25.処刑日和(フィリン視点)
どうも皆さまこんにちはこんにちは。
レスタ王国最強の剣士、剣聖のフィリンと申します。
いやぁ本日はお日柄も良く、絶好の処刑日和ですね。
…………冗談です。
戦うことしか能が無いと言われた流石の私でも、そんな怖いことは言いませんよ。
そんなわけでやってきました。処刑決行──当日。
処刑は王城前の広場にて行われます。すでにレスタ王国民の多くは『死霊術士が現れた』ことと『その犠牲となった者の処刑を行う』という噂を聞きつけ、そこに集まっているみたいですね。
「今日で貴女とのお話も最後ですね。……そう思ったら少しは寂しいと思いませんか?」
「……………………」
あ、はい。いつもの無視ですね。
「でも結局、貴女のご主人様は来ませんでしたね」
今日という日が訪れるまで、あの死霊術士に関する情報は一切、見つかりませんでした。私の部下と騎士団長の部下を使って彼女の影を探していましたが、それらを総動員しても手応えは皆無。
この私を相手にするのです。
私の情報を探るとか、城内に罠を設置するとか……。何かしらの動きを見せてくると睨んでいたのですが、私の予想を上回る静けさで逆にこっちが拍子抜けしてしまいました。
やはり無理だと悟り、逃げてしまったのでしょうか。
ただならぬ信頼関係があると思っていたのですが、所詮は禁忌に触れた者。味方を捨てることに躊躇いはないのでしょう。そう思うとエレシアが少しだけ可哀想です。…………と、それを口にしたら無言で睨まれてしまいました。失敬失敬。
「気分はいかがですか? これから大勢の市民の前で処刑されるのです。少しは思うところがあるのでは?」
「…………あの子は来る。絶対だ」
「随分と信頼しているのですね。しかし、貴女はそう思っていても、向こうが同じだとは限りませんよ」
実際、彼女の影は今のところ一つも見られない。時には信じる気持ちも大切ですが、もう彼女は逃げたと考えて間違いはないでしょう。
……でもまぁ、エレシアがそこまで言うのです。
少しは助けが来る可能性を考慮して、今日という処刑の時を終わらせましょう。
「……フィリン殿、失礼する」
と、騎士団長が来ましたね。
彼の手には数々の拘束具が握られています。これは罪人を連れて歩くための道具。
つまりは、もう時間切れということです。
「陛下からのお達しだ。準備は整った。かの者を連れてこい、と」
「分かりました。彼女の連行は私が担当します。騎士団長は彼女の拘束をお願いします」
「……ああ、任された」
騎士団長は慣れた手付きでエレシアの身柄を拘束します。
しかしその顔は歪み、とても苦しそうに見えました。
彼は熱き心を持つ男です。誰よりも自分の部下を大切にし、誰よりもエレシアの将来を期待していた。
これは後から聞いた話なのですが、騎士団長とエレシアの家系にはちょっとした付き合いがあり、個人的に彼女のことを姪のように思って可愛がっていたとか……。
──そんな彼女を自らの手で縛る。
仕方のないことだと分かっていても……いいえ、だからこそ辛いのでしょう。
「終わりましたね。ではこちらも準備を……騎士団長は先に行っててください」
「…………ああ。次は……処刑台で」
騎士団長はエレシアを一瞥し、牢屋を出て行きました。
会話はありません。これ以上何かを話せば情が移ってしまう。騎士の上に立つ者として、国を守護する者として、それは間違った選択であると──彼なりに考えた結果なのでしょう。
「【我、正を望むもの。我、義を貫くもの。故に我は執行する。それこそが誠の正義であると誓って】」
これは私が『敵』と定めた対象を無力化する、私だけに許された魔法。
これによってエレシアは完全に縛られました。私がこれを解除しない限り、騎士団長に並ぶと言われていた彼女は女児以下の力しか出せません。
「では行きましょう。貴女の最後は、私が責任を持って見届けます」
彼女に巻きつく鎖を引っ張れば、抵抗することなく歩き出しました。
道中、すれ違う使用人が異様に少ないのは……ほんの一瞬でも騎士として生きた彼女の尊厳を尊ぶ、小さな配慮です。
「さぁ、襲うなら今が好機ですよ──死霊術士さん?」
…………。
……………………。
………………………………。
反応無し、ですか。
もしもの場合を考えてみたのですが、こんな見え透いた挑発に乗らないだけの理性は残っているのか、そもそも見られていないのか……。
どちらにしろ無反応は恥ずかしいです。
後ろのエレシアからも「何言ってんだこいつ」みたいな視線を向けられてしまいました。
