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魔法使いな家庭教師と魔法を使えるようになりたい侯爵

作者: 月森香苗

「申し訳ないのですがこれ以上は…侯爵様」

「やはり無理ですか」

「素質の問題ですから…」


 打ちひしがれている顔の良い男は若き侯爵として人気が高い。そんな男の魔法の先生として雇われているアンナは、平民だけどこの口調を例外的に許されている。

 本来なら不敬として処分されてもおかしくないけれど、そういう契約を先に結んでいたので今日も五体満足でアンナは生きていた。



***



 空気と共に魔素で満たされているおかげか、人間は魔力をもって生まれる。その魔力を体内で循環させるか外部に放出するかは体質によるけれど、大抵は内部循環させる。

 外部に出力出来る者を魔法使いと呼び、彼らは所謂エリート扱いをされていた。

 魔法使いほどではないけれど、そこそこに魔力を放出出来る者は魔道具を作る道に進む事が多く、これはこれで稼ぎ頭となる。

 利便性を求めて作られてきた魔道具は魔石と回路のお陰でスイッチに触れて体内魔力と反応させる事で起動できる為、日常生活には欠かせないものとなっていた。

 ランプもコンロも風呂も何もかも、生活に必要な物はそれなりに安価で買えるのが当たり前の世界の中で、異世界から落ちてきたアンナは魔法使いというエリート街道をのんびりと歩んでいた。


 アンナがこの世界に来たのは6歳の時で今から15年も前のこと。小学生になったばかりでぴかぴかのランドセルを背負い学校から帰宅している時に側溝の蓋が外されたところに足がハマり、そのまますとんとこの世界に落ちてきた。

 訳も分からないまま自分とは違う見た目の外国人だらけに沢山泣いて、沢山喚いた。お父さん、お母さんどこ。ゆーた、かな、どこ。家族の名を叫び泣いて泣いて泣いて、それでも夢じゃなくて起きては泣いてを繰り返し、何とか諦めるのに一ヶ月はかかった。

 言葉は通じないし食べ物も受け付けない。辛うじて水と果物だけ食べて生き延びていた。

 迷子になったアンナを助けてくれたのは魔法使いのおじさんで、奥さんと二人暮しの家に引き取ってくれた。その二人がアンナの親となってくれて、言葉を覚えることから始めた。


 アンナがこの世界に心と体が馴染んだ頃、魔力を貯める器が大きくて、しかも放出出来る体質だと判明した。

 記憶も曖昧になってきた日本で見ていた魔法少女のアニメの事を思い出してアンナは興奮した。魔法に大事なのはイメージで、アンナはアニメを見ていたから無意識に魔法少女の必殺技なんかを思い出していた。

 結果、大出力で水魔法をトルネードビームのようにぶっぱなし、屋敷の裏手にある森の木々を薙ぎ倒した。威力が凄まじすぎた。

 まずは水の球を作ることからはじめなさい、と言われて綺麗な丸い形を作る練習をしていた。

 アンナが日本にいたのは6歳までで、赤ちゃんの頃のことなんか覚えていないから大体3歳か4歳位の記憶から2年分くらいの知識しかないけれど、冷凍庫みたいにものすごく冷えたら氷が出来るし、沸騰させたら蒸発する事は知っていた。

 砂に水をかけるとまとまりが良くなるのも知っていた。

 この世界の平民の子供は遊ぶよりも親の手伝いとかして働いているし、砂場なんて無いからアンナの知識は当たり前ではないとその時は気付かなかった。

 魔道具のおかげで割と便利な世界なのに、何かしらが足りないなと思っていた。


 冷蔵庫はあるのに洗濯機やエアコンはない。掃除機もない。あった方が便利なのに、と思って父と母に話をしたら、どんな形でどんな動きをして、どんな属性が必要だと思う?と聞かれた。

