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「…………」

「…………」

「…………」

 STOを初めて四日が経った。

 本日も午後一時に無事ログインし、サクラにボイスチャットを飛ばして一度落ち合って役所へと赴き、サクラにクエストを受けさせた。そこから、その後にアケビに連絡を取って博物館前へと移動してそこに集合と言う流れになり、現在三人と二匹は博物館前の道にいる。

 正確に言えば、サクラが俺の後ろに隠れ、ファッピーが横でリトシーと戯れ、アケビが俺の前に立ってじっとサクラを見ている。

 サクラは昨日送ったメッセージの返事をOKと答えた為、本日はこのパーティーで怪盗からの挑戦状を受けるのだが、やはりサクラの人見知りが発動。俺の後ろに隠れて目を合わせないようにしてしまっている。

「しー♪」

「ふぁー♪」

 本日は昨日とは違って青天なり。リトシーとファッピーは陽の光を浴びながら色々動き回っている。

「……あの」

 アケビが隠れているサクラに声を掛ける。

「は、はい……」

「アケビと言います。よろしく」

「さ、サクラ、です。よ、よろし、く、お願い、しま、す」

 握手を求めて右手を出したアケビの手をサクラはおどおどして俺の背後に隠れながらもきちんと握って握手を交わす。……これは先が思いやられるな。

「同性だし、お互いあのリリィって人に狙われてるって共通点があるので、親近感が湧く」

「…………そ、そうです、ね」

 アケビが頭を掻きながらサクラに頑張って話し掛けていく。サクラはあの変態コート女の名前が出た瞬間に涙目を作り、そしてがたがたと震え出したが、俺の服をぎゅっとつかみながら堪えながら首を縦に振る。

 って、ちょっと待てや。

「お前、女だったのか?」

「分からなかった?」

「その姿を見て分かれって言うのは無理がある」

 顔隠してあるし、女性らしい服装じゃないし、全然分からん。まぁ、あの変態コート女の目を欺くにはそれくらいしないといけない訳だが。

「声とかで判断」

「出来ねぇ。声は男とも女ともどっちでも取れるし」

「…………そう」

 何故かしゅんと肩を落とすアケビ。もしかして、声気にしてたとかか? そうだとしたら、失言だったな。

「ぼ、僕は、アケビさん、が、女の人、だって、声、で、分かり、ましたよ」

「……ありがとう」

 本音か気を遣ったのか分からないがサクラの一言でアケビは救われたようだった。

 で、もう一つ疑問があったのでストレートに訊く事にした。

「と言うか、アケビもサクラが女だってどうやって気付いた?」

 サクラはフードで顔隠してるし、影が出来て近くでないと表情が見えない。ローブを着てアケビ同様変態コート女の目を欺くように全身を隠しているのにも関わらずに、だ。

「そりゃ、所作から」

 アケビは淡々と答えた。

「所作か」

「うん。サクラちゃんは女性の動きしてたし」

 所作で判断ねぇ。と言っても、対面した瞬間に俺の後ろに隠れる奴の所作を見て性別を判断出来るのは凄いと思うな。

「……あ、あの」

「ん?」

「そろそろ、行きません、か……?」

 サクラは背後に隠れながらシンセ博物館を指差す。まぁ、早めにクリアしておいた方がいいだろうけど、果たしてサクラがそれの意味を含めて言ったのか、はたまた知らない奴とこれ以上いたくないからかは定かじゃないけど。

「そうだね」

 アケビが頷いて、踵を返して博物館の出入り口へと歩き出す。

「おら、行くぞ」

 俺はじゃれ合って駆け出し始めたリトシーとファッピーに声を掛けて階段を上っていく。サクラもおどおどとしたままだが、ついてくる。と言うか、服を掴んだままだから俺に引き摺られて行く形になっているのか。

「そろそろ離せ」

「え? ……っ⁉ す、すみませんっ!」

 急に機敏に動いてわたわたとしながらダッシュで階段を駆け上ってアケビを抜かすサクラ。サクラは時々動きが早くなるんだが、どうしてだか未だに分からない。それを戦闘時に発揮出来れば被弾数の減少に繋がる気がする。

