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一億年ボタンを連打した俺は、気付いたら最強になっていた~落第剣士の学院無双~  作者: 月島 秀一


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ヴェステリア王国と親衛隊【九】


 クロードさんの<無機の軍勢(アビオ・トゥループ)>を打ち破った俺は、


「はぁああああああっ!」


 この戦いに決着を付けるべく走り出した。


「ち、近寄るなぁあああ……っ!」


 彼女はそれを阻むべく、慌てて大量の爆弾を作り――こちらへ向けて一斉に放った。


「「「「「チーチチチチチチッ!」」」」」


「「「「「クワァアアアアーッ!」」」」」


 二十を越える燕や烏の群れ。


「ハァッ!」


 俺はそれを次々に切り捨てていく。

 小規模な連続爆破が全身を撃つが、熱波も爆風も石の破片も――いまや何の痛みも感じない。


「この……化物がっ!」


 爆弾が通用しないとわかったクロードさんは、すぐに思考を切り替えて純粋な切り合いを挑んできた。

 強力な一撃が持ち味の覇王流と体重を乗せやすい長刀の組み合わせは強力だ。


 だが、単純な剣術と身体能力ならば――俺が勝る!


「――そこだっ!」


「ぐっ!?」


 俺の放った切り上げが、クロードさんのガードを崩す。

 剣こそ手放さなかったものの、彼女の両手は完全に上がり切り――がら空きの胴体を晒した。


「しまった!?」


 目前にはがら空きになったクロードさんの胴体。


「これで終わり……なっ!?」


 とどめの一撃を放とうとしたそのとき――『異変』を感じた。


 俺は慌てて跳び下がり、手元に視線を落とした。


「こ、これは……!?」


 見れば、刀身の根元は酸で溶かされたようになっており、今にも折れてしまいそうだった。

 耳を澄ませば剣の内側から、シュワシュワという音が聞こえる。


(な、なにが起きているんだ……っ!?)


 俺が困惑している間にも剣はみるみるうちに溶けていき、そしてついに――刀身部分がポトリと地面に落ちた。


 この剣はもう使い物にならない。


(これもクロードさんの魂装の能力なのか……!?)


 ……いや、違う。


 よくよく見れば、刀身の中に白い粉末状の『何か』が仕込まれていた。


(こんなことをする人は『あの人』しかいない……っ)


 俺がバッと顔を上げると――特別観覧席に座るグリス陛下は、グニャリと顔を歪めた。


(ぐはははは……っ! やっと気付いたか、愚か者め! 貴様の剣には『熱』に反応し、強い酸を発する劇薬が仕込まれている! クロードの爆弾との相性は最高だ! ――ふふっ、だから言っただろう? 『貴様が勝つことは絶対にあり得ん』となぁ!)


 この反応……やはりこの仕込みは、陛下が指示したことのようだ。


(くそ……っ。勝つためならば、ここまでするのか……っ)


 俺が視線を戻すと、クロードさんは複雑そうな表情を浮かべていた。


(……陛下の仕業、か。おそらく控室にあった全ての武器に仕込んでいたのだろうな……)


 こちらの視線に気付いた彼女は、弱々しく口を開いた。


「……このような卑怯な手で勝つのは、私の望むところではない」


 そして、


「だが、この身は既にリア様へ捧げたもの……っ。殿下を守るためならば、たとえどんな卑怯なことでもやってのけよう……っ!」


 彼女は覚悟を決めた顔で、はっきりとそう言った。


「えぇ、それでいいと思います」


 俺には俺の覚悟があるように、クロードさんにはクロードさんの覚悟がある。


「アレン、貴様は本当によくやった。私の想像を遥かに越える優れた剣士だった。だが、剣を失った今……もう勝ちの目は無い。――諦めて降伏してくれ。卑怯な私とて、素手の相手に斬り掛かりたくはない……っ」


 彼女はバツの悪い表情を浮かべたまま、長刀の切っ先をこちらへ向けた。


(確かに剣を失ったこの状況で、俺の勝利は絶望的だ……)


 だが、


「クロードさん……。剣が無くなったぐらいで――俺が諦めると思いますか?」


 それがどうした?


 俺はこれまでずっと圧倒的な不利な状況で戦い続けて来た。


 グラン剣術学院での、ドドリエルとの決闘。

 天才剣士と落第剣士、両者の間には隔絶した差があった。


 大五聖祭での、シドーさんとの死闘。

 天性の身体能力と強力な魂装、遥か格上の相手だ。


 部費戦争での、会長との一騎打ち。

 純粋な剣術の技量には、大きな差があった。


(いつだって俺は挑戦者、無謀な戦いばかりだった……)