 父は魔法使いで、母は魔道具士なのでどちらが再現するのが早いか勝負になったようだ。


 洗濯機は水をぐるぐるさせる仕組みが魔道具では難しそうで、まだ魔法の方がやりやすい。エアコンは魔道具の方が作りやすい。掃除機は箒とモップで十分だけど貴族の屋敷なんかの為に魔道具を作ってもいいかもなんて話になった。

 魔法の練習にもなるから、と人間洗濯機になっていたアンナは魔力の制御と操作が精密になった。服は安いものではないし簡単に買い替えなんて出来ない。

 破かないように慎重になったのが功を奏したものだった。

 16歳の時に魔法学校に行く事になった。魔法使いの父から教わっていたこともあり、魔力制御は父が認める程であったが、アンナにもっと世の中を知ってもらいたいと言うことで試験を受けた。

 魔力放出、制御、得意な魔法などを試験官の前で披露するだけ。現役魔法使いの父の名は影響力が大きいらしく、推薦状と実技で難なく合格した。

 魔法使いになれるのは少なくて、貴族平民関係なく同じ年に入学した者の間には変な結束力が出来るそうだ。まあ、そうだろう。協力しないと教師からの容赦無い魔法で死ぬ寸前まで追い込まれるのだから。

 とは言えど、やはり身分による差はあり、王宮付きの魔法使いは貴族しかなれない。ただまあ、王宮付きの魔法使いよりも遥かに権威があるのは魔塔の魔法使いで、こちらには身分が無い。というよりも、魔塔に入れば貴族籍から抜けないといけない。

 エリートな魔法使いの中でもほんの僅かな天才レベルの魔法使いしか所属出来ないのが魔塔の魔法使いで、父はその魔塔の第五階位の魔法使い。

 魔法学校で教えられて驚いた。


 アンナは平民なので王宮付きの魔法使いにはなれないし、魔塔に招かれるほどでも無かった。そこで、魔法学校に入る前の子供で魔法使いになれそうな子の家庭教師をしていたところ、何故か侯爵家に呼ばれた。


 ロフェルシナ侯爵家は大昔に何人もの魔法使いを輩出していたけれど、この数代程はそれもなくなっていた。

 現当主のレナルドは23歳。先代と夫人を不慮の事故で亡くしたのか18歳の時で、成人していた事もあり爵位を継承した。

 しかし急な事もあり、当主教育も始まっていなかった彼は結婚などしている余裕が無かった。

 家臣達に支えられ、どうにか慣れて来て時間が出来るようになった。本来ならそこで結婚相手を探す所だろうが、ずっとやりたい事を我慢していたレナルドは自分の欲に忠実になる事にした。


「魔法を使えるようになりたいのです」

「えー」


 真顔で頼まれたアンナが思わず漏らした言葉は幸いにも聞かなかった振りをされた。レナルドの後ろに控える侍従、ケビンは後ろで手を組みながら頭痛が痛い、みたいな表情を浮かべていた。頭が痛いじゃなくて、頭痛が痛い。ネタを使わなきゃやってらんない気持ちをわかって欲しいとアンナは切実に思った。

