23.すごく暇
「はぁぁぁぁぁぁ…………」
エレシアの処刑が行われる前日。
私は魔王城の地下に広がる墓地にて、死体の上でゴロゴロしていた。特に何かをする訳でもなく、ただただぼーっと横になって差し入れで貰ったおやつを食べている。
ちなみに今食べているのは、芋を薄く切ったものを油で揚げて味付けに塩を振りかけたものだ。
名前はポテチ。これがとても美味しい。
芋だから腹に溜まりやすいし、簡単に作れるから人間の国ではよく作られていた。その文化は魔族も同じだったみたいで、差し入れで貰った時は少しだけ懐かしいなって思った。
『よくも、この環境下で物を食べられるな』
横からツッコミが入る。
呆れた目でこっちを見てくるのは、私の忠実な僕──タナトスだ。
「死体には慣れているからね」
死霊術の研究で数日引き篭もることは何度かあった。
研究成果を見守るために片時も目を離せなかったから、食事はもちろん死体と一緒。それを続けていたら嫌でも慣れるってものだ。
『全く……そんなに暇なら少しは手伝うか、明日の動きを考えたらどうだ?』
今タナトスは部隊の再編成をしている。
先日の試合でアンデッドがどの程度まで動けるかを確認できたから、より最適な編成に整えたいとか。
それを手伝えと言われても、戦争の知識は素人以下の私が口出しできるところは何も無い。むしろタナトスの邪魔になると思う。
だとすれば明日の動きを考えるべきなんだろうけど…………。
「動きと言っても私がやれることは少ないじゃん。そこら辺は魔王とタナトスが指示したほうが効率良いだろうし、私が何かを考えたところで無駄だって」
レスタ王国と事を起こすのは明日。エレシアの処刑のため広場に警備が集まっている瞬間を狙って奇襲をかける予定だ。
そこで私がやることは本当に少ない。
元より死霊術士はアンデッドを作り出す以外のことはできないし、国家権力がぶつかる戦争に混ざるなんて自殺行為以外の何物でも無い。
だから後ろで見守るのが普通で、これに近い戦い方が魔物飼いかな。
あれも魔物を従えて自分は後ろで指示を出すだけだからね。もっとも、私は指示すら出さないから魔物飼いより仕事が少ない訳で…………ほんとタナトス様々だ。
まぁ、私の仕事はアンデッドを作り出すこと。
言ってしまえば、すでに私は私の役目を終えている。だから私は悪びれもなくダラダラできるんだ。
『暇を持て余しているなら、訓練中のアンデッドの様子でも見てきたらどうだ?』
「…………そうだねぇ」
私のアンデッド達は今、上の演習場でミカグラやミアにしごかれている。
戦闘訓練なんて一日程度でどうにかできるものじゃないことくらい分かっているけど、何もやらないよりはマシだと言われて、それならお願いしますってことで任せることにしたんだっけ。
「──あ、」
ポテチの袋に手を伸ばす。
いくら探しても求めていた物は見つからなくて、初めてそっちに視線を寄越して、もうその中身が空っぽになっていることを知った。
行き場を失った手はしばらく空中を泳いで、タナトスが羽織るマントの端っこにたどり着いた。ゴシゴシして手についたポテトの塩や油などの汚れを拭き取る。『おい』と言われたけれど、お手拭きが無かったんだから許してほしい。
「ん、よいしょ……っと」
体に力を入れて、ぴょんっと立ち上がる。
その拍子に下の骨がいくつか軽快な音を立てて崩れたけれど、気にしちゃいけない。私は重くない。
『なんだ。行くのか?』
「暇だからね。ついでにちょっと散歩してくる」
死体には慣れたと言っても、ずっとこんな薄暗くて空気も悪い場所にいたら気が滅入る。だから気分転換にアンデッド達の様子を見に行って、そのついでに城内を散歩しようか。
『我も一緒に行くか?』
「いいよ。演習場の場所は覚えてるし、一人で行ける」
『そうか。気をつけるのだぞ。迷子にならないよう、念のために地図を持っていけ』
「いらないってば! あんたは私のオカンか!」
手渡された地図を叩き落として、でも正直少し不安な道もあったから念のために拾い直して咳払いを一回。私は地下墓地を出た。
墓地から演習場までは結構な距離がある。
ましてやここは魔王城の中だから、歩いていれば誰かとすれ違うのは当然のことで────
「…………(サッ)」
「っ、…………(ササッ)」
と私を見た途端、城で働いている魔族は弾かれるように廊下の端っこへと移動する。
きっと私が死霊術士なのと、先日の試合であまりにも圧倒的な戦力差を見せつけたから、怖がられているんだろうな。
たしかに変な文句を言われて面倒事になるよりはマシだけど、これはこれで心が痛い。
でも、大丈夫。
あれはエレシアを助けるために必要だったし、理解してくれる人は理解してくれるから、別に嫌われたってへっちゃらだもん。
「ああ、アンリではないですか。こんにちは」
……そう強がっていたら、私を呼ぶ声が聞こえてきた。
振り向けば見知った顔がいた。
魔王の秘書を務めるラスティアと……ギデオン?
