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 灰色の俺と対峙して、既に三十分以上は経過しただろうか。

「ホラホラ、モット動カナイト」

 灰色の俺は包丁とフライパンを駆使して俺の頭を、腕を、腹を攻撃してくる。俺はそれらと同じ武器で防御し、いなして直撃は回避している。蹴りも放たれるので俺も自分で蹴って相殺する。相殺すれば生命力の減少も見られない。だが、こうやっていくうちに体力の方は目に見えて減少していく。姉貴との戦いの時と同じように、いや、それ以上に体力が減っていく。メーターが一気に無くなるのを目の端が捉える。

 俺と同じように包丁を振り、俺と同じようにフライパンで叩いてくる。ただ、動きが同じだからと言っても俺と同じだから、この場面なら俺はこう攻撃するという予測は通用しない。

 どうやら思考回路は違うみたいで俺ならしてこない攻撃を平然とした顔でやってのける。かと言って、常にそうだという訳でもなく、俺ならこの場面でこのように攻撃するというパターンも上手い具合に織り込まれており、予測のしようがない。

 また、こいつは何故か俺の体力が一割を切ると攻撃の手を緩めてくる。その間に料理アイテムで体力を回復させた瞬間にまた襲いかかってくる。

 そして、スキルアーツを使用してこない。俺が今の所使っていないというのもあるのだろうが、使われたらその分動きが単調になるので対処がしやすくなるのだが……かと言って俺が使って一気に押そうとしても【AMチェンジ】の再現失敗のデメリットがあり、使う事を躊躇われる。

 しかし、それではこちらが先にやられてしまうかもしれない。

 俺とこいつの違いは、スキルアーツを使う使わない、思考の違いだけではない。

「無ヨ、我ガ言葉ニヨリ形ヲ成シ、辺リ一帯ヲ呑ミ込メ。【ウェイブグラビティ】」

 こいつは、魔法を使ってくる。それも、今まで見た事も無かった無属性の魔法を。いや、正確にはローブが使用したあの遅めの光弾が無属性の魔法だったと今では分かるので初めてではないが。詠唱する無属性魔法が初めて、の方が正しい。

 灰色の俺を中心に、周りを屈折させる透明な波が広がっていく。この【ウェイブグラビティ】は見た感じ広範囲の相手に向けて一時的に器用、敏捷のステータスダウンを強いる無属性の補助魔法だ。一回喰らってそれを厭と言う程身に染みて分かった。

 筋力や元からあまり高くない耐久を下げられるのは気にならないが、敏捷と器用のステータスがダウンさせられるのはキツイ。攻撃の精度が落ちるし、全ての動きが遅くなってしまう。低下率がどのくらいかまでは分からないが、十秒はダウンしたままだった。

 たったの十秒とは言え、ステータスダウンの補助魔法は初級ではないと思うので中級か、下手をすると上級の無魔法なのかもしれない。

 俺は灰色が放った魔法を全力で後退して触れないようにする。この魔法の発動時は中心から動けないみたいなので、範囲外で逃げれば問題ない。あいつを中心に大体三メートルくらいがステータスダウンの領域になっているから充分に退避可能だ。

「……流石ニ、躱サレルカ」

 魔法を放ち終えると再び俺に方へと駆けてくる。

「無ヨ、我ガ言葉ニヨリ形ヲ成シ、彼ノ敵ヲ撃チ貫ケ【シュートスター】」

 詠唱し、ローブが使ったあの光弾を幾つも前方に飛ばしてくる。俺はそれを体を屈めて避け、横に跳ぶ。

「ハハッ」

 そうしないと近付いてきた灰色の俺の包丁の一撃を受けてしまいそうだったからだ。

 と、避けながらに無属性の魔法なのに重力とか星とかの英単語が聞こえて来る事に疑問が生じてしまう。ただ、それを気にする余裕はあまりないけどな。

 今の俺と同じ身体能力で、魔法も扱う事が出来る。そして、見た限り体力に関しては俺の何倍もあるのだろう。やりにくいといったらありゃしない。何時かは俺の料理アイテムのストックが切れて、最終的にタコ殴りにされて終わりになるんじゃないか?

 どうすればいいんだ? いっその事、死に戻りをするという選択肢はある。それで更なる不利益が生じるリスクもあるので、安易に行動を起こす事は出来ない。

 安易な行動は、最善の結果に繋がり難い。それはもう嫌と言う程に身に沁みている。だから、どうすればいいか考えろ。

 俺とあいつの違いはスキルアーツを使わない。ただこれは未確認だから本当かは分からない。無属性の魔法を使う。攻撃パターンが違う。体力が俺より多い。そして……俺の体力が一割を切ると攻撃の手を緩めてやや隙が出来る。

「ホラホラ、何時マデモソウヤッテテモ意味ナイヨ」

 考えながらも俺はこいつの攻撃をいなし、反撃し、防御する。それを幾度も無く繰り返し、また体力が一割を切ると攻撃の手を緩めてくる。俺は一気に後退してメニューを開き、アイテム欄を出現させて料理アイテムを。

「…………」

 ――ちょっと待てよ?