 平民が貴族に歯向かうなんて出来ないので、仕方なくアンナはレナルドの家庭教師を受け入れる事にした。

 週に二度の授業でやり方はアンナが考えたやり方に従うこと。

 契約期間は一年で見込みがないと判断されたら諦めること。外部放出が出来なくてもアンナを処罰しないこと。

 教える時は真剣なので口調が崩れる。魔法学校では貴族相手でも平民と変わらない口調で話し掛けていたので癖になっているから、それを許して欲しいこと。

 それら全てを受け入れたレナルドは年上の男性なのに同じ歳か年下に見えるようなきらきらとした目をしていた。


「アンナ嬢…いや、アンナ先生。よろしく頼みます」

「こちらこそよろしくお願いします、レナルド様」



 初めての授業でしたのは体内の魔力の流れをきちんと把握すること。これは意外にも難しい。当たり前のように身体に巡らせていて意識した事がある人は中々いない。

 そういう時は、魔法使いが外から魔力を流してその人の魔力に絡めて体を巡らせるのだ。他人の魔力は異物なので分かりやすい。

 問題は、貴族の手に平民が触れて良いのかなのだけれど。


「そもそも、魔法使いは貴族と変わらぬ特権がありますし、教師の資格を得ているならその指導に接触があり、免除対象になっているはずですよね?」

「名目はそうですが、やはり貴族の中には平民の魔法使いは…という方がいますので」


 エリートと言われていても、根深い差別はやはりある。どれだけ魔塔に招かれるほど優秀でも平民は王宮付きの魔法使いにはなれない。まあ、平民からしたら同胞の魔法使い以外の貴族は積極的に関わりたくないけれど。

 悩んだけれど、これをやらなければ何も始まらない、とレナルドに両手を出してもらい、アンナはそれぞれの手に己の手を重ねた。


「今から魔力を流します。違和感があると思いますけど、どう巡ってるかを感じてください」

「分かったよ」


 魔法学校で友人達とこの作業をしていたので慣れているし、家庭教師をしている子供たちにも同じように魔力を流して感知するのは初めての授業でするから慣れているはずなのに、どうしてか緊張する。

 大人の男の人と手を繋いだのは父以来だろうか。貴族らしい荒れていない手。アンナの手は魔法を使う以外にも家事をしたり薬草園の世話をしたり、母の魔道具作成の手伝いをしているから皮は厚いし荒れている。

 レナルドの目が好奇心に満ちてアンナを見ているので、目を閉じてくださいと告げ、アンナも目を伏せる。魔力量の多いアンナなので加減を間違えると魔力回路を焼き切ってしまうから慎重に一定量を意識して流す。


 アンナの手からレナルドの手を経由して体に流れる。魔法使いなら巡った後に掌からこちらに返ってくるのだけど、レナルドの体内は巡っても手の平を超えて来ようとはしない。

 指先にほんの少しだけ流れる魔力が魔道具を起動させるのでほんの少量で構わないけれど、魔法使いになる為には手の平から定められた量を出さなければならない。

 一応鍛錬すれば魔法使いは無理でも魔道具士にはなれるという研究もあるので諦めないで訓練すればいいけれど、素質がなければ無理な話で。


「体が温かくなってきた」

「それが私の魔力です。体を巡っているのが分かりますか?」

「分かるよ。なるほど、こうやって体に魔力が行き渡っているのか」


 十分ほどそれを続けて感覚を掴んでもらう。アンナが来ない日は一日一時間程度、それを繰り返すことが当面の課題となる。最初から魔法使いの才能がある子とは全く異なる授業になるのは覚悟していた。

 父にも相談して、レナルドのこの授業を一つのモデルケースにすることにした。レナルドには許可を貰っている。これが上手く行けば魔法使いの人口が増えるかもしれないし、駄目でも何かしらは得られるはず。


「先生の得意な魔法が見てみたいです」


 魔力の暴発を避ける為に授業はガゼボで行っていたので、庭園が見えるのだが、女主人がいないからか手が掛けられているようには見えない。つまり、華やかさがない。


「そちらの花壇に手を加えても良いですか?」

「構わないよ」


 花は植えられていても手を加えられていない花壇は物寂しい。先代の夫人がいた頃はきっと美しく整えられていただろうに。


 アンナは魔力制御の為の短杖を使っている。父が選んできた白樺の枝にアンナが自ら魔法陣を刻んで定着させ硬化の魔法を掛けた相棒。


巡れ巡れ大地の息吹

風は歌い水は踊る

芽生え満たせ寿ぎを

開花(フルーレ)


