五大国と神託の十三騎士【六】
『アレン=ロードル』対フー、ドドリエル。
国同士のぶつかり合いに匹敵するこの戦いは――フーが先手を取った。
「――風絶封陣ッ!」
彼が細剣を振り下ろした瞬間、アレンの四方から圧縮された突風が放たれた。
恐ろしく出の早い、風の斬撃が四つ。
並大抵の剣士ならば、即死するほどの一撃だ。
(最高最速の風絶封陣……っ! さぁ、どう出る……っ!?)
フーは油断なく追撃の構えを取り、アレンの次の動きを待った。
しかし、
「あ゛ぁ……?」
彼は迫り来る風の斬撃を視認しながら、何故かその場を動かなった。
そのコンマ数秒後、恐るべき威力を秘めた四つの斬撃が直撃した。
耳をつんざく破砕音と共に砂煙が巻き上がる。
「……あ、当たっ、た?」
予想外の結果に目を丸くしたフーはその直後、驚愕のあまり一歩後ろへたじろいだ。
「ば、馬鹿な……っ!?」
砂煙が晴れるとそこには、無傷のアレンが凶悪な笑みを浮かべていた。
「――ぷっ、ぎゃはははははっ! なんだぁ、このぬりぃ風はよぉ!? 『氷遊び』の次は『風遊び』かぁ?」
シドーとの戦いを思い出した彼は、楽し気に肩を揺らす。
「くくく、全くてめぇらはよぉ……っ! ――俺のこと舐めてんのか、あ゛ぁ!?」
先ほどまで大笑いしていたアレンは、一転して身震いするような怒気を放つ。
(く、来るか……っ!)
フーが全神経を集中し、彼の一挙一動に刮目した次の瞬間。
「……は?」
目と鼻の先に――左拳を大きく振り上げたアレンの姿があった。
「お゛らぁ……っ!」
思わず目を覆いたくなるような左ストレート。
「ふ、風衝壁ッ!」
フーは咄嗟に風を圧縮した不可視の盾を展開した。
強力な外向きの風の集合体であるこれは、物理攻撃に対して絶対の効果を発揮する。
だが、
「薄っぺらい盾だなぁ……っ! やる気あんのかぁ゛!?」
アレンの拳は軽々と風衝壁を叩き割り、フーの腹部へ深々と突き刺さった。
「が、ふ……っ!?」
骨の砕ける鈍い音が響き、彼はまるでボールのように高く遠くへ飛ばされた。
「はっはぁ゛っ! よぅく飛ぶじゃねぇかぁ!」
戦闘中にもかかわらず、アレンは悠長にそれを見ながら上機嫌に笑った。
そこへ、
「――死ね、暗黒の影ッ!」
ドドリエルの放った二十の触手が殺到した。
触れるだけで皮膚を抉る影の連撃は――全弾アレンに命中した。
「……やったかぁ?」
ドドリエルが唇を歪ませたそのとき、背後から笑い声が聞こえた。
「――くくっ。誰が、誰をやったってぇ?」
「なっ!?」
慌てて振り返った彼の脇腹に――強烈な中段蹴りがめり込んだ。
「~~っ!?」
かつて経験したことのない衝撃。
ドドリエルは受け身も取れず、地面を何度もバウンドした。
「はぁ゛……? おぃおぃ、もう終わりかぁ……?」
国家戦力級とさえ言われる神託の十三騎士、フー=ルドラス。
次の十三騎士筆頭と評判の剣士、ドドリエル=バートン。
その両者を一撃で仕留めたアレンは、大きなため息をつく。
そして――。
「さてとぉ……次はお前らかぁ?」
今の『蹂躙劇』をただ呆然と見ていた黒の組織の残党。
次の玩具として、彼らに目を付けた。
「「「……っ」」」
あまりの恐怖に言葉を失った彼らは――その場に崩れ落ちる者、静かに涙を流す者、泡を吹いて意識を手放す者、と様々な反応を示す。
