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続続・御用猫  作者: 露瀬
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凍剣 雪中行 24

「だから! 貴女の考えは間違っていると、何度も何度も言っているはずです! 」


「はぁ!?あんたの方がおかしいやろ! なんちゃ、やるっちゅうんか! うちはええぞ、頭へちめいじゃるけぇの! 」


 確か、先程までは、他愛も無い世間話をしていた筈であったのだが、愛玩用の穴うさぎを抱きしめながら、少女二人は、互いに小さな牙を向けあっていた。器用にも、額をぶつけ合いながら、うさぎが怯えぬように撫でさすっている。


「えぇ、良いでしょうとも! 何と言っているのかはよく分かりませんが、望むところです! もしも、私が勝ったならば、その凝り固まった考え方を、正して貰いますから……あ、いえ、それは訂正します、私の話を、落ち着いて聞いてくれるだけで良いのです、このトンネルの皆を集めて、話し合いを要求します」


「……なんで、そこで妥協するん? まぁ、ええわ、うちも女じゃ、約束は守るけぇ、じゃけど、あんたが負けたら……そうじゃね、あんたの旦那を貰おうか」


「ほわっ!?」


 びょいん、と、座ったままに、サクラが飛び跳ねる、同時に、彼女に抱かれていた穴うさぎが逃げ出した。しかし、それを追うのも忘れ、ぱくぱく、と口を開閉し、少女は何を言いたいものか、それとも酸素が足りぬのか。


「うち、知っちょるけぇの、人間は、つがいを取られるのが、一番堪えるんじゃろ? 」


 ふふん、と鼻を鳴らし、ナスタチュームは余裕を見せる。とはいえ、彼女が人の文化に精通しているとも思えない、これは、おそらく森エルフの事と勘違いして言っているのだろう、それとも、山エルフ以外の種族は、そうなのだと思い込んでいるだけなのかも知れない。


「あーあ、あんたの旦那も、うちの美貌の虜になってしまうんじゃろな……うちとしては、人間の男になんぞ興味はないっちゃけど、でも……」


「……あの、ちょっと……」


 ようやくに酸素を補給したものか、サクラは、発育の良い肢体をくねらせる、彼女の言葉を遮るのだ。しかし、てっきり激昂して噛み付いてくると思っていたナスタチュームは、少々拍子抜けした様子である。


 何故ならば、サクラは、穴うさぎの背中を捏ねくり回し、ぼそぼそ、と勢い無く呟くばかりであるのだから。


「なん、そんな声じゃ分からんちゃ、はっきり言えし」


「……いえ、その……あの、旦那というのは、その、どちらの事をですね、言っているのかと……」


 遂に、真っ赤になってしまったサクラは、上目遣いにナスタチュームを見やる。山エルフに、そういった文化は無かったのだが、彼女は不覚にも、目の前の少女を見て、些か心が揺れ動いたのである。


「お、おぉう、なんこれ……あ、や、違う違う……もう、なんっちゃ! 変な事聞くけぇ! もう、旦那じゃろ、黒い傷の方! あんた見てりゃ分かるっちゃ! 」


 ばしばし、とナスタチュームが地面を叩いたせいで、彼女の豊満な胸に押し潰され気味であった穴うさぎも、これ幸いと飛び出してゆく。しかし、それに腹を立てた彼女が、文句を言おうとサクラを見れば、少女は何か、驚いた様な、不思議そうな表情を、その顔に浮かべ。


「……そう、見えましたか? ……私が? 」


「なん、違うん? あんたら、つがいは一人なんじゃろ? なら、そうと違うん? ……うーん、でも、うちも、お気に入りはおるけどねぇ、ずっと、一人だけっちゅーのは……どうなんじゃろ? あんたらは、どうしてんの? 喧嘩とかしたら困るんじゃないの? 」


「喧嘩、ですか……いえ、普通に困りますけど、それはきちんと仲直りしますよ? ……あ、でも! ゴヨウさんは別です! あの人はいつもいつも、私にちょっかいばかり! いくら叱っても、暖簾に腕押し、まるで反省する気も無いのですからね! 私の事が気になるのは分かりますが、あれではまるで子供ではありませんか、愛情表現が幼稚なのですよ、いえ、私も少し甘やかし過ぎだとは思っているのですが、なんというか、どうにも強く言えない……」


 一気に調子を取り戻し、啄木鳥のように、まくし立てるサクラであったのだが。


「好きだからじゃろ」


「ほわぁっ! 」


 飛び掛かって口を押さえるサクラに、ナスタチュームも笑いながら反撃するのだ。些か性の乱れた山エルフにも、恋愛感情なるものは、確かに存在するらしい。


 少女達の周りを囲み、ぴこぴこ、と鼻をひくつかせる穴うさぎ達に混じり、くるぶしとてんてん丸の姿も見える。幼い月狼は興味深そうに見学していたが、幼生とはいえ、百年以上の年月を生きた雷鳥の方には、何やら、大人の女性としての、余裕と貫禄の様なものも見受けられるのだ。


 彼女も生娘ではあるのだが。




「……あの女は、駄目じゃろ……もう、排除した方がえぇ」


 遠く族長の間に座禅を組み、眼を閉じたまま、ぽつり、と零すのは、五党座氏族の若族長、ランブルストンである。どうやら彼は、山エルフにしては珍しい、高度な呪いの遣い手であるようだ、歳の割には老けた男で、白毛混じりの山髭を、面倒臭そうに、じょりじょり、と撫でている。


「おい、ようやくか、ちょいと、けつだんがおそかったんじゃないのか」


 隣に佇む男は、これまた若い男であったのだが、山エルフにしては珍しく禿頭であり、綺麗に、つるり、と剃りあげていた。その代わり、という訳でもあるまいが、胸の辺りまで長く伸びた黒いヒゲを、三つ編みに纏めている。


「バガジよ、そうは言うが、理由も無しに殺す訳にもいかんじゃろ……外に出てくれれば、どうにでもなったんじゃけどな」


「まぁ、ええ、おれは、はやく、こいつをためしたいだけなのだ」


 バガジ、と呼ばれた男は、五党座氏族の戦士長である。少々ぎこちない喋りは、山エルフの訛りを、矯正中なのだろう。


「……パナップの戦い方まで真似るなよ? あれは、おかしいけぇの」


「わかってる、でも、はやく、ためしたいぞ」


 呪いの為に光量を落とした薄暗がりの中、不敵な笑みを浮かべる山エルフの戦士長は、その全身に、銀色に輝く鎧を纏っていたのだった。




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