 慣れていれば詠唱は破棄出来るけれど、やはり魔法使いと言えばこれと言うイメージがある。それにイメージが固定しやすくなるのでアンナは授業の時には詠唱をしている。

 その詠唱だって決まったものはなく、最低限のルールさえ守っていれば魔法は発動する。


 乱雑だった花壇は風の魔法で余分な枝が切り落とされ、水の魔法で瑞々しくなり、花の蕾が一気に開花する。

 おまけに、と水魔法の応用で小さな虹を作ればレナルドの目が花壇に固定されていた。ついでに今日も静かにレナルドの後ろに控えていた侍従のケビンもガン見していた。


「子供たちはこれも好きですよ」


 杖を振れば小さな水の球体がぽんぽんと生み出され宙に浮いている。


「これは水の球ですけど、これをひと塊にしてこの大きさにして、この中で水の流れを作って、洗剤を入れたあとに服を入れたりすると洗濯が出来るので野営の時は便利です」


 魔法学校で年に三度は何故か山に籠って野営をしていた。魔法使いたるもの、自然に触れ合えとかなんとか。全てにおいて魔法を使ってやれとのことで、魔力切れで倒れるのも定番だった。


「私は水魔法の適性が高いですが、土の適性もあります。火魔法は逆に適性は低いですけど、使えないことは無いです。複合魔法が一番得意ですね」

「複合魔法?」

「風魔法で風を生み出し火魔法と組み合わせて暖かい風を作ります。髪の毛を乾かすのに便利でよく使っていました」


 アンナが入学した年に外部放出出来る魔法使い候補は僅か七名で、女子二人、男子五人。女子の一人マリアーナが貴族だった。

 マリアーナは伯爵家のご令嬢で幼い頃から家庭教師を付けて魔法を学んでいたけれど、複合魔法は使えなかった。

 野営は何とか耐えられても、貴族育ちのマリアーナにとって身嗜みを疎かにするのは耐えられなかったらしい。

 髪の毛を洗った後にアンナが温風魔法を使っているのを見つけると、わたくしにもそれを使いなさい!と命令口調で頼み込んで来た。

 女心は分かるし、練習にもなるからとお互いの利害が一致して髪の毛を乾かしたり、洗濯もアンナがしていた。流石に男子の下着と一緒に洗濯は出来ないし、彼らは彼らで自分達でする事を覚えてもらわなければならなかった。

 マリアーナは現在王宮付きの魔法使いになっている。偶に連絡鳥が手紙を持ってきているけれど、中々に逞しく生きているようだ。


「生活に密着した魔法を使っていると魔法の扱いが上手になるので、案外馬鹿に出来ないんですよ」

「魔法使いと言えば、大規模攻撃魔法のイメージがあるけれど」

「戦時中ならそうかもしれないですけど、今は戦争のない平和な時代ですからね」


 日本にいた時のことはほとんど思い出せないけれど、戦争のない時代だったはず。

 アンナがこちらに来た時の物は家に置いてある。母が保存の魔道具で劣化しないようにしてくれているので偶に見るけれど、テキストの文字は読めない。子供の頃は読めていたらしいけれど、もうすっかり忘れている。

 小さい制服は素材からしてこちらには無いもので、それらを保存してくれている母に感謝ばかり。


「戦争がないことはいい事だよ。領民を危険に晒さなくて済む」


 戦争が始まると基本的には貴族の子弟や騎士が戦場に赴く。平民はその間、食料を作った先から彼らに送るのだが、魔法使いは平民だろうが貴族だろうが関係なく出陣しなければならない。

 エリートと言われているけれど、その強大な力は生きる兵器。戦争はほぼ魔法使い同士の戦いと言われている。

 魔塔の魔法使いは戦争には行けない。あまりにも強力すぎて環境を壊しかねないし、そもそも魔塔は中立組織として存在している。

 アンナは魔塔の魔法使いではないので戦争に行かなければならない。今まで人を殺したことは無い。人を助ける為に魔法を使っても、誰かを殺す為に使うのはどうしても受け入れられない。

