を?」


「ん、それがね……実はあたしもアニキと同じで『けろさんど』大好物だったんだ。だから食べたくなって作ってもらったの」


「『まずい』と三回も繰り返してたじゃないか」


 二葉が気まずそうに目を伏せる。


「実は……こんなアニキと好きな物が一緒ってバレるの恥ずかしくてさ……それでこないだも龍舞さんにケンカ売らざるをえなくて……ごめんね……」


 龍舞さんが、けろさんどをしげしげと眺める。


「食べてみたら『げろさんど』ってオチじゃあるまいな?」


「芽生じゃあるまいし! いいから食べてみて!」


 龍舞さんが包装を解く。

 食べると決めたらまったく躊躇ない動作なのが、いかにもっぽい。

 ぱくっとかぶりつく。


「C'est tres bon《美味しい!》」


 龍舞さんの目元が緩む。

 ああ、初めての昼休憩のときに見せた、どこまでも無邪気な笑顔。

 一口かぶりついてはゆっくり咀嚼し、また一口。

 見かけはガサツこの上ないのに、こういうところは女の子を感じさせる。

 これもフランスの血のなせるワザなのか。


 ──龍舞さんが食べ終えた。


「ごちそうさま。疑って悪かったな」


「いえいえ」


「そしてありがとう。久々にけろさんどを堪能させてもらったよ」


 久々って、三日ぶりじゃなかったか?

 それ程までに中毒なのかよ。


「いえいえ。ほら、もう一つも一気に」


 二葉が煽る。

 しかし、ここで二葉の計算は狂った。

 龍舞さんが袋を返す。


「返す……いや、やる」


「は?」


「妹も大好物なんだろ?」


「そ、そりゃまあ……」


 二葉が言い淀む。

 そりゃそうだ。

 本心は「まずい」と連呼した言葉の通りなんだから。


「さっき『友達になりたい』と言ったよな」


「うん」


「こんな最上のおもてなしを受けたからには考えてやってもいい」


「……ありがとう」


 なんか予想もしなかった方向に話が進んでいるような。

 二葉は明らかに戸惑いを見せている。

 一方の龍舞さんは、けろさんどを食べていたときと同じ至福の笑顔。


「『友達には贈り物をする』というのが龍舞家の家訓。せっかく二つあるのだし、こちらは改めてアタシから贈らせてもらおう」


「どういたしまして、そう言ってもらえるなんて嬉しいな」


 二葉は直感で「抵抗するだけ無駄」と悟ったのだろう。

 いつもの隙の無い作り笑いを浮かべた。


「じゃ、アタシは行くな」


 龍舞さんが背を向け出口へ──いや、立ち止まった。


「一樹、言い忘れるとこだった」


「ん?」


「やるじゃん」


「は?」


 しかし龍舞さんは俺の戸惑いに気づかなかったのか、別れの挨拶を告げた。


「Au revoirじゃあな


 なんてこと……。


 二葉はまだ笑ったまま固まっていた。

 片手にけろさんどを手にしたまま。

 想像しなかった結末になのか、自分の策略が通じなかったからなのか。

 ああ、まさに茫然自失。


 龍舞さんが裏の事情を知れば、やっぱり「考えすぎ」と切って捨てそう。

 芽生もそうだけど、策略とか謀略というのは、相手が理性で動いてなんぼ。

 感情のまま動く龍舞さんには通用しないということなのだろう。


 とにかく、これ以上は見てられない。


「二葉、それ寄越せ。全部食べてやる」


 二葉は押し黙ったまま、けろさんどを掲げる。

 そして包装を解き、二切れの内の一方を差し出してきた。


「半分こしよ。兄妹は何でも分かち合うべきだよね」


「そうだな」


 受け取って、ぱくりと一口……やっぱり不味い。

 二葉を見るとしかめっ面。

 もう聞かなくても感想がわかる。


 あのクリーチャーのアニキはどうやったらこんな不味いもの作れる。

 妹と違って味覚がクリーチャーしてるんじゃないのか。


 そういえばチョコもらったんだっけか。

 龍舞さんは謙遜のつもりだったんだろうけど、本当に口休めにならないだろうか。


 箱から一本取りだし、ぱく──!


「あっまあああああああああああああああああああああああああああああ!」


 この甘さはいったいなんだ。

 砂糖がギンギン効いて、歯に染みるんだが。

 舌の上はまるで焼けるよう。

 俺的にはハバネロ一気飲みよりもきつい。


「フランス人って甘いの好きだから……」


「その他人事みたいなローテンションは止めろ!」


 お茶、お茶、あー全部飲んだんだった!

 しくじった。

 えーい、もう何でもいい!

 けろさんどを口の中に放り込む。


 ……ん?


「おさまった」


「えっ?」


 二葉の顔に感情が戻る。


「どうやらけろさんどで中和されたらしい。甘味がまったくない天然素材ばかりでできてる上にパンがぱさぱさだから」


「あー、もしかして?」


「まさに毒をもって毒を制す状態だな。片方だけなら食べられなくても、交互に食べれば完食できそうだ」


「アニキ、お見事! やったね!」


 二葉がはしゃぐ。

 でもその気持ちはわかる。

 俺だって全力でバンザイしたいもの。


 まるで芽生のコロッケカレーの理論そのまんまじゃないか。

 決してウィンウィンじゃないけどな!

