極秘事項と千刃祭【八】
闇の衣を纏った俺は――先輩たちの奇襲を見事払いのけることに成功した。
「く、そ……っ。化物、かよ……っ」
今しがた八咫烏を食らった先輩は、最後にそう呟くと――静かに意識を手放した。
「ふぅ……。さすがに手強いな……」
そうして俺は汗をぬぐい、周囲をグルリと見回した。
「「「……っ」」」
そこには五十人近くの先輩方が倒れ伏していた。
残りのもう五十人は、A組のみんなが受け持ってくれている。
(先輩たちは、みんな手練れだけど……向こうにはリアとローズがいる。きっと大丈夫だろう)
あの二人はとてつもなく強い。
おそらく今頃は、無事に勝利を収めているはずだ。
「さてと、それじゃいただくとしようか」
俺は先輩たちの財布から、次々にジン紙幣を抜き取っていく。
(別に現金を盗んでいるわけでも無いし、ルール上おかしなことはしていなんだけど……)
意識を失った人の財布を漁るというのは、少しだけ心の痛む行為だった。
(……とは言えこれは、裏千刃祭という真剣勝負。それもクラス全体で挑む団体戦だ)
みんなの足を引っ張るわけにはいかない――そう自分に言い聞かせながら、俺は手早くジンを回収していった。
「これでよし……っと。けっこう集まったな」
そうして大量のジン紙幣を制服のポケットへ詰め込み、A組のみんなと合流しようとしたそのとき。
「――ふっふっふっ! 御機嫌よう、アレンくん! 五十人との連戦を終えて、体の調子はいかがかな?」
「疲れているとこ悪いけど、相手してもらいたいんですけど……」
渡り廊下から、リリム先輩とフェリス先輩の声が降ってきた。
「り、リリム先輩、フェリス先輩……!?」
既に剣を抜き放った二人は、いくつもの太刀傷が走る俺の体をジッと見て――満足気に笑った。
「けっこうけっこう! いい具合に弱っているね!」
「真っ向勝負じゃ勝てないからね……。ちょっと卑怯な手を取らせてもらうんですけど……」
どうやら二人は、漁夫の利を狙っていたらしい。
だが――。
「すみませんが、俺はまだまだいけますよ……?」
俺は怪我をした箇所へ闇を集中させ――あっという間に完治させた。
「「な……っ!?」」
それを見たリリム先輩とフェリス先輩は、大きく目を見開いた。
「へ、へぇ、その闇に治癒能力があるなんて知らなかったよ……っ。アレンくんも人が悪いな、隠していたのかい?」
「いえ、俺もつい最近知ったばかりですよ」
闇の治癒能力を発見したのは、イドラさんとの戦いが初めてだ。
「さてと――それじゃ、やりましょうか」
先ほど受けた傷を全回復した俺が、笑顔で一歩前へ踏み出すと、
「ちょ、ちょっとタンマ……っ!」
「ま、待って欲しいんですけど……っ!」
二人は慌てて静止の声を掛け、小さな声で相談を始めた。
「ど、どうするよ、フェリス……っ。無傷のアレンくんには、絶対勝てないぞ!?」
「実際、無謀過ぎる戦いなんですけど……っ。でも、ここで引いたらシィが絶対うるさいんですけど……」
「……一応、アレンくんの闇は無限じゃない。接近戦を避けて遠距離主体の攻撃をして……霊力切れを狙うか?」
「残念、絶望的なお知らせ。アレンくんの霊力の量は、あの黒拳レイア=ラスノート以上らしいんですけど……」
「……おいおい、あいつは無敵か? 完璧超人なのか……?」
リリム先輩とフェリス先輩は、時折チラチラとこちらを見ては顔を真っ青に染めた。
(二人が何を話しているかはわからないが……)
やるならば、早くやってしまいたい。
こんなところでモタモタしていると、また別の先輩に目を付けられてしまう。
「――来ないのならば、こっちから行きますよ」
そうして俺が剣を抜き放ち、さらに一歩前へ進むと、
「くっ、こうなればヤケだ! 先輩の意地を見せてくれる……っ!」
「私が攻めるから、リリムは足止めを頼みたいんですけど……っ!」
二人は同時に魂装を展開し――壮絶な戦いの幕が切って落とされたのだった。
■
その後、リリム先輩たちとの戦いは熾烈を極めた。
二人は決して俺と真っ向から斬り合おうとせず、遠距離攻撃を主体に攻めてきた。
苦手な遠距離戦に加え、こちらの手の内は全て筒抜け――かなりの苦戦を強いられることになった。
そうして激しい戦いの末、
「く、そ……っ。見事、だ、ぜ……っ」
「いや、さすがに……強過ぎなんですけど……っ」
俺はなんとかリリム先輩とフェリス先輩を打ち倒した。
「はぁはぁ……っ。さすがは……リリム先輩とフェリス先輩だな……っ」
二対一ということもあったが、中々に際どい勝負だった。
息の合った連携で互いの隙を補い、ひたすら俺の苦手な遠距離戦を仕掛け続ける。
勝ちに拘った優れた戦略だ。
(これは……どこかで体を休めないとな)
五十人斬りした直後、生徒会メンバー二人との激戦。
さすがに、少し闇を使い過ぎた。
まだ余力はあるものの、いつまた何が起きるかわからない。
休めるうちに休んでおいた方がいいだろう。
(身を隠す場所となると……あそこだな)
そうしてすぐに目的地を決めた俺は――二人の財布からジン紙幣を抜き取り、静かにこの場を後にした。
先輩たちの目を掻い潜り、俺が足を運んだのは――生徒会室だ。