 リトシーとファッピーも俺を追い越して階段を上り、アケビに軽くタッチして挨拶をする。アケビも首を縦に振って答えた。

「さて、俺も行くか」

 俺も階段を上り、博物館の出入り口前でサクラに昨日アケビと話した怪盗の対抗策を伝えて出現したウィンドウで『はい』を選択してクエストを開始していく。

 結局、パーティーはこれ以上増やさない方向にした。それは運よく怪盗からの挑戦状をクリアしていないプレイヤーを見付けられるか分からないと言うのと、サクラの人見知りに起因する。これ以上見知らぬプレイヤーをパーティーに加入させてしまったらサクラは身動きが取れなくなってしまうかもしれない。それに比例してファッピーがパーティーメンバーに攻撃を加えていく……可能性も捨てきれなかったので現メンバーのみで対処する事にした次第だ。

 館内に入ってから館長が出て来るのは昨日と全く同じで、その後の対応もそのままだった。そして館長に連れられて二階へと赴き、カーバンクルの宝珠の前まで来る。

 唯一違う点は怪盗が盗みに入る予告の時間。昨日の時間は三月二十七日午後三時十五分だったが、今回は三月二十八日午後一時五十三分。どうやらクエストを開始した時刻によって挑戦状の予告日時が変更されるようだ。

 まぁ、そうしないとクエスト進行不可能になるだろうからな。

 で、時間になって俺達パーティー以外が眠り、怪盗が階段を上ってここまで来て、いよいよクエストの開始だ。

 視界に『00:05:00』と出た瞬間に、今回は俺が怪盗を追っ掛けていく。サクラ、アケビ、リトシー、ファッピーはカーバンクルの宝珠を守るように待機。

 今回、アケビが追わずに俺が怪盗を追う理由は残り三分を切った際に蝙蝠を追う役目を持っている為だ。怪盗を追わせずに体力を温存させ、アケビならあの蝙蝠を一定の間隔を開けながら追いかける事が出来るそうなので、分身をさせずにスローな飛行を維持させたままカーバンクルの宝珠に近付けさせないように誘導する。

 そうする事で宝珠を盗られる可能性を低くし、サクラとリトシー、ファッピーが宝珠の前でずっと待機出来るように仕組む。一人と二匹は最悪の事態に備えて怪盗と蝙蝠を追わないようにしており、また回復要員としての役目も担っている。

 俺は足元の警備の人に注意しながら、怪盗の後を追い掛けていく。俺と怪盗の間は一定距離開き、それが縮まる事も広がる事も無い。俺の敏捷はアケビよりも遥かに劣ると言うのに、どうしてだ怪盗に振り払われる事も無く追い続けられている。

 何故だろう? と思うのは、恐らく怪盗の敏捷は追い掛けてくるプレイヤーの敏捷の値に比例して高くなり、そして低くもなるのだろう。あまりにも差があり過ぎると太刀打ち出来なくなるからだろうな。

 でも、アクロバットな動きに変更はなく、絶対に警備の人を踏む事無く、他の展示品に触れずに跳び越えていく。

 俺はそんな事不可能なので、足元注意をしても時折警備の人に蹴躓いて転びそうになったり、その拍子に展示品にぶつからないように体を捻ったりして必死に追いかけていく。

「君も結構頑張るねぇ」

 怪盗はそんな俺をあざ笑うかのように後ろ向きになって後を追い掛けている俺を見ながら走っていく。そしてそのままジャンプして華麗に展示物を避けていく。

 ……何か、おちょくられているようで腹が立ってくるな。

「ほらほら、ちゃんと追いかけて来ないと僕は捕まえられないよ?」

 完全におちょくってるな。開始してまだ一分も経ってないけど、俺の体力は半分。体力の減りを極力遅くする為に全力では走ってないけど、こんな事言われたら本気で行くしかにだろう。

