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 兎に角、色々空しくなったり不完全燃焼になったり疲れたりしたが、クエストはクリアした。後は役場に行ってカウンターにてその旨を伝えれば報奨金を貰える。

「……行くか」

「そう、ですね」

「だね」

 三者三様に頷いてから役場へと向かって歩いて行く。並び順は左からアケビ、ファッピー、サクラ、リトシー、俺となっている為、サクラは少しぎこちなく歩いている。

「で、アケビとはこれでパーティー解散になるのか」

 アケビとは怪盗からの挑戦状をクリアする為に組んだ臨時のパーティーだ。それが終わった今はまだ解除してはいないが、解散メッセージを送った方がいいのだろうか?

「あ、その事なんだけど」

 と、アケビは何かを告げようと口を開く。

 が。


「見ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいい付ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅううううううううううけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああっ‼‼」


 このSTOで訊きたくもない声が後方から先程去っていったリースなぞとは比較にもならない大音声で鼓膜をぶち破りにやってくる。そしてズドドドドドッ! と大地を駆け抜ける轟音が響いている。

 後ろを見てみれば、遥か彼方にで土煙が上げられており、それが段々と近付いている。あれを生み出しているのはあの変態コート女だろう。どうして見付かった? そしてそんな遠くでどうやって視認した?

「っ⁉⁉⁉⁉⁉⁉」

 サクラの顔から一瞬で真っ青に変化し、涙目になって急速に震え始めてしまった。

「この声……ってサクラちゃん大丈夫⁉」

 心底嫌そうで面倒臭そうな声を発したアケビだがサクラの異常な症状を目の当たりにして慌て始める。がたがたと震えて足の力が無くなり、その場にへたり込みそうになったサクラをアケビは咄嗟に支える。

「…………ふぁー」

 あ、ファッピーは羅漢像のように顔を怒らせている。そりゃ、あれはサクラにとって災厄そのものだからな。ファッピーはあれの接近を許したくないのだろう。

「しー」

 リトシーの瞳にも敵意が帯び始めている。こいつもこんな目をするんだな。

「アケビ、サクラを連れて逃げてくれ」

 俺は腰の包丁とフライパンを抜いて構える。俺もあれは気に食わないので好きにさせない為にもここで足止めをする。恐怖に怯えているサクラは戦闘出来ない。そしてアケビもステータス上敏捷に特化しているのに加え生産特化のスキル構成なので攻撃性能はあまりない。

 体質上スキルアーツが殆ど使えない俺も攻撃性能があまりないのは同じだが、俺よりも速いアケビがサクラを連れて行けば、逃げ切れる可能性が高くなる。なので、ここで俺が足止めをするのが適任だろう。

 そして、サクラをログアウトさせる考えは最初からない。このままログアウトさせてしまったら、怯えたままその日を過ごす事になってしまう。現実では家族がいるので一緒にいる事で精神が安らいでいくかもしれないが、これが原因でSTOをやめさせられる可能性がある。

 サクラは物を作りたくて始めたと言っていたのに、それをする事も無く早期引退になってしまうかもしれない。それだけは駄目だな。このSTOの世界でサクラの精神を安定させてから現実世界に戻した方が家族にとやかく心配されずに済む。

「取り敢えず、足止めはしておく」

「いや、オウカ君だと勝てない」

 俺やサクラよりも遭遇した回数の多いらしいアケビは首を横に振る。

「それは分かっている」

 流石にレベル差は実感しているからな。実際初めて相対した際には俺の一撃をいとも簡単にいなし、そして俺の背後を簡単に取る程の相手だ。レベルを上げて敏捷を上げたとしても、多分攻撃は当たらないだろう。それでも少しばかりの時間を稼ぐ事が出来ると思う。

「分かってないと思う。……オウカ君、耐久のステータスに全然手を付けてないでしょ? 十中八九、一撃でやられる。足止めにもならない」

 そこまで、か。流石は自分でモンスターを狩って素材を集める生産職とでも言うべき、か。ただ幸いなのは純粋な戦闘職ではないので、攻撃の手数や威力が劣っている所だな。それだけでもこっちにとっては少しでも延命して足止め出来る重要な事柄だ。

「それでも、だ」

「……なら」

 アケビは軽く息を吐くと、ベルトのバックル部分に左手を翳す。

「来なさい、キマイラ」

 バックルが光り輝き、それが天に向かって伸びて行き、それに呼応して光が空から降り注ぐ。

 石畳の道に落ちた光は獣の形を成していき、頭と胴体がライオン、鷲の翼、蛇の頭が付いた尻尾、後ろ足が馬の生き物がそこに悠然と立っていた。大きさは実物のライオンよりも一回りは大きい。これがアケビの召喚獣のキマイラか。

 こいつに乗って逃げるのだろうか? 敏捷はあるらしいので、上手くいけば撒く事が出来るのかもしれない。

「グルルル……」

 喉を鳴らすと、頭を垂らしてアケビに頭を擦りつけていく。アケビはキマイラの頭を撫でながら命令をする。

「キマイラ、お願い。あの迷惑な奴をオウカ君と一緒に足止めして」

「グワオゥ!」

 キマイラは頭をアケビから離し、雄叫びを上げると俺の横に進み出てくる。キマイラに乗って逃げないのか?