 一つの可能性が脳裏を掠め、俺は料理アイテムに触れようとした指先を止める。

「ドウシタノ? カカッテコナイノ?」

 灰色の俺は嘲るように俺を挑発してくるが、一気に駆け出したりはせずにゆっくりと俺の方へと歩いて来るだけだ。魔法も使用してこない。体力の少ない俺を一気になぶり倒せば、楽な筈なのにこいつはそんな事をしない。

「モウ、諦メタノ?」

 首を傾げながらも、ゆっくりとした動作で如何にも避けてくれと言わんばかりの包丁の一撃をフライパンで受け、俺もフライパンで一撃を入れようと突く。しかし、それは攻撃時よりも素早くフライパンで防ぐ。

「…………」

 俺は無言で蹴りを入れる。灰色の俺も同時に蹴りを行って互いに相殺し合い、一気に距離を開ける。蹴りの速度も緩くはなってなかったな。

「ネェ、何カ言ッテヨ」

 ゆっくりと、ゆっくりと近付いてくる。

 俺は動かずに体力を見る。

 俺が立ち止まっていれば、体力は徐々に回復する筈だがその兆しは見られない。逆に、ゆっくりとだが減って行っているのが見て取れる。

 こいつとの攻防中、体力の減りが姉貴とのPvPよりも多かったのはもしかしたら――。

「…………」

 少し、試してみるか。

 俺は、アイテム欄から料理アイテムをタップ。使用するかしないかの項目まで進んでそこで止めておく。

 そして、コマンドウィンドウを表示させて【圧殺パン】を発動させる。

 一割を切ったこの技では威力も範囲もそこまで大きくないが、体力を一度に0まで持っていき、牽制出来る技はこれしかないからな。

「無ヨ、我ガ言葉ニヨリ形ヲ成シ、彼ノ敵ヲ撃チ貫ケ【シュートスター】」

 だが、俺の【圧殺パン】を中断させようとあいつが【シュートスター】を発動させてくる。俺は構わずに巨大化したフライパンを振り下ろし、光弾ごとあいつを叩き潰す。灰色の俺は避ける事もせず、フライパンの下敷きになる。

「ッガ」

 元の大きさに戻ったフライパンを手に持ちながら俺はその場に膝を付くが、前に倒れないように踏ん張る。呻き声を上げ、地面に俯せになっている灰色の俺を見下ろす。

「…………グッ」

 そいつは四肢に力を入れているのだが、一向に起き上がる気配がない。俺もこのまま地面に倒れるを堪えながら、メニューで表示させたままの料理アイテムを一つ使用する。これで自然回復の時間が軽減された。

 俺の体力が全快し、倦怠感が消え去るのと同時に灰色がバッと起き上がり、俺の方へと駆け出してくる。

「ヤッテクレタネ」

 そう言いながら包丁を薙いでくる。俺はバックステップで躱す。

「ふっ」

 そうしながら、俺はもう一度体力を全部消費して【圧殺パン】を発動させる。

「マタ……ッ」

 灰色の俺はその場で立ち尽くして、先程と同じようにフライパンの下敷きになる。着地に失敗して、体力0の俺はその場に倒れ込む。

「コ、コノ……ッ」

 あいつはまた立ち上がれずに呻いているだけだ。

 これで確信した。

 あいつは俺の体力を消費して動いているんだと。

 だから、俺の体力が一割を切ると回復しやすいように攻撃の手を緩めてたんだ。体力が0になると自分も動けなくなるからな。姉貴とのPvPよりも体力の減りが速かったのはあいつも同じように動いてその分と合わせて減っていたからだ。

「そうと分かれば」

 俺のここからの攻撃手段は決まっている。

 体力が全快した瞬間に【圧殺パン】もしくは【捌きの一太刀】を発動させて体力を一気に全部消費する攻撃をひたすら連発していく事。体力を全て消費したとしてもスキルアーツを発動し終えるまでは体力0でも普通に動く事が出来る。

 だが、スキルアーツを発動しない状態で体力が0になると即座に倦怠感が体を襲い、動きに多大な制限が掛かる。見た所、あいつは俺と同じように身動き出来なくなるようだ。

 ここからは一方的な展開だ。

 体力が全快した瞬間に展開していたコマンドウィンドウで最初の一回は【圧殺パン】で、その後は全て【捌きの一太刀】を発動させ、灰色の俺が動けなくなっている間に一撃入れる。その繰り返しだ。【捌きの一太刀】を使用しているのは、こいつを倒した際にもしかしたら何かしらのアイテムを入手出来るかもしれないと思ったからだ。

「無ヨ、我ガ言葉ニヨリ形ヲ成シ、彼ノ敵ヲ撃チ貫ケ【シュートスター】」

 その際に魔法をぶっ放してくるが、【シュートスター】に関してはあいつの眼前にしか発射されず、しかも【捌きの一太刀】ならば少し体を捻りながら発動出来るので避けるのは簡単。【ウェイブグラビティ】に関してはスキルアーツの前ではあまりこちらの負荷にもなっていない。

 まさか、こんな簡単な方法があったとは……。でも、この方法を取れるのは俺だけな気がする。こんな燃費の悪いスキルアーツなんて俺以外に持っているとは思えないし。

「ク、クソ……」

 為す術もない灰色の俺に同情はするが、それでも俺は手を緩めない。

「…………ア……ッ」

 十一回目の【捌きの一太刀】を受けた灰色の俺は喉の奥から空気を漏らし、光となって消えて行った。


『無の幻人を倒した。

 無の幻片×1を手に入れた。

 スキルフィニッシュにより【幻人の塊】を手に入れた。

 ポイントを10手に入れた。

 スキルアーツボーナスにより、更に15ポイント手に入れた。』


 そんな表示が出るのと同時に、灰色の空間に色が戻った。



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