24.全てがダメだったら
ラスティアとギデオンの意外な関係を知った後、私は何事もなく演習場にたどり着いた。
演習場の中からは『ドンッ!』とか『ドガアアアアアアン!』とか、この建物がぶっ壊れてしまうんじゃないかと心配するほどの衝撃と爆音が、今も連続して鳴り響いている。
それに混ざって、ミカグラが発する楽しそうな笑い声も…………。
「私のアンデッド達、大丈夫かなぁ」
少し遠い目をしながら、演習場の門をくぐる。
入ってすぐ近くにいた受付さんから見学用の入館証を貰って、渡された案内地図通りに今もミカグラ達がドッカンドッカンしているところに向かう。
────そうして、
「うははは!! どうしたどうした。まだまだこんなもんじゃねぇだろ!」
そんな声が聞こえたと思った瞬間、私の真横を何かが高速で通り過ぎた。そのすぐ後に耳が張り裂けるほどの轟音が鳴って、壁が砕けてできた破片がパラパラと近くを舞う。
振り向いて確認すると、先程真横を通り過ぎたものは私のアンデッドだった。
近接戦闘では無類の強さを誇るデュラハン。それが壁の中に埋まって身動き一つ取れずにいる。ミカグラとの訓練によって吹き飛ばされたんだろうなと、そのような結論に至るのは早くて、私は「はぁ……」と溜め息を一回。
「厳しくやるのはいいけどさ。戦争前に壊さないでよ?」
「お? おお! 誰かと思えば嬢ちゃんじゃねぇか! 見学に来たのか?」
朝からアンデッドの訓練をしてくれているミカグラだけど、昼を過ぎてもまだまだ元気そうだ。
──というか、ミカグラは武器を持っていない様子だ。
つまりは拳一つでアンデッド達を相手していたってことになるけど、あれで私のデュラハンを吹き飛ばしたのか。……本当に魔王軍は幹部も規格外なんだなぁ。
「タナトスに暇なら様子を見てこいって言われてね。どうなったかなって見に来てみれば……随分と張り切ってやってくれているみたいだね」
そのことに関してはありがたい。
でも、程々にしてほしいなぁ……というのが本音だ。
斬撃や打撃、刺突などの物理攻撃で滅ぶことがないアンデッドは、骨が折れたり分離したりする程度なら勝手に直る。
なら、いくらでも破壊していいのかと言われたら、そういう訳じゃない。
私の死霊術で多少は頑丈に作られているとは言え、粉々になるまで破壊し尽くされたら流石のアンデッドでも直すことは難しくなる。
だから、程々にお願いしたいってのが正直なところだ。
「アンデッド達はどう? 明日は大丈夫そうかな?」
「どうだろうな!」
予想していたものとはかけ離れた返答に、私はガクッと崩れた。
「一日程度じゃあ、どんなに訓練しても所詮は付け焼き刃。見間違える成果が出るかと言われたら、それは無理な話だな!」
ガハハッ! と豪快に笑うミカグラの言葉は正しい。
どんなに頑張ったって、一日で覚えられるのは基礎中の基礎。
これで私のアンデッド達が破茶滅茶に強くなる訳がないし、この程度であの国や剣聖をどうにかできるのなら、私は最初から苦労していないよ。
「だが! デュラハンは筋が良い。この調子なら分隊長くらいにはなれるだろうな!」
「……そっか。それを聞いて安心したよ」
元より、デュラハンは高名な騎士だった死体を蘇らせたものだ。
それくらいの実力を発揮してもらえなきゃ私が困る。それを可能な限り引き出してくれたミカグラには感謝しないとね。
「助かったよ。これで万全……とは言えないけれど、多少の戦力にはなった。ミカグラさえ良ければだけど、引き続きお願いできるかな?」
「応! ワシに任せろ!」
「悪いね。ミカグラも明日は大変だろうに……無理しない程度によろしく頼むよ」
一先ず、アンデッド達はミカグラに任せれば大丈夫そうだ。そう思った私は演習場を後にする。
「さて、と……」
これで私の用事は済んだ。
一応、まだミアのところにもリッチ達がお邪魔しているけれど、あっちは別に問題ないと思う。ミカグラのように荒いやり方はしないだろうし、魔法はかなりの集中力が必要になる。訓練ならば相当だ。そこを邪魔するのは忍びない。
という訳で暇になってしまった私。
どうしようかな。もう地下墓地に戻ろうかな。
「随分と怠けた顔をしているな。そんなに暇なら明日のことでも考えておけ。この暇人め」
そう思って廊下を歩いていると、辛辣な言葉を投げかけられた。
この無駄に偉そうな口調で話す魔族を、タナトスと同じことを言ってくる女性の声を、一人だけ知っている。
「……魔王」
豪華なマントを羽織り、優雅な歩調でこちらに近づいてくる魔王。
その後ろにはさっき別れたラスティアとギデオンが付き添っている。どうやら何処かに向かう途中らしい。
「昨日ぶりだね。どこか行くの?」
「ああ。ちょうど其方を探して演習場に向かっていたところだ。用事が終わったならば、少し付き合え」
「うん? 私?」
何の用だろう、とは聞かない。
どうせ明日のことで話があるんだろうなと思って、私はおとなしく魔王と一緒に…………って、こっちの返事を聞く前に歩き始めないでくれます?
