11 生霊
これはちょっとした自分なりの考察の話にもなってしまうのだが、ちょっと聞いて欲しい。
お化けの世界には、死んじゃった後にでてくるスタンダードなお化けと、もう一つ生きている人間のお化け……俗に言う生霊というモノがあるらしいが、これはその話。
社会人一年目、一人暮らしをする事になった俺は、職場の近くのアパートで暮らし始めた。
慣れないひとり暮らしは大変だったが、務めていた会社は大手で、社内食堂が夕方もある事から、そんなに生活に困らず過ごせていたと思う。
そんなある日の夜。
俺の部屋にはロフトベッドがあって、下が机、上がベッドの作りになっていて、その日は上のベッドに仰向けに寝転がり本を読んでいた。
時間は多分10時を越えた頃くらいで、そろそろお風呂に入って……などと考えていたのだが、突然黒い何かが下から上に上がってきたのが司会の端に映る。
ベッドの横の柵から、ぬ〜……とゆっくり上がってきた黒いモノは、視界の端で捉えた限りサッカーボールくらいの大きさで……。
「…………??」
飛蚊症にしてはデカすぎる。
そんな脳天気な事を考えながら、そちらを見ると────思考が固まった。
それが、サッカーボールではなく人間の顔だったからだ。
首から上だけがベッドの柵の上から飛び出ている感じ。
そりゃ〜ビックリしたんだけど、その顔が凄く知っている顔……父の顔だったから、最初は停止している思考で「あれ?親父じゃん。」なんて、凄く冷静に思っていた。
────が……?
次にあれ?と思ったのが、なんでこんな所にいるんだ?という事よりも先に、何故かこのベッドの高さの事だった。
高さは約2mくらい。
横に立って顔が柵から出るには、軽く2mは越えないとでないはず。
そこで青ざめてサァ〜と血の気が引いていくのを感じていると、それを察知したかの様に、父の表情が変わっていく。
最初は無表情でこちらを見ていた顔が、どんどん歪んでいき、憤怒の表情へ。
そして憎々しげにコチラを睨みつけると、更に顔の目や鼻、口などの部位が顔の中心に向かって集まっていったのだ。
まるで真ん中に穴があって顔の部位が全部吸い込まれていく様な……とにかくありえない映像だったのだが、俺は恐怖が臨界点に突破したため気絶!
気がつけば朝だったのだが、しばらく動けないくらい衝撃的な出来事であった。
「なんだったんだ、あれ……?」
聞いたこともない体験談だったし、それにお化けは基本透けているモノだと思っていた俺にとってそれは、未知なる恐怖に該当するモノであった。
はっきりしていたし、そこに本人がいると言っても過言ではないくらいだった。
電気はついていて、周囲は明るかったのに、お化けってあんなに堂々と出るモノなのか?
っつーか本人生きてるし。
色々ぐるぐる回って回って、フッと父の事を思い出した。
実は父と俺はちょっとした確執というか、正直父の事が大嫌いで、一人暮らししたら二度と会うのは止めようと思っていたのだ。
理由としては、父は祖母や祖父が母に対しイビっていても無視し続けていて、全力で祖母達を庇っていたからだ。
そんな父は無職になり母が働き自分が家にいても、女が家事をするものだと主張しつづけ、何もしなかった。
結果、母は弟を連れて出ていき、俺はその後に続いて出ていったという経緯がある。
話し合いも何度もしたのだが、父の価値観は絶対に譲れないモノだったらしく、かといってだったら働けと言っても社会が悪いだの、自分は頑張っているだのと話にならない人だったため、俺も見切りをつけたというわけだ。
ただ、あの父の様子がどうしても気になったので、一応まだ残っていた連絡先に電話してみると、なんと祖母と祖父が一気に痴呆症が進み、精神に異常をきたす一歩手前になっていたのだ。
ちなみに俺が家を出る前、一応最後のお情けだと母が老人ホームの手続きをしたのに、女が介護をするモノだ!家で面倒を見ろ!と怒鳴り続け、手続きのキャンセルを勝手にしていた。
しかもそれをすれば、母が帰ってきてどうにかするだろうと本気で思っていたのだから、頭が痛くなる。
多分アレは、無意識に助けを求めて来た父の生霊だったんだろう。
そう考え、母には言わずに弟に相談すると、なんと母が最近悪夢に魘されているらしく、弟はとても心配なのだと言うのだ。
「なんか夜、母さんが魘されててさ、時々大きな悲鳴まで聞こえるんだよ。
でも夢の内容を覚えてないって。
罪悪感とかかな?そんなの感じる必要ないっつーのにさ。」
「まさに因果応報ってヤツだよな。でも、責任は感じちまうのかもな。」
二人揃ってため息しか出なかったが、母には恩があったので、一応社会人になっていた俺が祖母と祖父がどうにかできるまで同居して見張る事にした。
すると不思議な事に、母の悪夢は消えたらしい。
原因はやはり父にあった様だ。
結局俺はそれから祖父と祖母が死ぬまでは家にいてやり、その後はさっさとまた家を出ていった。
それからは父の生霊は出ていないのだが、多分これから自分の体が動かなくなってきたらまた出るだろうなと思っている。
今回の事で考えたのは、生霊というものは、とにかくハッキリした姿をしているんだなということ!
ホンモノの人間と同じ。
まぁ、俺が見たのは随分と大きかったが……(いや、浮かんでいた可能性もあったかも……?)
恐らく、生きている人間の方がパワーは強いと聞くので、生命エネルギーの差で、生きていればハッキリ見えるし、死んでいるとボンヤリしているのかもと考えた。
生きている系チートってやつ……?
そんな、また一つお化け世界の不思議を知った俺は、また父の生霊が出てきたら、今度は気絶せずにぶん殴ってみて、感触があるのか試してみようと思っている。




