30.化け物め
突如現れた光の柱。
……いいや、それは単なる魔力の奔流だ。
強くなりすぎた魔力は可視化される。
それはよく言われている言葉だけど、誰もがそれを簡単に出来るのかと言われたら──それは違う。
まず、一般人が出せる魔力では不可能だ。
普通の魔法使いでも、これを出せる人は極めて稀だ。
これを狙って可視化させられるのは賢者とか大魔法使いとか、魔王とか……。一般人からすれば雲の上の人くらい。
つまり、これを出せる人は普通じゃないってことだ。
それに加えて、天にまで登るほどの魔力を生み出せる奴なんて、この世界を探し回っても見つけるのは難しいだろうね。
「ほんと、どこまでも『化け物』に相応しい女だよ……」
驚くとか恐怖するとか以前に、呆れる。
はなから楽な戦いになるとは思っていなかった。まだ本気を隠していることも分かっていた。でもそれでいい。最初から本気を出されるより、少しづつ消耗させてから本気を出されたほうが、まだ楽だから。
だから、魔王軍の存在を大きくさせた。
ここで私達を倒しても、次は魔王軍の全勢力と戦うことになるんだぞと思わせることで、本気の切り札を温存させながら消耗させるつもりだった。
その作戦は上手くいっていた。油断したところで大きな傷も与えられた。これで少しは有利になれる。こっちにはタナトスとエレシアがいるんだ。負けることはない。
────その希望は呆気なく砕かれた。
なんだよ、あれ。
まさか神様に力借りるとか思わないじゃん。
あんなの反則だって。ただでさえ化け物なのに、そこに神様の力が加わるとか意味分かんない。──知ってる? 人間って神様に勝てないんだよ? それこそ天と地の差があるんだよ? それを持ってくるとかズルくない?
「タナトス。あれ、勝てる?」
『精々頑張って相打ちだろう。……生前であれば、だがな』
ダメじゃん。
『仕方ないだろう。聖なる魔力だけでも致命的なのだ。そこに地母神の力まで加わったら、アンデッドの我では無理がある』
「役立たずめ」
『文句を言うなら主人が行ってくればいいだろう』
「冗談やめてよ。私なんか一瞬でお陀仏だよ。あの光に連れ去られちゃうよ」
あれはダメだ。
あれに触れた瞬間『ジュッ!』って蒸発する未来が見える。
「じゃあエレシアは……」
「すまない。あれに近づくだけで肌が焼ける。……役立たずで、すまない」
「あ、ううん! 大丈夫だよ! エレシアでも無理なら誰だって無理だから! あんな反則技を持ってきたあいつが悪いんだって!」
『…………なんだ。我の扱いだけ酷くないか?』
「気のせいだよ」
物申すような視線を感じたけれど、無視。
これ以上、呑気にぺちゃくちゃと話している余裕は無さそうだ。
「作戦会議は、終わりましたか?」
ただ喋っているだけなのに、どうしてこうも息が苦しくなるのか。
「…………お気遣いどうも。作戦も何もあったもんじゃないけれど、とりあえず戦う覚悟だけはできたよ」
「そうですか。では──参ります」
「っ、タナトス!」
剣聖が動き出す。
一歩一歩、確実にこちらへ歩みを勧めてくる。
あれを接近させたら終わりだ。そう思った私は迎撃を命じる。すでに魔法発動の準備を終えていたタナトスから、弾幕を張るような無数の魔法が放たれた。どれもこれもが地形を変える威力だ。その全てが精確に剣聖へと襲いかかり、そいつの周囲に砂煙が舞った。
どうなった?
私の目には確かに当たったように見えたけれど……。
目を凝らして観察する。
煙の中に一瞬だけ人影が揺らいだような気がした、その直後────
「アンリ──!」
ドンッ、と真横から突き飛ばされた。
何が起こったのか分からずに尻餅をつき、一瞬遅れて私の目の前に落ちてきたのは──見覚えのある腕で。
「あ、ああ……! エレシア、エレシアぁ!」
「大丈夫だアンリ。アンデッドになったおかげか、この程度の損傷なら全く痛くない」
「そういう問題じゃないでしょ! ……私のせいだ。私が油断したせいでエレシアの腕が……腕が!」
絶対に許さない!
エレシアによくも、よくも──!