「ぎゃはははっ! そう怯えんじゃねぇよ、なぁ゛? こちとら久々の『外の世界』なんだ。ちょっとしたリハビリに付き合ってくれても、バチは当たらねぇだろぉ?」
今の激闘を軽いリハビリと言い放ったアレンへ――殺気の籠った突風が放たれた。
「……あぁ゛?」
明らかに人為的な風を軽く受け流した彼は、その発生源に目を向けた。
するとそこには、
「――化物よ。まだ、終わってはいないぞ……っ」
「アレェン……っ。君には絶対、負けないよぉ……っ!」
先ほど受けたダメージから全快し、不安定な魂装を握るフーとドドリエルの姿があった。
「お゛っ、まだ立てんのかぁ? 少しはマシな玩具じゃねぇか!」
アレンは、目の前に置かれた壊れかけの玩具を少し見直した。
そんな中、フーとドドリエルは小声で密談を交わす。
「お前は二個目だろう……? ……やれるか、ドドリエル?」
「あ、はぁ……っ。正直、やりたくないねぇ……っ」
先ほど瀕死の重傷を負った二人は、特製の霊晶丸を口にした。
幹部とそれに近しい一部の者にのみ配られる最高品質の一品。
これは数々の実験により、副作用を抑え、自己治癒能力を高めることに成功したものだ。
しかし、その許容量は一日一個。
それ以上は壮絶な痛みが全身を駆け巡り、まともに立つことすらできなくなる。
「ふっ……同感だな。今すぐ逃げ出したいところだが……。あの化物が見逃すわけがない」
そうして戦う覚悟を決めたフーは、ドドリエルに指示を下す。
「あの馬鹿げた身体能力、接近戦で勝ち目はない。全霊力を注ぎ込んだ、最強の遠距離攻撃で葬るぞ……っ!」
「了解ぃ……っ!」
その直後、二人は同時に渾身の一撃を放つ。
「――風覇絶刃ッ!」
「――影の虚撃ッ!」
全てを飲み込む『影』の濁流。
全てを断ち切る『風』の刃。
千刃学院を更地にするほどの攻撃に晒されたアレンは――首を傾げていた。
「あ゛ぁー……。クソガキのアレ、何て言うんだっけか……?」
そして――。
「お゛っ、そうだそうだ。確か……一の太刀――飛影」
彼がそう言って、黒剣を振り下ろした次の瞬間。
全てを無に帰す漆黒の『闇』が、フーとドドリエルの全身全霊の一撃を飲み込んだ。
「こ、ここまでとは……っ」
「……ははっ、終わった」
闇は一瞬にして二人を飲み込み――千刃学院に静寂が降りた。
「――ぎゃっはははははははっ! お゛ぃお゛ぃ、軽く振っただけだぞ!? もぉ死んじまったってのかぁ、え゛ぇ!?」
大笑いするアレンの背後に――血まみれのフーが降り立つ。
全身に風を纏って天高く飛び上がった彼は、寸でのところで迫り来る闇を回避していたのだ。
「殺った――風覇絶剣ッ!」
ありったけの霊力を注ぎ込んだ究極の一振り――風覇絶剣。
完璧な間合い。
完璧なタイミング。
完璧な狙い。
アレンを殺すため。
ただそのために練り上げた至高の一撃は――アレンが無造作に垂れ流す『闇の衣』を貫けなかった。
「ふっ……硬い、な」
戦意を叩き折られたフーは、もはや笑うことしかできなかった。
「ったく……チャンバラじゃねぇんだぜぇ? ちゃんとやってくれぇよ、なぁ゛?」
気軽に放たれた前蹴りが、フーの胸部を粉砕した。
大きく真後ろへ吹き飛びながら、彼は力の差というものを認識する。
(はは、なんだこの化物は……。いったいどこから来たんだ……?)