「悪いな。墓地に戻るところだっただろうに」
「ギデオンが謝ることじゃないって。暇していたのは本当だからさ」
それに私も、明日のことで色々と聞きたいことがあったし。
「入れ。楽にしていいぞ」
執務室に案内された私は、お言葉に甘えてソファにどっかりと座る。
ついでにテーブルの上にあったお菓子も貰う。……うん。さすがは魔王の部屋。置いてあるお菓子も信じられないくらい美味しい。名前は知らないけれど、これはいくらでも食べられそうだ。
それを魔王はなんとも言えない表情で見ていたけれど、楽にしていいと言ったのは魔王なのだから、文句は受け付けない。
「それで、ん……もぐもぐ……話ってなにさ」
「なに。初めての戦争を目前に、恐怖で震え上がっていないかと心配してやったのだ」
…………あら優しい。
「別に、いつも通りだよ。不思議なくらい緊張していないんだ」
正しく言うなら「緊張している場合じゃない」かな。
これに失敗したら。エレシアを失う。それは私が死ぬことも同義で、文字通り今までやってきたことが全て無駄になる。
だから、緊張して震え上がっている場合じゃないって訳だ。
昔から私が緊張に強い性格だったってのもあるけれど、明日は私とエレシアの命運を分ける戦いがあるって考えても、別に「死ぬ気で頑張ろう」って思うだけ。やっぱり緊張はしない。
「私なりに頑張ったんだ。これでダメだったら、もう何をしてもあの化け物には敵わない。それだけのことだよ」
「その強靭な心には賞賛するが、どうか早々に諦めてくれるなよ。其方の想い人と心中するのは、何もかもが詰みになった時だけにしろ」
「…………あれま。バレてたか」
「無論だ。其方の想い人への執着心は狂気に値する。それを理解していれば、全てが失敗に終わった場合の行動など手に取るように分かる」
──もしエレシアの救出に失敗したら?
その時は何もかもを諦め、エレシアと一緒に死ぬことを選ぼうと思っていた。私だけの花嫁を誰かの手で殺されるくらいなら、もう一度、私自身の手で全てを終わらせてやるのだと。
でも、それは味方からすれば迷惑以外の何物でもない。
こっちは最後の最後まで諦めずに頑張って戦っているのに、勝手に心折れて自爆されたら作戦にも支障が出る。
魔王はそれを危惧したから、この場で「諦めるな」と忠告してくれたのか。
「お気遣いどうも。……安心してよ。私が諦めるのは全ての作戦が失敗した時。あの剣聖に誰も勝てなかった時だ」
タナトスがやられて、私のアンデッド達もやられて、魔王軍の幹部も、魔王もやられて…………そうなったら誰も剣聖に勝てない。正真正銘の敗北だ。
ここまで来たら私も諦める。
迷わずにエレシアとの心中を決意するだろう。
だから私は言う。
──どうか、そっちも失敗しないでよね、と。
「余は失敗しない。余の行く末は必然の勝利だ。其方もそう思って明日に臨むといい」
私からの挑発を、魔王は軽く笑って返してみせた。
相変わらず傲慢な根拠のない自信だけど、今はそのおかげで安心できる。
それなら私は、魔王の言葉通り安心して明日を迎えるとしよう。
決して後悔しないように。
エレシアの笑顔をもう一度、この目で見られるように。