「こんにちは二人とも。こんなところで何してるの?」
「私は魔王様にお使いを頼まれまして、その用事が終わって今から戻るところです」
「俺はその手伝いに出されていた。そういうアンリこそ、ここで何をしている?」
「いや、あまりにもやることがなくて暇だったからさ。ゴロゴロしているなら訓練中のアンデッド達の様子を見てこいって、タナトスに言われちゃって……」
そう言うと、二人は「あぁ……」と何とも言えないような顔付きになった。
タナトスは前魔王で、現魔王の父親だという話はすでに幹部の間では知られている。そのせいかタナトスの話題には少し触れづらいみたいだ。
「そういえば、装備の件ありがとね。まさか防具だけじゃなく武器まで貰えるとは思わなかったからさ。本当に助かったよ」
「ああ、いや……このくらいはお安い御用だ。防具と同様、使われていなかった物だからな」
「それにしては随分と念入りに選んでいたようですが……ふふっ、ギデオンは本当に面倒見が良いですね」
「う、うるさいっ! 粗悪品すぎる物を渡してしまえば、こちらの信用にも傷が付く。だから仕方なく、最低限の確認をだな……!」
「はいはい。ギデオンがそう言うのなら、そういうことにしてあげましょう」
図星だったのかな。ラスティアに指摘されたギデオンは、顔を真っ赤にさせながら抗議の声を上げていた。いつもの落ち着いた雰囲気とは全く違くて、そういう顔もできるんだなぁとちょっとだけ意外だ。
「…………あの、さ」
「はい?」
「なんだ?」
「えっと、二人ってさ……どういう関係なの? なんか男女にしては距離が近いというか、他の幹部に比べて仲が良いというか」
この廊下で出会ってから、ずっと気になっていたことだ。
二人の距離感は肩がぶつかるくらい近いし、あの硬派な感じだったギデオンがラスティアの前では意外な一面を見せている。……普通の仲じゃないことくらい、鈍感な私でもすぐに分かった。
「ああ、そういえば言ってませんでしたね。私とギデオンは姉弟なんですよ。だから他よりも距離が近くなるのでしょうね」
「え、二人が! そうだったの!?」
そう言われてよく見れば、確かに顔の輪郭が似ているような……?
「その様子だと、俺達が恋仲だと思っていたか?」
「……うっ…………はい、図星です」
「家の外ではなるべく私情を持ち込まないようにとお互い気をつけていますし、姉弟揃って魔王様の幹部というのも珍しいですからね。よく勘違いされます」
知らなかった……いや、ほんとに。
性格とか全然違うから、二人が姉弟だなんて考えすらしなかった。冗談抜きで過去一番の驚きだったかも。
「ったく、姉を恋人になんて……考えたくもない。誰が好き好んでこんな奴と」
「──はい? 何か言いました? ギデオン」
「あ、いや! なんでもない! なんでもないぞ姉さ──いぃっ!?」
「ふふふふ。このことは後でゆっくり話しましょうねぇ? ……ではアンリ。私達は魔王様への報告があるので、ここで失礼します」
「う、うん……またね」
心の底から凍えてしまいそうな暗黒微笑を浮かべながら、ギデオンの耳を引っ張って廊下を去るラスティア。
「悪かった! 今のは口が滑っただけ──いや、違う! そんなことは全く思ってアアアアアアアアアアアッッッ!!!」と、彼女達が消えて行った方角から断末魔に似た叫び声が聞こえたような気がしたけれど、あれはきっと私の気のせいなんだ。
…………合掌。




