1.ずっと一緒に
新作です!
楽しんでいただけたら幸いです!
誰かを殺したいほどに愛したことはある?
その人の全てが欲しい。
その人と他人との関わりを認めたくない。
ずっと自分だけを見てほしい。
いつまでも自分以外のものを見てほしくない。
その人の視線も感情も顔も体も髪も皮膚も爪も体液すらも全部、ぜーんぶ自分だけの物にしたい。
そう思ったことはある?
私には幼馴染がいる。
彼女の名前はエレシア・クレイマン。
同じ貴族爵位を持っていて、昔から家族ぐるみで仲が良かったおかげか、私達はすぐに仲良くなった。
初めて彼女と出会った日のことは、今でも忘れない。
庭園に咲くマリーゴールドの花よりも鮮やかな金色の髪と、女とも男とも取れそうな中世的な顔立ち。
彼女は子供の中でも身長が高くて、子供ながらにして騎士の家系に恥じない正義感を持っていて……そんな彼女はいつも、気弱で根暗な私のことを守ってくれた。
好きなんだと気付くのは遅くなかった。
でも、当時はまだ女の子同士の恋愛が珍しくて、それは普通じゃないと言われていた。
きっとこの気持ちをエレシアに伝えたら、彼女を困らせてしまう。そう思ってずっと、ずっと……私は彼女と共に居られればそれでいいんだと、この恋心を隠すことにした。
小さな頃から、私達はずっと一緒にいた。
だから大人になっても、変わらず私達は一緒にいられる。
そう思えば、切ないこの気持ちも我慢できると信じていた。
でも、それは唐突に──裏切られた。
「好きな人がいるんだ」
久しぶりに会いたいと言ってきたエレノアからの──望まなかった告白。
ほんのりと赤く染まる彼女の頬は、お酒が入っている理由だけじゃないのだろう。
恥ずかしそうに笑う彼女は、とても艶やかに見えた。
普段はキリッとしているエレシア。ふとした時に見せる笑顔はとても可愛くて、そんな表情を見ることが私の幸せだった。
彼女を眺めるだけで、その声で囁かれるだけで、私は満足出来ていた……はずだったのに…………。
それが、私以外の奴に向けられる。
そう思ったら悔しくて苦しくて、そんな想像をしたら許せなくて憎くなって──。
その後のことはあまり覚えていない。
ふと冷静になった時、私はすでに──後戻り出来ないところまできていた。
人一人も通らない深夜の路地裏。手に握られた幼馴染の愛剣。その剣先から滴り落ちる大量の──血液。
壁に背を当てて、座り込む人がいた。
とても綺麗だった髪からは艶が消えていて、正義感に満ちた瞳はどこか虚ろ。誰よりもカッコよくて可愛かった顔からは生気を感じられない。
彼女の胸から流れ出る液体。
それは彼女が纏う、新調したばかりの騎士隊服を赤く染めている。
「そんなところで寝たら危ないよ?」
「……………………」
冗談混じりで言っても、返事は返ってこない。
「………………あ〜……」
天を仰ぐ。
憂鬱な気持ちとは裏腹に、満ちた月は世界を明るく照らしていた。
「どうしようかな、これ」
エレノアはすでに事切れていて、どんなに待っても動き出す気配はなかった。
『好きな人がいるんだ』
その言葉は、まだ私の耳に残っている。
思い出すだけで虫唾が走る。こんなに苛々したのは久しぶりだ。
それもこれも全て、エレノアが私を選んでくれなかったから。
「…………アハッ」
膝をつき、エレシアの頬を触る。
そうだ。これで良かったんだ。
「ねぇエレシア? 私ね、今すっごく……幸せだよ」
これでエレシアは私のものになった。
私の手で殺した。彼女の全てが私のものになった。
これ以上ない、幸せだ。
「でも、勿体無いな」
肩を落とし、溜息を吐き出す。
どうせなら意識を保った状態で殺したかった。
エレシアはどんな顔をしていただろう。どんな声を出したんだろう。
私に刺された時、幼馴染に殺されると分かった時、どんな気持ちだったんだろう。
きっと苦痛に歪んでいたはずだ。
信じていた幼馴染に裏切られて、悲しかったはずだ。
死に際のエレシアは、きっと素晴らしく輝いていたはずだ。
想像するだけで興奮する。
だからこそ、勿体無いことをしてしまったと酷く後悔する。
私ってば、いつもそうだ。
どこかで必ず詰めが甘くなる。
それは決まって、最高の瞬間にやってくるんだ。
「ねぇどうして今なの? どうして私を選んでくれなかったの? 私じゃダメだった? 私ならエレシアを幸せにしてあげられたよ。エレシアの全てを受け入れてあげるつもりだったよ。──答えてよ、エレシア」
エレシアの体を抱き、口付けをする。
……冷たい。
それに、鉄の味がする。
ここまでしても、エレシアは何一つ動かない。
それはそうだ。死んじゃったんだから、何もできる訳がない。
──そうだ。
「どうせなら、エレシアを永遠のものにしてしまおう」
人はいつか腐る。
保存魔法を使っても、保って一日程度。