 だからこの平和が続く事を願うしかない。


「レナルド様。魔法使いになりたいのは、何故ですか?」

「そうだね。祖先が魔法使いだったからと言うのもあるけれど、一番は王城に咲いた火の花の魔法を見たからかな」

「え?」

「アンナ先生の卒業の年に披露した魔法ですよね?」

「あ、はい」


 この世界に花火は無かった。微かに残る思い出のひとつに祭りと花火があった。魔法学校を卒業する日、王城で卒業生はそれぞれ魔法を披露する。

 夕方から始まるパーティでアンナは発表が遅かったのもあり、最高のシチュエーションだと魔法の花火を打ち上げた。

 魔法は想像力が大事だ。子供の頃に魔法少女のアニメに影響されて水のトルネードビームを放ったように、思い出の中の花火を打ち上げた。

 夜空を彩る花火は好評で、あれを魔法ではなく魔道具で再現出来ないかなんて話もあった。魔道具では魔力が足りずに小さなものになるだろうけれど、夜の娯楽が増えるかもしれないと期待している。

 その花火をレナルドは見たという。彼もあの王城に居たのか。


「あの頃の私は爵位を引き継いで毎日が忙しくて、社交をする余裕もほとんど無かった。3年目かな、あれは。少しだけ余裕が出来たし、侯爵がいつまでも顔を出さないのは宜しくないと久しぶりに参加したパーティで貴方と貴方の魔法を見ました。友人に囲まれて楽しそうに笑いながら夜空に火の花を咲かせて、私は笑っていたんです。楽しくて、嬉しくて」


 それからのレナルドには目標が出来た。とにかく仕事を安定させて余裕を生み出して、アンナに魔法を教えてもらおうと。あの火の花の魔法を自分で放ってみたいと。

 無茶だとわかっていても、諦めたくはなかったと語るレナルドにアンナの頬が熱くなってくる。

 もう戻れない故郷への未練を断ち切る為の魔法だった。数少ない思い出を隠すのではなく晒け出してこの世界で生きて死のうと、決断の魔法だった。それが誰かの背中を押すなんて思ってもいなかった。


「アンナ先生。無理は承知です。ですが、一年だけ付き合って下さい。やれるだけやり切って、それでも駄目なら諦めますし、その事実を受け入れます。何もしないで後悔したくないのです」

「分かりました。思いつく限りの事は全部やりましょう」


 素質がないのは分かっている。それでも全力で挑む事に意味があるのならば、それに付き合うだけのこと。


「ありがとう、アンナ先生」


***


 結局レナルド様には魔力の放出は出来なかった。だけどどこかすっきりとした顔をしている。



 移りゆく季節と共にアンナはレナルドと共にいた。週に二度の契約で侯爵家を訪れ、レナルドの魔力循環からの放出をどうするか模索した。

 冬の寒い時期は子供たちが領地に戻るので授業はない。レナルドはどうするのかと思えば、その時期丸々を侯爵領で過ごさないかと誘われたのだ。食客として。

 アンナは両親と共に未だに同じ家で暮らしていたのだが、その両親から折角だし、王都以外を見てきても良いのではと勧められて誘いを受けた。

 領主邸は王都の屋敷よりも整えられていたが、やはりどこか寂しさがあった。とは言えども冬に花を咲かせるのは花が可哀想だったのでそれ以外でなにかと思い、娯楽を提供してみた。

 北寄りにある領地は雪が降る土地であったけれど精々膝くらいまでしか積もらない。その雪を一箇所に集め、高低差をつけた。そして木工職人に作ってもらったのが細長い板。

 要はスキーだ。

 怪我をしないように緩やかな雪の坂。屋根と壁を簡易でつけたけど雪が溶けないように外と同じ気温にする。

 板は固定部分をしっかりとしながらも着脱がしやすいように

 スケートも考えたけれどスケートの方が危ないしスケート靴が分からないのでスキーを選んだ。

 雪を集めてスロープを作るのに魔法を使ったけれど、遊ぶのは自力だ。

 レナルド様の前にケビンが安全確認の為に滑ったけれど上手くできずに転げていた。子供の方が余程上手だった。

 冬はどうしても家に引きこもりがちになるから、娯楽は歓迎と言われた。一応見張りはあった方が良いと助言しておいた。ついでに監視用の小部屋も作ってそこへ魔道具士に依頼をして火鉢もどきを作ってもらった。