「気休め程度だけど、この子がいればオウカ君だけよりも時間稼ぎは出来る」

 おい、自分の召喚獣を気休め程度とか言うな。キマイラ自身は気にしていないようだけど。と言うか、アケビのレベル上げの際にこいつだけでモンスターを蹂躙したって話だったが、このキマイラでもあの変態コート女には敵わないのか。

「……あとその前に。キマイラ、私達を一度屋根の上に連れてって」

 アケビはサクラを気遣うように抱き寄せたままキマイラの上に乗り、キマイラは翼を羽ばたかせて飛び始める。その際にリトシーが跳び跳ねて背中に乗り、俺はキマイラに首根っこを咥えられて地面にさよならを告げられた。

 博物館の上に着地し、俺を口から離すキマイラは背中に乗っている奴等が下りやすいように身を屈める。

「……ここなら、他の人の邪魔にならない。私と、そしてサクラちゃんがここに来たから多分来ると思う」

 他のプレイヤーへの気配りを忘れないアケビは自力では動けないサクラを背負う。そんな二人の傍へとファッピーは付く。

「私はこのまま下に降りて見付からないように工夫するから、それが終わったらボイスチャット送る」

「分かった。リトシーも付いてってくれ。いざとなったら外に出てあの木のドームを作り出して欲しい」

「しー!」

 リトシーは大きく頷いてくれる。頼もしいな。

「では」

 アケビはサクラを背負ったまま、飛んで来た方とは真逆の方へと降りて行き、リトシーとファッピーも後に続いた。結構な高さから降りて大丈夫か? とも思うが、そこはアケビを信用しよう。会ってまだ二日しか経ってないが同じ境遇のサクラを無碍にするような奴ではないだろうと思っている。その証拠に、自分の召喚獣を俺に貸してくれている。

 シンセ博物館の屋上に残されたのは俺とキマイラの一人と一匹。

「取り敢えず、よろしくな」

「グルルル……」

 互いに軽く挨拶を済ませると、辺りに視線を向けて臨戦態勢を取る。

「追い付いたっ!」

 と、下から四不象に乗った変態コート女が上がってきた。四不象の顔が物凄いしかめっ面をしているのは、したくも無いのに召喚者に律儀に従う自分に嫌気がさしているのかもしれない。本当、お前は苦労してるよ。心の底から同情するよ。

「って、何でお邪魔虫とアケビちゃんの召喚獣しかいないの⁉」

 変態コート女は四不象の背中から飛び降りてきょろきょろと辺りを見渡す。その際に四不象が光となって消えて行った。

 と言うか、お邪魔虫って俺の事か?

「ちょっとそこのお邪魔虫! アケビちゃんとサクラちゃんを何処にやったの⁉」

「答えると思うか?」

「ノー!」

「分かってんなら訊くな」

 返答と同時に俺はフライパンを変態コート女に向ける。

「一応聞くが、どうやって分かった?」

「何が⁉」

「サクラとアケビがいたのを、だ」

「そりゃ、風騎士(笑)が高らかに名前を言ってたからね! それから【十里眼】で虱潰しに捜したの!」

 リースの野郎、と内心で愚痴る。今回はリースのあの大声で居場所が割れてしまったようだ。そして、こいつは【遠視】の上位スキル【十里眼】も持っているそうだ。これがあれば遠くを見る際に双眼鏡要らずになるらしい。厄介なスキルを持ってやがるな。だからアケビがわざわざ顔を隠すような装備をしているのも納得だ。

「兎に角、ここにアケビちゃんとサクラちゃんがいない事は分かった! それじゃ~ね、お邪魔虫!」

 と、変態コート女は踵を返して屋上から飛び降りようとする。

 その隙を逃さず、俺はコマンドウィンドウを即座に表示させ【シュートハンマー】を繰り出す。

 俺の手から離れたフライパンは見事に変態コート女の後頭部にクリーンヒットする。

「いてっ!」

 手元に戻ったフライパンをそのまま握り締めてもう一度【シュートハンマー】を発動。だが、今度は読まれて軽々と避けられてしまい、フライパンは半円を描いて俺の元へと戻ってくる。