「…………コホンッ。行きますよ」
警戒していた襲撃はありませんでした。
私達は何事もなく広場へと到着し、エレシアを処刑台へと導きます。
そこには国王陛下と騎士団長、処刑の行く末を一目見ようとやって来た群衆がいました。
……まだ陛下からの説明はされていないのでしょう。エレシアが登場したと同時に群衆は彼女を憎悪の色を見せ、今にも罵倒しそうな勢いで睨みつけました。
こうなることは予想していました。
力を持たない一般市民からすれば、アンデッドは恐るべき敵。彼女が被害者であることなんて彼らには関係ありません。だから恐れる。今すぐに殺すべきだとその目が語るのです。
それを愚かだと言うのは簡単です。
しかし、そんな弱き心も理解できてしまう私は、この強者と弱者の狭間にある、決して分かり合えない現実に少し悲しくなりました。
「これより騎士エレシアの処刑を行う──だが、その前にどうか我々の話を聞いてほしい」
陛下が一歩前に出て、演説を始めます。
「この者は死霊術士の手にかけられアンデッドとなった。彼女は被害者だ。どうか彼女を憎まないでほしい。どうか彼女に其方らの憎悪を向けないでほしい。彼女は騎士として誇りを持ち、最後まで生きた。──その尊厳を傷つけないでほしい」
禁忌は災厄に等しい存在である。騎士エレシアはその災厄に巻き込まれた被害者であり、悪いのは全て死霊術士だと群衆に伝え、彼女の尊厳を守る。
このまま彼女を終わらせるのはあまりにも酷です。
少なくとも彼女は、アンデッドだからという理由で皆から憎まれながら死んでいい人ではない。『エレシア』という女性について彼女を知っている人達に話を聞けば聞くほど、その思いは強くなりました。
そう思った私は、処刑が行われる前日、陛下に「どうか彼女の尊厳だけは守らせてあげてください」とお願いしに行ったのです。
陛下はそれを許諾してくれました。
彼もエレシアの不幸には同情していたのでしょう。だからこうして、処刑の場であることを利用して、大勢の民の前で演説を始めたのです。
しかし、
「うぇええええん! 魔物怖いよぉぉぉ!」
幼い少女の声が、群衆の中から聞こえました。
はたしてどの子が発した言葉なのか。……大人達に混ざった子供の姿は見えず、その中で女の子を探すのは苦労しますが、それは最早どうでもいいこと。誰が発した言葉であうが、先程の言葉で今まで積み重ねた何もかもが台無しになったのは──容易に分かりました。
「そ、そうだ! そいつはアンデッドだろ! 魔物なら殺せ!」
「どうしてアンデッドなんかを擁護するんだ! 騎士だったからってなんだ。あんたらも同じ騎士なら、さっさとそれを殺してくれよ!」
「アンデッドなんて気持ち悪い!」
少女の声に感化された群衆は、思い思いの憎悪をエレシアへ向け始めました。
…………現実とは、そう上手くいかないものですね。
騎士の誇りとか、私達の思いとか……彼らにとって、そんなものは関係ないのでしょう。
敵は驚異。それ以外は全てどうでもいい。御託はいいからさっさと敵を殺せ。それが力ある者の責任だと──なるほど。彼らの弱さは私達の想像を上回るものだったようです。
「皆の者静粛に! 落ち着くのだ!」
陛下は宥めるようにそう言いますが、効果は皆無。
これは私の失態ですね。普通の弱者達の気持ちを理解しきれていなかった、私の失態です。
彼らは更に暴走し、挙句にはエレシアへと石を投げる者も出てきました──って、ちょ、やめて。それ私にも当たってるからやめてくださいってば。
「──っ!」
一際大きな石が、エレシアの頭部めがけて飛んできました。
これはもう致し方ありません。私は即座に剣を抜き、飛来する石を切り裂いた後、騎士団長に指示を出します。
「騎士団長。陛下を安全なところへ」
「だが、この場はどうする!」
「これは私の失態で引き起こしたこと。……私が、これを終わらせます」
すでに彼らの怒りは最高潮へと達しています。
彼らには私の言葉も騎士団長の言葉も、陛下の言葉でさえも届かない。
この場を収める唯一の手段は、この処刑を──終わらせること。
「恨んでいいですよ。騎士エレシア」
私は貴女の尊厳を守りきることができなかった。
貴女を人類の敵として終わらせることを、どうか恨んでください。それがせめてもの謝罪です。
「…………お覚悟を」
エレシアを拘束台に貼り付け、晒された首に狙いを定める。
せめて痛みは感じないように──。
「終わらせましょう」
「──ああ、そうだね。終わらせようか」
その時、視界の端で漆黒が舞い降りました。