 火の魔石はアンナが空っぽの魔石に魔力を込めたので中々にいいのが出来た。外側には温風を出す回路を組み込み、内側にはコンロと同じ仕組みでやかんを乗せられるようにして室内を暖めるようにした。

  怪我人が出たら寝かせられる簡易の救護施設も兼ねている監視部屋は冬でも暖かいと領民が積極的に見張りを買って出ているという。


「先生のおかげで冬の楽しみが出来ましたね」

「魔法使いが一人でもいれば短時間で作れますからね」


 上手く行けば冬の間の平民出身魔法使いの小遣い稼ぎに出来るのではと思わぬ可能性を見出していたアンナは、レナルドが見つめていたことに気付かなかった。


 思い返せばきっとこの頃からレナルドの視線には先生を見る生徒とは違う感情が籠っていたのに、アンナはまったく気付けていなかった。



「アンナ先生」

「はい」

「私には魔法は使えないと分かっていて、それでも最後まで付き合って下さりありがとうございます」


 呼び出されたのは夏が来る前の季節。約束の一年が過ぎた。この一年はとにかく濃密で、本来であればこうして言葉を交わすことも出来ない人とこんなにも近くにいる事が出来た。

 そして終わりの時が来る。

 アンナは胸が締め付けられるような気持ちに苛まれていた。

 レナルドは素敵な人だ。高慢さはなく、平民のアンナにも紳士的に振る舞い、好きになるに決まっている。

 違う世界から来たアンナは自分をどこか異物のように感じていた。両親が知ったら悲しみ怒るだろうから一度も口にしたことは無かったけれど、違和感を拭いきれなかったからか、誰かを好きになることが無かった。魔法学校の友人達は皆良い人で、だからこそアンナは自分だけどこか違うと、この世界の異物だと言う気持ちから逃げられなかった。

 初恋がレナルドだった。自分の気持ちに気付いた時は驚いて、そして苦しくて仕方なかった。叶うはずのない恋。

 レナルドは貴族でアンナは平民。それもこの世界の人間ではない。レナルドの隣に相応しくないにも程がある。


「アンナ・シーズルト嬢」

「え、はい」


 初めて出会った時に一度呼ばれたことのある家名を付けた呼び方に背筋が伸びる。


「あなたとの契約は終わりました。そして、これからは私の妻として私のそばにいてくれませんか?」

「…は?」


 思わぬ申し出に切なさを押し殺してどうにか笑っていた顔が崩れる。

 妻?

 どういう事だ?


「貴方の事だから身分差を気にしそうですが、平民でも魔法使いなら貴族と結婚出来ます。寧ろ国として推奨されます。やはり魔法使いの数は増やしたいのでしょう。我が家は特に一度魔法使いが途絶えましたから、一族としては歓迎されます」

「いちぞく…」

「両親は亡くなりましたが、分家なども含めた一族はいますからね。先日、一族での集まりがありまして、貴方へ求婚すると宣言しましたら満場一致で応援されましたよ」

「え、あの」

「貴方のご両親にも予めご挨拶に行きました…アンナ嬢。貴方の過去を教えてもらいました」


 ヒュッと息を飲んだ。

 アンナが養子なのは記録を調べれば出てくる事で、しかしそれよりも前の真実を知るのは両親とアンナしかいない。

 部屋には侍女はいなくて、ケビンだけがいる。


「誓約魔法で私とケビンは口外しないと誓いました。貴方が異なる世界からの迷い子と聞きました」

「わたし、は」

「貴方のご両親から聞かれました。これを聞いてどう思った、と。私からすればそれがどうした、と言うのが本心です」

「っ、それは」

「貴方が貴方だから私は貴方を好きになりました。異なる世界から来た、それも貴方の一部でしょう。あの火の花は貴方の故郷の祭りの思い出だそうですね。その過去があるからこそあの魔法は生み出され、私は背を押されました」