折角、エレシアの魂を私のものにしたのだから──その体までもを私の所有物にしてしまおう。
「ああ、エレシア。どうか怒らないで? エレシアの体が、美貌が、私の愛しい人が汚れて行く姿は見たくないんだ」
エレシアならきっと許してくれる。
だって彼女も、自分がこのまま腐っていく光景を見たくないだろうから。
「だからエレシアを蘇らせるよ。まさか文句は言わないよね?」
だってもう……エレシアは私の『もの』なんだからさ。
「よいしょ、っと……」
エレシアの体を持ち上げて、別荘まで運ぶ。
本来、人は死んだらそこで終わりだ。
それが世界の常識なんだ。
でも、私ならその常識を覆すことができる。
私の家は、古くから伝わる死霊術士の家系だ。
死んだ者を蘇らせて忠実な下僕──アンデッドを作る。命の冒涜であるその術は各国から禁忌指定されていて、決して公には出せない禁呪だ。
先祖はそれを秘匿しながら、死霊術を受け継いできた。
当然、私も死霊術を両親から教わった。
最初は死体を見るだけで吐き気がしたり、あまりの非現実的な光景に両親のことや、それを黙認する使用人達のことを怖がっていたけれど、いつしかそれが、死霊術と隣り合わせで生活することが私の普通になっていた。
その両親は数年前に馬鹿をやったせいで家ごと没落しちゃったけれど、その時にはすでに、私は両親を凌駕する力を発揮できるようになっていた。
どうやら私は、死霊術と相性が良いらしい。
歴代の継承者の中でも一二を争うほどで、何をしても不器用だった私は、死霊術に関してだけは天才の領域に達していた。
だからエレシアの体を再生して蘇らせる程度、造作もない。
でも、危険はある。
さっきも言った通り、死霊術は禁忌の魔法だ。
「【私の呼びかけに応えて蘇れ──エレシア・クレイマン】」
魔法陣に手をかざし、魔力を注ぐ。
傷付いたエレシアの体は見る見るうちに塞がって、皺一つない綺麗な肌が復元されていく。
死霊術は魂の冒涜だ。
下手をすれば私も両親のように指名手配され、討伐されるのは間違いない。
──それがどうした?
愛する人を永遠のものにできる。
エレシアを一生、私という存在で束縛できる。
それに比べたら、指名手配なんて安いもんだ。
「………………ああ……」
エレシアは目を開いて、自力で起き上がった。
それを見届けた私は歓喜に涙を浮かべながら、両手を大きく開き、力一杯エレシアを抱きしめた。
「やっと……やっと手に入れた……」
諦めていた恋心。
今日、それが叶うとは夢にも思わなかった。
「ねぇねぇ、これからどうする? どうしようか? あははっ、悩んじゃうね。……でも、エレシアと一緒なら、私は、何でも嬉しいよ?」
舐め回すようにエレシアの体を触る。
エレシアはそれを黙って受け入れてくれた。
私とエレシアの間には見えない線がある。
私が死ねばエレシアも死んで、エレシアが死ねば私も死ぬ。そういう契約で結ばれている私達は──心も体も深く繋がることができるんだ。
「でも、問題ないよね? ねぇエレシア?」
「…………ああ、そうだな」
まだ蘇ったばかりだからか、エレシアの動きはまだぎこちない。
魂の定着がまだ完全じゃないんだ。この様子なら、あと二日ほどすれば完全に定着してくれると思う。
「待ち遠しいな。……ああ本当に、待ちきれないよ」
指に魔力を込めて、それをエレシアの額に押し付ける。
崩れ落ちたエレシアの体を支えて、私は割れ物を扱うように優しく丁寧に、彼女をベッドへ寝かせた。
「だからそれまで……どうか、ゆっくりお休み」
まだ完全じゃない死体を動かすのは、その体に大きな負担を与えてしまう。
これから二日間。エレシアが寝覚めるまでは安静にさせるべきだ。
たった二日をこれほど長いと感じたことはない。今すぐにでも無防備に眠っているエレシアの体を貪り尽くしたい。その感情を抑え込むのに苦労しそうだ。
「でも、まだ焦るような時間じゃない」
二日間。
それを我慢すれば、私は永遠の花嫁を手にする。
「そしたら私達は……ふふっ、あははっ!」
まずは何をしよう。
──私達の巣を作ろう。
誰にも邪魔されることのない、私達だけの居場所を。
そこで私達は永遠を誓い合う。
私達の安らぎを邪魔する奴は──許さない。
エレシアと永遠にいられるなら、私はどんな手段でも使ってやる。
世界を敵に回す覚悟は、もうできている。それだけ私は、エレシアを愛しているんだ。
だから、ねぇ──エレシア?
「ずっと、ずぅっと、一緒にいようね」
次回更新は本日19時です。
本作は毎日投稿を予定しております。
更新が遅れる、または難しいといった場合にはTwitterや活動報告で連絡するので、そちらのチェックもお願いします。
『面白い』『続きが気になる』
そう思っていただけたらブックマークと下の☆ボタンから評価をポチッとお願いいたします!
作者の励みと活力源になります!!!




