25 妻の実家に……
妻の実家は代々家業を営んでいる家で、自然豊かな地方にちょっとした古い旅館の様な実家がある。
大きなその家は築50年以上は経っているそうで、ザ・昭和初期の造りをした二階建。
ドアは障子の引き戸で、全室和室という、そんな今では殆ど見られない内装をしている実家だったが、少しだけ変わった間取りをしていた。
二階の部屋がすべて中央に集まっていて、そのまわりを囲む様に廊下があり、一階は中央の広い部屋が巨大な仏間で、お店でしか見たことがないくらい大きな仏壇があるのだが、やはりそこをぐるっと囲う形で廊下があるのだ。
鬼ごっこしたらぐるぐる回って永久に終わらなさそう……。
最初見た時の感想はコレで、次に浮かんだのは美術館とかお店のショーウインドだ。
真ん中にあるショーウインドウに飾られた商品を、お客さんは360度どこから見ても商品が見える仕様になっているヤツ!
なんだか変な家の作りだなぁと漠然と思い、夕飯をご馳走になった後、妻に何気なくそれを話してみた。
「廊下が周りにグルッとあるのって珍しい作りだと思ったんだけど、この地域では皆こんな感じの作りなの?」
「ううん。古い家が多いけど、こんな作りをしているのは我が家だけだったな〜。
なんか、おじいちゃん曰く、『急遽こういう形にした。』って聞いた事がある。
なんでも予定の間取りから工事を加える形で変えたらしいよ。」
この間取りは当初予定されたものではないらしい。
それに対して首を傾げた俺が、さらに理由を尋ねたが、妻から返ってきたのは「分からない。」だった。
詳しい理由は不明。
だが、多分妻のおじいちゃんのお父さん?辺りが何やら理由があって間取りを変えたらしいと、曖昧な事しか知らないとの事だった。
なんとなくモヤモヤしたが、妻はコレ以上の事を知らないので、調べようもない。
そのため、この夜は二階にある部屋の一つで眠る事になったのだが、俺はその夜不思議な体験をする事になる。
────ヒソヒソ……。
ボソボソボソ…………ボソ……。
ヒソヒソ…………。
ボソボソ…………。
何やら沢山の人達が内緒話している様な……とにかく耳に入ってくる人の声らしきもので、急速に意識が浮上してきた。
??誰だ?お義父さんと義理の妹ちゃんが喋っているのかな?
目と閉じたまま、ボンヤリした頭でそう考えたが、次第に意識がクリアーになってくるのと同時に明らかにおかしい事に気づいていく。
一人二人の声じゃない。
これはもっと大人数の声だ。
何十人レベルの声で、それこそ近所の人達を沢山呼んでお喋りしないと無理な数のささやき声。
更に、それが自分が寝ている部屋の中で聞こえるのだから、一気に覚醒し血の気が引いた。
絶対に目は開けられない!
怖い……怖い……怖い……!
早く消えてくれ〜!!
とりあえずうろ覚えの御経を何度も唱え続けていると、それが効いたわけでもないだろうが、声は次第に小さくなっていき……まるで空気に溶ける様に消えていった。
な、なんだったんだ……?
完全に何も聞こえなくなると、恐る恐る目を開け、隣でグーグー寝ている妻の顔を見てホッと胸を撫で下ろす。
そしてそのまま一睡もできずに朝を迎えると、起きた妻に昨夜の出来事を話した。
「え〜?沢山の人の声?」
「そうなんだよ。めちゃくちゃ怖かった〜。」
寝不足で目を擦りながら恐怖体験を語ると、妻はそこまで真剣に捉えてなかったのかコロコロ笑う。
「歴代のご先祖様じゃない?
ほら、この家って歴史が古いから、お墓にびっちり名前が書いてあるし……。
そもそも私の時もそうだったんだけど、家を守る事が何より優先される家だったから、婿に来た奴を見極めよう!みたいな感じだったのかもね!
きっとお父さんが率先してご先祖様連れてきたのよ〜。
娘の婿、見学ツアーとか?」
妻の父は、俺たちが結婚する直前に亡くなっていて、まだ一周忌すら
最後はアハハ〜と笑う嫁を見て、他人事だと思って……と呆れる気持ちがあったが、次の年は来なかったので、案外正解だったのかもと思う。
ただ、本当に怖かったのはここから。
毎年お邪魔するこの実家にて、何故か俺だけが寝ている時に妙な気配を感じる様になったのだ。
なんだか人の気配のようだが、無機質なモノの様にも感じるその気配。
言葉にするのが難しいんだけど、沢山のモノが集まって形成されている何か大きな塊が、家の中を徘徊している感じ。
なんなんだろうな……コレ。
これは最初の時は全く感じなかったのに、ある年に急にそれに変わった気がする。
こういった抽象的なモノって説明しづらいし……勝手な思い込みだろうから黙っていよう。
そう決めた後、また今年も実家に行った時、気になる話を妻から聞く。
「なんか毎年お墓参りに来ているけど、ぶっちゃけ墓石の方に骨ないから、ちょっと変な感じだよね。」
「はい??……えっ、そうなの?」
衝撃の事実に驚き、「じゃあ、骨はどこに?」と尋ねると、妻はあっけらかんと答えた。
「前、大きなお寺に行った事あったでしょ?そこの納骨堂の下に全員一緒になって眠っているんだよ。
骨壺に入っていた骨は、全部そこに流すんだよ。ジャ〜……って。」
「へぇ〜。そうなんだ……。」
妻の話によると、その寺には大きな塔にも似た建物があって、その地下は大きな空洞になっているのだとか。
その塔の入口みたいな穴から、そこに骨を流し込み、その空洞へと送るそうだ。
「それって、そこに入った人達の骨は一緒になったまま眠るって感じ?」
「そうそう。故郷に帰るみたいな?元はどうしてそうなったのかは知らないけど、この辺りの人達は全員そんな感じで祀っているよ。
だから家の近くにあるお墓はお墓、こっちもお墓って感じで、地元の人は二つの場所へ墓参りしないといけないんだ。
まぁ、私達は遠方から来ていて大変だろうって、家の近くのお墓だけお参りするんだけどね。」
「そうなんだ……。それは知らなかった。って事は、お義父さんの骨は、沢山の地元の泣き人達といっしょになって眠っているのか……。」
俺はこの祀り方は知らなかったので、少々驚いたが、ここで自分がこの妻の実家で体験した事を思い出す。
俺がこの家に初めて来た時、お義父さんは、亡くなってまだ一年経っていなかった。
その時は、お義父さんは『個』として存在していたのだが……もしかして、それからどんどん他の沢山の人達との境目が無くなっていき、今はこの土地を守る神様みたいな存在の一部になったのかもしれない。
この土地を愛する亡き地元民達がたくさん集まって生まれた土地神様みたいな?
そのお陰か、そこいらの土地は今まで大きな災害もなく、とても穏やかな時がいつ来ても流れている。