 大幅にマイナスな二つが普通のマイナス程度になっただけの話で。

 ああ、なんて思わぬ発見。


「というか、龍舞さんはこんな甘い物を虎ちゃんに与えるつもりだったのか……」


 カフェインどうのって問題じゃない。

 猫は砂糖の過剰摂取もアウト。

 こんなの食べさせ続けてたら体内のビタミンが破壊され、場合によっては糖尿病を引き起こしてしまう。

 本当にあの時、止めてよかった。 


「猫の飼い方知らない人だとそうなんじゃないの?」


 お前も含めてな。


「んじゃ、全部たいらげてしまうか」


 ──食べ終わって、二葉がお茶を入れ直してくれた。


 今度は舌が焼けるような熱いお茶。

 けろさんどと激甘チョコの奏でる奇妙な後味が、ほんのわずか啜るだけで洗い流されてていく。


「ああ、さっぱり」


「ホントだねえ。じゃ、情報整理を続けようか」


 まずは、ちょっと引っ掛かってるところから。


「朝の職員会議って、やっぱテレビ中継のことだよな」


「それ以外にないでしょ。ここって考えるところかな?」


「いや、納得してるんだけど。なんだろう?」


「テレビ中継の目的がはっきりしないからじゃない? あたしは芽生の言う通り『美談だから宣伝に』だと思うけど」


「そうだな」


 俺もそれしか思いつかないし、二葉と芽生の二人が口を揃えてるんだし。

 きっと変に考えすぎなのだろう。


「と言うか!」


 二葉が大声をあげ、湯のみをサイドテーブルへ叩きつけた。


「あの詐欺師はチア部になんてこと言いふらしてくれるの!」


 ああ……。


「だって、お前明らかにやりすぎだったし──」


「誰のためにやってあげたと思ってるの!」


 半分は二葉が愉しむためだろう。

 今の剣幕じゃ、そんなこと言ったら拳が飛んできかねない。


「ごめんなさい」


「しかも『監視役の二葉さんの望む』ときたものだ」


 二葉が芽生の台詞をあてつける。

 芽生も本音じゃ「二葉さんのため」などと欠片も思ってない。

 俺のためなのは多少あるだろうが、基本は自分のため。

 俺と行動を共にしやすくするためやったことだ。

 それを恩着せがましく言われたから、二葉は余計にイラついているわけで。


「そこはもう割り切っとけ」


 名目や過程はどうであれ結果さえ帳尻合えばいい。

 スパイなんて仕事をやっていると、こうした実利中心の考え方になる。


「ん、わかってる。でも牛のアレ食べさせられたことは割り切らないよ」


「好きにしろ」


「いつか絶対に報復してやる……」


 どんな報復するつもりなのか知らないが、できれば俺の見えないところでやってくれ。


 二葉が湯のみを手にし、ずずっと啜る。


「ま、アニキについては、本当に芽生を信じてもいいのかな」


 熱いお茶に癒されたか、二葉の表情は緩んでいた。

 しかし今度は打って変わって意外な言葉が飛び出した。


「いったいどうした?」


「今日の芽生、アニキに対しては外部生の前で見せる顔してたからさ。あたしから見てもアニキは芽生を信じて大丈夫だと思うよ」


「強敵のなんちゃらか」


「そういうことかな」


 二葉も落ち着いたようだし、次の話題に進む。


「龍舞さんについてはどうなんだ?」


「どうって? 『友達になりたい』が出まかせなのは、アニキだってわかってるっしょ」


「いや、なぜか龍舞さんの側は『友達になってもいい』と思ったっぽいしさ」


 展開の妙とでもいうのか。

 いくら大好物でも、たかが「けろさんど」で釣られるなんて。

 芽生の言う通り「単純」そのものだ。


「見た通りだよ、全く会話噛み合ってなかったでしょ。あたしとは根本から何かが違う」


「それは確かに」


 芽生と龍舞さんの組合せも違和感あるが、二人には外部生という共通点がある。

 そして芽生は王道ヒロイン、誰とでも親和性が高いキャラ特性がある。

 だから辛うじて、まだアリかなと思えなくはない。


 しかし二葉と龍舞さんに至っては対極もいいところ。

 なんせスポーツ系元気っ子ヒロインとニコチン系ヤンキーヒロイン。

 共通点なんてどこにもない。

 もうギャグとしか思えない組合せだ。


 二葉が続ける。


「芽生に従うわけじゃないけど『もう少し様子みる』ってとこかな。見かけより悪い人じゃなさそうだけど……ノートとらせる理由がわかるまでは、なりゆき任せにする」


「それでいいのかもな」


 ノート作りで時間的な制約は生まれるが、それ以外に害があるわけじゃない。

 お使いに行かされていた「けろさんど」は発売中止になってしまったし。

 何より、龍舞さんは少なくとも「敵」ではない。

 「キサマの主である以上、見舞うのは構わない」。

 嫌っている者相手に、こんな台詞は出てこない。


 だとすれば、今までの俺達の推測とかなり矛盾が生まれてくるのだが……。

 敵じゃないならそれでいい。

 俺も二葉も芽生すらもわからないものを考えても仕方ない。

 二葉のフラグに関係する存在ではないし、優先して取り組むべきことは他にある。


 その話題に移ろう。


「『ゴールドリボン』について聞きたいんだけど」


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