「…………何をするのかな~?」

 ゆっくりと顔だけをこちらに向けて来る変態コート女。顔は笑っているが、どう見ても目は笑っていない。そして青筋が浮かび上がっている。

「何って、邪魔」

「何で邪魔をするのかな~?」

「お邪魔虫だからじゃないか?」

 敢えて返答をはぐらかすが、それが気に障ったのか、ビキッと更に皺が深く刻み込まれる。

「そっかそっか~、お邪魔虫だからか~」

 なら、と変態コート女はメニューウィンドウを呼び出し、操作していく。

「……潰してもいいよね~? なにせ虫なんだからさ~」

 そして、一本の槍を装備して穂先を俺に向けてくる。青銅色の柄に紋様が彫られ、返しが同じ側に二つ付いた独特の鏃が先に備えられている。長さは変態コート女寄り二十センチくらい長いか。

「串刺しにするの間違いじゃないか?」

 俺はフライパンと包丁を構え直して更に煽る。

「あはは~、……どっちでもいいんじゃない?」

 その言葉と同時に、槍の先を俺に向けて突き出してくる。俺は咄嗟に避けようと横へと跳び退るが、突き出した槍をそのまま俺が跳び退いた方へと薙いでくる。

 咄嗟にフライパンで槍の柄に底の部分が当たるように防御の構えを取るが、槍の柄がフライパンに当たった瞬間に俺が吹っ飛ばされる。その際にフライパンが音を立てて砕け散り、光となって消え去った。

「ぐっ」

 生命力が一気に死の間際にまで減った。直撃していないのにここまでのダメージかよ。今まで受けた攻撃の中でも一番の威力だ。しかも、それがただの薙ぎ払い。差があり過ぎる。

 背中を打ちつけ直ぐに立ち上がろうとする。

 が、変態コート女が俺の肩に蹴りを入れ、そのまま押し倒して胸の辺りを踏みつけてくる。

「さよなら~」

 そして、軽い口調で槍の先を俺の首へと向けて突き刺しに来る。

「グルアゥ!」

 と、横合いからキマイラが突進して変態コート女を吹っ飛ばし、俺の首に槍が吸い込まれる事は無かった。

「おっと、危ないな~」

 ケロッとした表情で危なげもなく着地した変態コート女。着地する瞬間を狙ったキマイラは爪で切り裂こうと右前脚を薙いだが、変態コート女はバックステップで難なく避け、槍を構える。

「グアゥ!」

 キマイラが一鳴きすると足元に魔方陣が展開される。そしてキマイラの口に黒い靄が収束していき、漆黒の球体を作り上げてそれを変態コート女へと向けて撃ち放つ。多分【初級闇魔法・攻撃】あたりだろう。

 黒い靄の尾を引きながら球体は真っ直ぐに変態コート女へと向かう。

「よっと」

 しかし、変態コート女は避ける事なぞせず、軽く槍で振り払って球体を撃ち返してしまった。

「グアッ⁉」

 まさか跳ね返されるとは思ってもいなかったキマイラは慌てて翼を動かして空中へと逃げる。

「じゃあね~。アケビちゃんによろしく言っておいてね~」

 と、キマイラが飛ぶよりも前に既に先回りしていた変態コート女がにんまりと気色の悪い笑みを浮かべながら槍で一突き。キマイラの額に吸い込まれるように槍の穂先が付き抜かれ、柄の三分の一くらいまで深々と体内に収められてしまった。

「グ……ァ……ゥ……」

 キマイラは弱々しい鳴き声を発しながら、光となって消えてしまった。

 アケビの召喚獣を一撃で仕留めた変態コート女は、着地をするとそのまま俺の方に顔を向けてくる。

「さて、お邪魔虫もそろそろいい加減消えてね~」

 槍を軽々と降り回し、未だに立てずにいる俺目掛けて投げ飛ばしてくる。余りの速さに避ける事は出来ないと瞬時に悟り、少しでも軌道を逸らせればと思い、包丁を目の前に突き出すが、軌道を変える事は出来ず、包丁の刃は砕け散った。

 何事も無かったかのように槍の先が俺の胸へと吸い込まれるようにして突き刺さり、俺の体を貫通していく。生命力のゲージが0となり、体が光に変わっていく。


『Game Over』


『着信:アケビ』


 ゲームオーバーの文字と同時に、アケビからのボイスチャットを受信した。

 どうやら無事に時間を稼げたようだ。

 視界が一度暗転する。



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