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32.最後の死闘(フィリン視点)


「お別れは済んだか?」

「……ええ、お気遣いどうも」

「よい。故人との別れは一度だけ。その機会を邪魔してやるほど、余は鬼畜ではない」


 その別れの元凶が何を偉そうに……。


「まぁいいです。おかげで──覚悟は決まりました」


 魔王、私は貴女を殺します。

 たとえ刺し違えてでも、必ず殺します。

 敵討ち──というのは私らしくありませんが、この場合、その言葉が一番似合っているのでしょう。


「覚悟、か……その程度のもので余に勝てるとでも?」

「勝ちますよ。私は強いですからね」


 と強がってみせますが、めちゃくちゃ厳しい状況なのは認めます。


 私は先程の戦いで消耗している。それに対して、魔王はほぼ万全の状態と言えるでしょう。

 長時間戦っていれば不利になる。


 だから、一撃です。


「一撃で終わらせます」

「…………ほう?」


 初めて、魔王は期待するような目を向けてきました。


「いいだろう。死ぬ気でかかってこい」

「貴女こそ」


 私は腕を振り上げた上段の構えを。

 魔王は両手を広げて迎撃体勢を取ります。


「…………」

「…………」


 張り詰めた空気。生唾を飲み込みます。こんなに緊張したのはいつぶりでしょうか。

 初めて剣を握った時? 当時の私以上の強敵と出会った時? それとも、陛下と全財産を賭けたギャンブルに挑んだ時?


 ……ああ、私ってば、意外と緊張する機会が多かったのですね。


「スゥ……ハァァァ…………」


 精神統一。

 ゆっくりと息を吸い込み、ゆっくりと吐き出します。


 その直後──大地が揺れました。


 地面を砕くほど勢いよく踏み込まれた歩みは、私と魔王との間にあった空間を一瞬にして無いものとしました。

 それはまさしく、光の如く────。

 その速度と勢いを上乗せして、剣の残像を残しながら振り下ろされた一撃必殺の一太刀は、完全に標的の脳天を捉えた──はずでした。


「ふむ。悪くない一撃だ」

「…………は?」


 ひどく冷静な言葉が聞こえました。

 あり得ないと心の奥底で呟きながら、相手を見ます。

 魔王は生きていました。私の本気を受け止めても尚、平然とした様子で地に足をつけていました。


 人々は私の剣を『美しい』と称します。

 洗練された動き。滑らかな軌道。空を斬り裂く(かなで)。それはまさしく芸術であると、たまたま知り合った吟遊詩人に謳われたこともありました。


 しかし、彼らは知らないのです。


 それが私のお遊びであることを。

 私の本当の剣は、彼らが言う美学や芸術とは程遠いものであることを。


 私は元より、細かな剣捌きは好きではありません。

『やるなら豪快に、大地ごと敵を叩き斬れ。どんな敵であろうと一撃で沈めてしまえ。殺し合いに美しさなんて必要ない。勝つことこそが正義なのだから』。──そのような心情の元、編み出されたのが私の剣です。


 その名も【豪剣】。


 一撃に重きを置く剣術は私の真骨頂。私の本気です。

 私は遥か昔にそれを極めました。その後、それだけでは味気がないと思った私が様々な剣術を覚えてみたところ、人々は『暇潰し』に覚えたものばかり注目し始めました。

 それ以来、私は豪剣を封印してきました。

 本当の本気で戦おうと思った時のみ、それを用いる。二つ目の切り札とも言える、私の主流剣術です。


 だから豪剣を使いました。


 魔王相手に手加減は無用。

 今こそ私の本気を見せる時だと、そう思って豪剣を使った。


 なのに────


「貴様はまだ強くなれる。貴様が今以上に成長し、いつか現れる勇者と手を組まれれば……流石の余でも貴様らを相手するのは厳しい。だから今のうちに芽を積んでおこうと思ったのだが、正解だったな」


 私は、今以上に強くなれる……?


 …………そうか。そうでしたか。

 もう誰も届かない高みにまで上り詰めたと思っていましたが、私はまだまだ強くなれたのですね。

 もしそうだとしたら、どれほど楽しかったでしょう。

 いつか現れる勇者。その人と互いに鍛錬し合い、互いに強者の頂点まで成長できたのなら、ああ、それはまさしく──胸が高鳴る人生と言えたでしょう。


 そんな未来があるのなら、もっと頑張っていればよかった…………と、今更後悔しても遅いですね。


「人間にしては良き剣だった。

 ──誇れ。貴様は余が認める強者であった」


 ドスッ、と──重い衝撃が体に伝わりました。

 力が抜けていく感覚。手足が冷たくなり、思ったように体を動かせなくなります。


 魔王は笑っていました。

 とても楽しそうに、目をキラキラと子供のように輝かせて──。


「あぁ、ちくしょう……」


 そう呟き、私はゆっくりと瞼を閉じます。

 ぼんやりとした薄暗い視界の中、最後に私が見たものは──こちらへ最敬礼を捧げる女騎士の姿でした。


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