逆立ちしても勝てない。
圧倒的な『差』をまざまざと見せつけられた彼は――二個目の霊晶丸を口にした。
(……っ)
全身の血管が軋むような、凄まじい激痛が走る。
(さすがに二個目は、キツイな……っ)
フーは気が遠くなるほどの痛みを堪え、部下たちへ命令を飛ばした。
「――撤退だ! 対象『アレン=ロードル』を『特一級戦力』に認定! 幻霊以上の脅威とする! 各員、なんとしても生き延び、この情報を本部へ持ち帰れっ!」
「「「はっ!」」」
背後に控える彼らが返事をしたそのとき――黒剣が飛んだ。
「……なっ!?」
その直後、オーレストの街全体に響くほどの轟音が鳴り響き――百を超える黒の組織の残党は、たった一撃で全滅した。
校庭に空いた底なしの穴をただ呆然と見つめるフーに対し、
「お゛ぃお゛ぃ……誰に言ってんだ、それ? 独り言にしちゃぁ、ずいぶんとでけぇ声だなぁ……え゛ぇ?」
二本目の黒剣を手にしたアレンは、意地の悪い笑み浮かべた。
「……アレン=ロードル、か。ふふっ、こんな化物がいると知っていたら……。こんな仕事、絶対に引き受け無かっ……が、はっ!?」
剣を捨て敗北を認めたフーの顔面に右ストレートが刺さった。
凄惨な音が響き渡り、彼の意識は暗い闇の底へと沈む。
そうしてなんら手こずることなく、国家戦力級の剣士二人を同時に薙ぎ払ったアレンは――強い物足りなさを感じていた。
「あ゛ーぁ……っ。全く、準備運動にもなりゃしねぇじゃねぇか……っ」
そう言って舌打ちをしながら、大きく伸びをした次の瞬間。
彼の眼前に千刃学院の理事長レイア=ラスノートが現れた。
ほんの一分前にこの場へ到着した彼女は、ずっと『機』を見計らっていた。
傲慢で自信家の『アレン=ロードル』が、見せるであろう『大きな隙』を。
「無刀流――絶ッ!」
狙いすました正拳突きは――虚しくも空を切った。
(私の拳を……っ。この距離、このタイミングで避ける、だと……っ!?)
絶好の機を逃した彼女が青ざめたそのとき。
「――よぉ、黒拳。調子はどぉだ? ……え゛ぇ?」
レイアの背後から、絶望的な声が掛かった。
霊核が持つ唯一の弱点『初期硬直』を逃した彼女に、そもそも勝ち目など無かった。
「……おかげさまで最悪だよ。……どうやって『あの中』から出てきた?」
「ははっ、まぁ成り行きさ。運がよかったんだ……よっ!」
アレンはつい先ほど見たレイアの正拳突き、無刀流――絶を完璧にコピーした。
「か、は……っ!?」
音を置き去りにしたその一撃は、彼女の肋骨を砕く。
そうしてレイアを軽く一蹴したアレンは、踵を返した。
「く、ま、待て……っ!」
彼女は血反吐を吐きながら、なんとか立ち上がる。
「てめぇとくだらねぇ話をしてる時間は無ぇんだよ。もうじきに起きやがるからな……。クソガキのことなら、心配すんな。そのうち返してやるさ」
そう言ってアレンは、千刃学院から姿を消したのだった。
■
人里離れた山奥。
一人の老爺が、鼻歌まじりに釣りを楽しんでいた。
「ひょほほ、大漁大漁! 今晩はごちそうじゃのぉ……っ!」
そこへ――今しがたひと暴れしてきたアレンが姿を見せた。
「よぅ、糞ジジイ。えらく半端な仕事してくれたじゃねぇか……えぇ゛?」
「ひょ、ひょほほ……っ。ま、まぁまぁそう怒ってくれるな……っ。儂も『アレン=ロードル』が、ここまでの剣士だとは計算外じゃった……っ!」
「ちっ、んなこたどうでもいいんだよ。それよりおら、時間が無ぇ――さっさと始めんぞ」
「ひょほほ……っ! 承知した!」
アレン=ロードルと時の仙人――二人だけの『時を超えた作戦会議』が始まったのだった。