 今回だってその延長線上のことに過ぎない。


 すると、


「アレン、もういい……っ。もう十分だよ……っ。剣無しでクロードと戦うなんて自殺行為よ……っ! これ以上、あなたが傷付くのを見たくない……っ」


 舞台の下で戦いを見守っていたリアは、目元に涙を浮かべて叫んだ。


「……なぁリア、一つ聞いてもいいか?」


「な、なに?」


「リアは、どうしたい?」


「……え?」


「俺は……君と一緒にいたい。これからもずっと――互いの剣術を高め合いたい」


 自分の望みをはっきりと口にした俺は、静かにリアの回答を待った。


「わ、私も、アレンと一緒にいたい……っ。ずっとずっと一緒にいたい……っ!」


 彼女は大きな声で、はっきりとそう言ってくれた。


「そうか……ありがとう」


 十分だ。

 俺が戦う理由は、これでもう十分だ。


「……行きますよ、クロードさん」


「貴様、正気か……?」


「はい。俺はあなたに勝ち――リアとの生活を手に入れます。何があろうと絶対に……っ!」


 たとえどれほど絶望的な状況だろうと――絶対に諦めない。

 地獄の十数億年を経験した俺は、諦めないことの大切さを誰よりも知っているつもりだ。


「……相手が素手だろうが、向かってくる敵に容赦はしないぞ?」


「えぇ、望むところです」


 俺とクロードさんの視線が交錯し――彼女は静かに首を横へ振った。


「……私も見る目がないな。前言を撤回させてもらおう――お前は剣士として、何より一人の『男』として尊敬に値する!」


 彼女は手放しの称賛を口にすると、


「貴様のその心に応え――我が最強の剣で迎え撃とう!」


 長刀を水平に構えて切っ先をこちらに向けた。


 張り詰めた空気が大闘技場を支配する。


 そして、


「うぉおおおおおおおっ!」


「はぁあああああああっ!」


 俺とクロードさんは同時に駆け出した。


「はぁっ!」


 俺は渾身の右ストレートを繰り出し、


「覇王流奥義――覇龍刃王撃(はりゅうじんおうげき)ッ!」


 彼女は長刀の利を存分に活かした袈裟切りを放った。


 互いの想いを載せた一撃が交差する。


 だが、


(……くそっ)


 やはり……届かない。


 右腕と長刀――射程の差は歴然。


 俺の拳が届くより先に、彼女の剣が俺を切り捨てるだろう。


「アレン……っ」


 悲鳴のようなリアの声が聞こえた。


(まだだ……っ。まだ、ここからだ……っ)


 腕を伸ばせ。

 地面を蹴れ。

 全ての力を絞り出せ……っ!


(早く速く(はや)(はや)(はや)く……っ!)


 コンマ数秒の――刹那(せつな)の先へ……っ!


 絶対に勝つ……っ!


「うぅぉおおおおおおお゛お゛お゛お゛ッ!」


「っ!?(馬鹿な、この状態から加速っ!? 避け――無理だ。防御? 不可能っ。……死? ――いや、まだだっ!)」


 お互いの一撃が交差したその瞬間。


「爆ぜろ――<無機の軍勢(アビオ・トゥループ)>ッ!」


 彼女はなんと自らの魂装を爆発させた。


「くっ!?」


「がは……っ!?」


 突然の大爆発により、俺たちは大きく吹き飛ばされることになった。


 既に爆発に慣れた俺は、


「……っと」


 素早く受け身を取って態勢を立て直す。


 一方のクロードさんは、あまりの衝撃に受け身が取れなかったのだろう。

 石畳の上をボールのように転がった。


「ぐっ……」


 彼女は肩で息をしながら、震える足でなんとか立ち上がる。


(何故あそこで自爆を……? 判断ミスか……?)


 俺に対して爆発が有効打になり得ないのは、彼女もよく知っているはずだ。


 実際、俺は今の大爆発を受けてもほぼ無傷。


 その一方で熱波と爆風を浴びたクロードさんは、息も絶え絶えといった様子だ。

 見ればその体には、いくつもの裂傷ができており、かなりのダメージを受けたのは明らかだ。


 それに何より――彼女の長刀は真っ二つに折れてしまっている。


(とにかく、これはチャンスだ……っ)


 千載一遇の好機をものにすべく、握りこぶしを固めた次の瞬間。


「……こ、降伏する」


「……え?」


「……貴様の勝ちだ、アレン=ロードル」


 クロードさんはそう言って、折れた長刀を手放した。


 その直後、


「こ、ここで決着ッ! クロード=ストロガノフが降伏を宣言しました! よって本日のスペシャルマッチの勝者は――アレン=ロードルに決定です!」


 実況が勝敗を高らかに宣言すると――観客席から小さな拍手が起こった。


 それは次第に大きくなっていき、最終的には地鳴りのような巨大なものへと変わった。


「すげぇよ……っ! とんでもねぇ、戦いだったぜ……っ!」


「あぁ、間違いない! これまでで一番の決闘だった!」


「やるじゃねぇか、アレン=ロードル!」


 拍手と指笛の混ざった、とてつもない大歓声が巻き起こった。


 こうして俺は、グリス陛下の放った三人の剣士を見事打ち破ることに成功したのだった。


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