「…………ぇ?」
そうして振り向いた目の前に──剣聖の顔があった。
敵は絶対に殺すと言うような冷たい瞳でこちらを見下ろす、人形のように整った顔。
一体いつの間に? 奴はまだ遠くにいたはずだ。今の一瞬で距離を詰められた。音も気配も感じられなかった。
「死になさい」
まばゆい光に照らされた剣が振り下ろされる。
戦闘経験皆無の私だ。当然それを避けられる訳がなくて、迫るその凶刃をただ見守るしかできなくて。
『馬鹿者が!』
タナトスの叱咤が飛んで、それはギリギリのところで静止する。
首の皮一枚というやつだ。なんの比喩でもなく、ほんの一瞬でも遅れていたら私の首は斬られていた。
『腕を斬られただけだ。主人ならすぐ直せるだろう。その程度のことで心を乱すな!』
「邪魔ですね。……まずは貴方から潰してしまいましょうか」
『くっ──! 舐めるな小娘!』
空を覆う無数の魔法陣。
それは一斉に剣聖へと標準を合わせ、煌めく。
「うわぁぁぁ!」
耳をつんざく音と、間近に起こった爆発に私の体は吹き飛んだ。
ゴロゴロと地面を転がって壁に激突して、ようやく止まることができた私が見たものは、剣聖の足元に沈むタナトスの姿だった。
聖なる魔力と地母神の力に当てられたことで、その気配はすごく薄くなっている。今すぐにこの場から離脱しなければ、タナトスは存在ごと消滅させられる。そう思っても体が上手く動いてくれない。
「っ、くそ!」
十分すぎるほどに準備してきたと思っていた。
決して楽な戦いにはならないだろうけれど、こっちには先代魔王のタナトスと無数のアンデッドがいるんだ。負けない自信はあった。
「アンリに手出しはさせない!」
「どうぞご自由に。邪魔をするならエレシア、貴女であろうと排除します」
私を斬り殺そうと足を動かした剣聖を止めるように、エレシアが立つ。
でも、利き手を失った状態では何もできず、大きく剣を弾かれたエレシアの横腹に思い切り膝を叩き込まれた。
それだけでは終わらない。
体が『く』の字に折り曲がった隙に頭を鷲掴みにされ、力任せにぶん投げられる。曲線を描くような生易しいものじゃない。ド直球の玉を投げたかのような勢い。エレシアが激突した建物から順番に崩壊していく。それは何度も聞こえてきた。
ようやくそれが収まった頃には、エレシアとの距離は遥か遠くへと引き離されていた。
「え、れしぁ……」
助けに行かなきゃ。
エレシアは私の全てなんだ。
すぐに、直してあげなきゃ────。
「どこに行くのですか?」
「……あ、あぁ……」
剣聖が立ちはだかる。
エレシアの元へは行かせないぞと、そう言うように……。
「デュラハン!」
呼び出した瞬間、細切れにされた。
「リッチ!」
後方で待機させていたリッチ達の魔法は、まるでそよ風でも吹いたかのように受け流された。
「アンデッド。時間を!」
「無駄ですってば」
剣を突きつけられる。
お前では勝てない──と、真実を突きつけるような言葉を添えて。
「あはっ……」
──手が震えている。
圧倒的な力を見せつけられて、こっちの努力なんて簡単に返されて、お前がどう足掻いたところで無駄だと言われて、たった一人に全ての計画を狂わされて。
「ああ。認める。認めるよ……お前が怖い。私は今、どうしようもなく恐怖している」
私が何をやったところで、届かない。
死霊術が得意なだけの凡人が、本当の化け物に勝つなんて無理な話だったんだ。
「では、諦めますか?」
剣聖が言う。
「抵抗しないと言うのであれば、苦しむことなく逝かせて差し上げます。エレシアもすぐに送ってあげましょう。──だから降伏しなさい」
ふっ、と力無く笑った私は──突きつけられた剣の切っ先に唾を吐く。
そして嫌味たっぷりに口元を歪ませて、こう言ってやった。
「うるせぇよ。バーカ」
剣聖の額に青筋が一本。
騎士の誇りに唾を吐かれたことで、流石に怒ったらしい。
「…………いいでしょう。ならば死になさい!」
狙いを定め、振り下ろされる一撃。
私は最後まで笑みを絶やすことなくそれを見つめ、次こそは届いたように思えた瞬間────今度は剣聖の体が弾かれるように真横へ吹き飛んだ。
「…………随分と、遅かったじゃん」
「いいや。時間通りだ」
そこに現れた第三者の声。
私の責めるような声に平然と返すあたり、本当に性格が悪いよなぁ。
「どうやら、予想以上に苦戦したようだな」
「ほんとだよ。後でちゃんと……あの化け物相手にここまで粘った私達を褒めてよね」
「……そうだな。おかげで事は順調に進んだ。其方らには特別報酬を与えよう。とにかく今は休んでおけ。邪魔だ」
シッシッと手を振られた。
やられっぱなしは癪だけど、おとなしく下がる。
「失敗しないでよ?」
「ハッ! 誰にものを言っている」
ああ、分かってる。
ここから先は化け物同士の戦いだ。凡人にはキツい。
だから、頼んだよ──魔王様。