 堪えきれない涙が溢れてくる。両親は気付いていたのだろうか。アンナが持つ小さな棘に。過去と決別したつもりでいた。この世界で生きる為に割り切ろうとした。

 だけど、レナルドはその過去もアンナだと。それらを全て受け入れた上でアンナを好きになったと。

 誓約魔法は破れば代償を支払わなければならない。その為、余程でなければ交わさないものだ。それをレナルドとケビンは受けた。アンナを傍に置くならば過去を切り離せず、ケビンはレナルドの侍従で常に共にいるから。


「アンナ嬢。貴方にとっての壁は取り払ったつもりです。まだ何か壁があるなら教えて下さい。必ず取り払います。貴方に私を選んでもらいたいのです」

「レナルド様が、選ぶのではなくて?」

「私が貴方を求めているのです。貴方に選ばれなければ意味がありません」


 溢れる涙を手の甲で拭う。ハンカチで拭き取るのが淑女だろうが、出す余裕がない。

 アンナにとっての壁は尽くレナルドが壊して行った。最大の壁である異世界から来た異物という点もレナルドはあっさりと壊してしまった。寧ろ、それで良いのだと。


「レナルド様を好きだと言って、いいですか?」


 身分の差があるからと推し殺そうとした気持ちは許されるのだとしたら伝えたい。


「貴方の気持ちを下さいますか?」

「はい。レナルド様。好きです」


 貴族のような話し方は出来ない。だから真っ直ぐに伝えるしか出来ない。

 レナルドがくしゃりと泣きそうな顔で笑う。ケビンがそっと部屋から出て行くのを横目に、正面に座っていたレナルドが立ち上がって隣に座ると、宝物に触れるようにやさしくアンナを抱き締める。


「私は世界で一番の幸せ者だ」

「私の方が世界で一番の幸せ者ですよ」


 レナルドの腕の中でアンナは幸福に満たされる。


 6歳のあの日、アンナは血の繋がった家族とか故郷を失った。新たな家族はこの世界で生きる術を与え、愛を惜しみなく注いでくれた。それでも感じていた世界の異物であるという気持ちを、初めて恋した人がそれごと受け入れてくれた。

 きっとこれからも何かの拍子に過去の事実に苛まれる瞬間が来るだろう。しかしアンナは手に入れた。隣でそれを認めた上で支えてくれる人を。だからアンナもレナルドを支えようと決めた。

 魔法に焦がれる彼が魔法を使えないのならば、アンナが使おう。

 空に火の花を打ち上げよう。

 庭に花を咲き誇らせよう。

 冬には雪の山を作ろう。


 アンナは魔法使いだ。

 イメージする力は誰よりもある。

 人を苦しめるものではなく、幸せにするために使おう。

 誰よりもアンナを愛してくれる人の隣で、愛する人の為に。

アンナの本名は「すずはらあんな」

教科書に日本語のひらがなで書かれていた。

こちらの世界に適応して行く内に日本語はわからなくなるし読めなくなるので自分の本名が分からない。

アンナ、は聞き取れたので名前だと両親もわかったけど苗字は聞き取れなかった。

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― 新着の感想 ―
ええ話や。お幸せに。
幸せになれたのは凄く良かった。 けど、親としては手がかかるけど一番可愛い時期に子を失うのはどんなに悲しいだろうか。 なんかの物語で、早世した息子はきっと異世界に居るに違いないという気持ちをよすがに…
面白かった! 久しぶりに古き良き異世界トリップ物を読みました。 昔は女子高生が多かったなあと思い出しつつ、幼女できたならではの異物感孤独感が随所に散りばめられて切なさがありました。 貴賤結婚にならなく…
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