ここは他の教室から少し離れた場所にあり、裏千刃祭で盛り上がっている中、わざわざ足を運ぶ人なんていないだろう。
念の為、大きな音を立てないようゆっくりと扉を開け、生徒会室に入った。
「ふぅ……。ようやく一息つけるな……」
そうして大きく息を吐き出したそのとき。
「――いらっしゃい、アレンくん」
部屋の最奥から、生徒会長シィ=アークストリアが姿を見せた。
月明かりに照らされた彼女は妖しい笑みを浮かべ、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
「か、会長……っ!? どうしてここに……っ!?」
「ふふっ、驚いたかしら? 二、三年生の大連合にリリム・フェリスとの連戦。――大きく消耗したアレンくんは、きっと人目のつかないここへ来ると思ったのよ」
「なるほど……。先輩たちを仕向けたのは、全てあなたの仕業だったんですね……」
「さぁて、それはどうかしら?」
彼女は柔らかい笑顔のまま、小首を傾げてとぼけてみせた。
(否定しないということは、そういうことなんだろうな……)
悪知恵の回る会長のことだ。
きっと上級生たちを言葉巧みに操り、一年A組を襲撃するよう誘導したのだろう。
(……まぁ、それはそれでいい)
この裏千刃祭は、何でもありの『実戦』――話術もまた『力』の一つだ。
しかし、どうしても気になることがあった。
「……会長。一つだけ、いいですか?」
「えぇ、何かしら?」
彼女はコクリと頷くと、静かに質問を待った。
「なんというか、その……。まさか……ずっとここで待機していたんですか?」
裏千刃祭の開始から、既に五十分近くが経過している。
今は九月の中旬。
(日中はまだ残暑の影響で暖かいが……)
二十時近くにもなると、制服だけでは少し肌寒い。
明かりも付けず、体も動かさず――ただジッとこの場で待機していたら、風邪を引いてしまう。
すると、
「え、えぇ、そうよ! それがどうし……へ、へ、へくち……っ」
会長は完璧なタイミングで、小動物のような可愛らしいくしゃみを披露した。
「……会長。もう少し考えてくださ――」
俺がため息まじりに口を開くと、
「お、お姉さんに説教なんて百年早いわ!」
彼女は顔を真っ赤にして、バンバンと机を叩いた。
(少し腹黒いところもあるけど……。会長はいつも必ず、どこかが抜けている)
本当に憎み切れない、小悪魔のような人だ。
「はぁ……。体調も優れないようですし、今日のところは見逃してくれませんか……?」
気を逆撫でしないよう、少し下手に出てそう言ってみたが……。
「絶対駄目!」
予想通り、きっぱりと断られた。
「でも、戦った後に具合を悪くされても困りますので……」
もう一度やんわり戦うことを拒否すると、会長は何故か得意げな表情で笑った。
「ふふっ、アレンくん……何か勘違いしていないかしら?」
「勘違い、ですか……?」
「えぇ。これから私とあなたは戦うけれど――それが剣術勝負だとは、一言も言っていないわよ?」
「け、剣術以外の勝負、ですか……?」
なんだか少し、嫌な予感がした。
これとほとんど全く同じ状況が、数か月前にもあったような気がする。
「そもそもアレンくんを相手に、一対一の剣術勝負で勝てるとは思っていないわ。だから――今日はこれで勝負よ!」
そう言って会長は、一組のトランプを机に置いた。
(……やっぱりか)
どうやらこの筋金入りの負けず嫌いは、まだ前回の敗北を引きずっていたようだ。
俺は少しげんなりした視線をトランプの山へ向けた。
「それ……また『ギミックカード』でしょうか?」
「ふっ、舐められたものね。私が二度も同じ手を使うはずないでしょう?」
そう言って彼女は、愚かにもトランプの山をこちらへ手渡した。
俺は山札のカードをひとしきり確認した後、その裏面を凝視した。
「……確かに普通のトランプのようですね」
しかし、そこには前回見られたような仕掛けは何も無い。
間違いなく、どこにでも売っているごく普通のトランプだ。
「ゲームは、ポーカーでいいんでしょうか?」
「えぇ、もちろんよ。それと一つ提案があるんだけど……。一戦が終わるごとに、ディーラーを交代しない?」
「……へぇ」
これは――お互いに『イカサマの勝負』をしようという宣戦布告だ。
おそらく会長は、前回敗北してからずっとイカサマの練習をしてきたのだろう。
彼女の瞳からは、強い自信の色が読み取れた。
「――わかりました。それでいきましょう」
俺は顔に笑顔を張り付けながら、内なる闘志を燃やしていた。
これまで俺は麻雀・ルーレット・チンチロ――数多の遊びを竹爺から教わった。
それは基本的なルールから応用的な戦術、さらにはイカサマの手法とその破り方にまで至る。
そして数ある遊びの中で、俺が最も得意とするのが『カードゲーム』だ。
その腕足るや竹爺をして「もう、教えることは何も無い」と言わしめたほどだ。
時計を見れば、時刻は既に十九時五十分。
終了時間まで後残り十分――おそらくこれが、裏千刃祭最後の勝負になるだろう。
「ふふっ、それじゃ始めるわよ?」
「えぇ、受けて立ちますよ」
こうして夜の生徒会室で――会長との静かな一騎打ちが始まったのだった。




