9 大きな……
これは母のマンションに泊まった時の話だ。
社会人になった俺は、会社の近くで一人暮らしをしていて、母とまだ学生の弟がちょうど2〜3人で暮らすくらいのマンションに住んでいた。
この頃はまだ自炊が上手くいかず、母の作るご飯が目的で、週末にはお酒を手土産に、たんまり食べて泊まって次の日帰る……という生活をしていたのだが、俺だけたまに妙な事に気づく様になる。
「……?あれ?なんか部屋に新しい芳香剤でも置いた?」
部屋に入った瞬間そう尋ねる俺に、母と弟は不思議そうな顔をした。
「そんなモン置いてないわよ。」
「?そんな匂いなんてするか??」
二人はクンクンと鼻を動かし匂いを嗅いでいたが、そんな匂いはしないと言う。
不思議な事に、そう言われた後に匂いを嗅ぐと、確かに部屋の中にさっき感じたお花の様な?匂いは消えていた。
なんだったんだ??
これが結構頻繁にあって、でもずっと匂いがするわけではない。
そのため、きっと何処かから飛んできた匂いが窓から入ってくるのだろう────と考える様になった。
そんなある日、また酒を片手に母の部屋を尋ねた日────……。
────ブワッ!!!
今までにない様な強烈な芳香剤の匂いが部屋から匂い、たまらず鼻を摘む。
「うぇっ!な、なんだぁ〜???」
「……なにしてんの?アンタ。」
鼻をつまみながら顔を顰めている俺を見て、母は呆れた様にため息をついていたが、俺としてはこんな狂った様な匂いの中、平然な顔で暮らしている母の方が信じられなかった。
「いや、匂いすごすぎるだろう!病気になるぞ!こんな凄い匂い!」
「はぁ??匂いって??あ〜今日の餃子のニンニクの匂い?」
すっとぼけた事を言う母に文句を言うため、鼻から手を離し、息を吸い込むと……?
「あ、あれ……??匂いがなくなった??」
さっきの強烈な匂いはどこへやら……ニンニクの食欲のそそる匂いしかしない。
ここで俺は少々混乱しながら、ぐるぐると考え込んだ。
あんなに強烈な匂い、こんな短期間で消えるはずがない。
それにあれほど凄い匂いだと、芳香剤というより……。
「……香水?」
「えっ、なにあんた、香水なんてつけてんの?色気づいちゃって〜!」
ツンツン突いてくる母に必死に拒否しながら、狐につままれた様な気持ちで、部屋へと入った。
その後は何ら変わった事はなく、普通にご飯を食べて普通にお風呂に入り普通に週時間を迎える。
母と弟が眠りにつき、そして俺もさぁ寝よう!と布団に横になった頃には────すっかりあの香水の匂いは忘れてしまっていた。
その後、眠りについたのだが、いつもは寝て目が覚めたら朝!……のはずが、その夜は突然フッと目が覚める。
尿意を感じなかったので、それで意識が戻ったわけではなさそうだ。
この時点でおかしいなと思ったのだが、とりあえずソロソロ……と目を開けてみると────……薄暗い中、あり得ないモノが目に入る。
巨大な人間の足だ。
多分サイズにしたら30……もしかして40センチくらいはあったかもしれない。
靴はなく裸足。
しかもその爪は赤いマニキュアらしきモノがベッタリついていたのをよく覚えている。
「????」
この時少し寝ぼけていたのか、『女の人の足だ〜』などと思っていたが、その足があり得ない程まっ白い事に気づくと────ヒヤッ!!と全身が凍りついた。
え……?ど、どちら様の足……???
ドッキンドッキンと自分の心臓の音がやけに大きく感じ、ただジッとその巨大な足を見つめる。
普通の人間ではあり得ないサイズ……。
更によく見ると、白の絵の具をぶちまけた様な白い足は泥だらけで、まるで山道を裸足で歩いてきたと思う程汚れていた。
自然と荒くなっていく自分の息をどこか遠くで感じながら……俺はゆっくりゆっくりとその足を辿って上へと視線を上げていく。
すると、その足に相応しい大きな体はやたら露出が高い服を着ていて、パッと思いついたのが、キャバクラとかにいそうというイメージだ。
そしてどんどんとその体は天井まで続いていき……入り切らない身長のせいで首を折り曲げている女の顔と目が合った。
「 ────っ!!!?? 」
首は肩に耳がつくほど横に倒れていて、なんとか部屋の中に立っている状態の女。
髪は長くパーマがかかった髪の毛は風もないのに、ふよふよとなびいているのが怖かった。
そしてなによりその顔は異常に目が大きくて、まるで穴が空いているかのように真っ黒で……でも、俺をジッと見下ろしているのは分かる。
その直後、俺は情けない事に気絶したのだと思う。
目が覚めたら朝だったから。
「……はっ??」
起きた直後は体が全く動かなくて、そのまま呆然としていたのだが、とりあえず母が朝仕事が入ったとの事で、早々に追い出される事になり慌てて朝飯を食べた。
「……なぁ、この部屋いわくつきだったりしない?」
母と玄関に向かいながらそう聞くと、母は不思議そうな顔で首を横に振る。
「そんな話は聞いてないし、私も弟も感じた事ないけど……何?なんか心霊体験でもしたの?」
「いや……なんとなく聞いただけ。」
住んでいる住人が何も感じないなら、多分疲れとかから来る悪夢か何かだったんだろう。
そう思い忘れようと決めると、突然母がドアの下に設置されているポストを覗き「あ〜……。」と小さく叫ぶ。
「これね〜多分前の住人が住所変更してないっぽいのよね。
結構な量届くから、地味に面倒くさくて!」
フッと母の手元を覗くと、そこには数枚の手紙やハガキの束が。
その宛先人の名前が元の住人の名前らしいのだが、その名前は外人の様な名前で、確実に女性の名前だった。
前は外人の女性が住んでいたのか〜。
ボンヤリとそう思っていると、母はその名前を見てハァ……と大きなため息をついた。
「この人ね、いわゆる水商売の女だったみたいなのよね。
凄く派手な化粧をして、キツイ香水をプンプン振りまいて出てきたらしくて、エレベーターとか共有スペースについての苦情が多かったらしいね。
身長も高くて男性並にあったらしくて、結構目立つ人だったみたい。」
「…………。」
もしかして……と思った俺は、後日コッソリ弟にその事について話すと、弟はゲラゲラ笑いながら、鼻を摘む仕草を見せつけてくる。
「多分美意識高い系の女お化けだったんじゃね?
俺と母さんは綺麗好きだし無臭だから合格で、兄貴は汗臭いし最近加齢臭もしてきたから不合格だったとか?
今度からファブ◯ーズしてから来てみれば?」
弟の言葉にショックを受けつつ、それから母のマンションに行くときは、ジャワーもしくはファブ◯ーズを振りかけてから入る事に。
すると不思議な事に二度とそのおバケは姿を表さなかったから……意外と弟の説はあっていたかもしれないと、今は思っている。