 取り敢えず、メニューを呼び出して二日前に作った生焼けアギャー肉(骨付き)を選択して体力を回復させ、少しでも走れる時間を長くする。

「おっ? 今まで全力じゃなかったんだ」

 怪盗は感心する素振りを見せながらも後ろ走りをやめる事も無く、平気で速度を上げてくる。この野郎、やっぱりおちょくってやがるっ。

 俺は警備の人を平気で踏みつけながら追いかける。時折展示品にぶつかりそうになるが、その際はぎりぎりで避けて事なきを得る。ただ、少しばかり掠ったりをして何個か倒しそうになったが、気にしない。

 ただ、全力で走ると十秒も待たずに体力が一割を切る。このまま走れば体力の値が0になり、怪盗は俺を振り切って宝珠へと向かうだろう。だが、そうなってもカーバンクルの宝珠の前には二人と二匹が守り固めているので(それも、一人は怪盗と同等の敏捷、そして身のこなしを持っている)残り時間が三分を切るまでは容易に盗む事は出来ないだろう。

 まぁ、ここで体力が0になる前にアケビが俺にこんがりアギャー肉(骨付き)を使用して体力を回復させていく。これで回復役がいる限り疲れる事も無く怪盗を追う事が出来る。

「オウカ君、口車に乗せられないで」

 だが、俺に料理アイテムを使用したアケビは意識して低くした声で注意してくる。

「常に全力で走ってたら、料理尽きる」

 要所だけ的確に伝えてくるアケビ。……確かに、アイテムは無尽蔵じゃないからな。それに、生命力や体力と言ったゲージで表示される値を回復させるアイテムは所持制限がある。例えば、生命薬なら10個までしか持つ事が出来ない。

 なので、体力を回復させる料理アイテムも所持制限があり、アケビ曰くこんがりアギャー肉は5個しか持てないそうだ。それ以外にも料理アイテムを持っているらしいが、多くはないそうだ。

 ……頭を冷やすとしよう。怪盗の口車に乗せられて全力で追い掛けたら体力尽きて、蝙蝠が分離した時には俺は行動不能になっていると言う最悪の状態に陥っている可能性がある。そうでなくてもアケビへの負担が大きくなってしまうだろう。そうなると昨日のようにクエスト失敗となる確率が上がってしまう。

 俺は走る速度を落とす。

「あれ? もう疲れたの? 情けないなぁ」

 怪盗が残念そうに俺に言ってきて神経を逆なでしてくるが、それに乗らずに無理のないペースで追い掛ける。実際、怪盗も俺に合わせてスピードを落としているので追う事に対して不利になると言う事はなく、どちらかと言えばペース配分が出来るので若干有利に働いている。

「……さて、こうまでも邪魔をされるとは予想外だよ」

 別に俺自体はあまり邪魔をしていないのだが、唐突に怪盗はそんな事を口にする。ふと時間を確認すれば『00:03:04』となっており、そろそろ三分を切る所だ。

 だとすると、次の台詞は。

「あまり時間が掛かると、起きてしまうからね。そろそろこっちも少し手を変えていくとしようか」

 予想通り。蝙蝠を分離させる前口上だ。

 三分を切り、怪盗から蝙蝠が離れて宝珠の方へと飛んで行く。

「さぁ、ドリット。二手に分かれて戴くとしよう」

「キーッ」

 そこで、アケビが動き出し蝙蝠の前に立ちはだかる。蝙蝠はアケビを避けようと左に進路を変更し、アケビもその後を追う。宣言通り、一定間隔を開けながら足を遅くして追い掛けていく。その御蔭で蝙蝠は加速する事も無く分身もしない。この調子で三分が過ぎれば、無事にクエストクリアだ。

 サクラは宝珠の前で俺とアケビに料理アイテムを使用して体力を回復させていく。リトシーはガラスケースの上に陣取り、ファッピーは少しだけサクラの前に出て蝙蝠を睥睨する。

「……へぇ、ドリットの範囲外を維持し続ける、ねぇ」

 怪盗は俺から視線を逸らしながらアケビを称賛している。

「これは、ちょっと時間来ちゃうかもなぁ」

 怪盗の言う時間とは五分経過の事だろう。こっちとしてもそれが狙いなのでこのまま俺は怪盗を追い掛けていく。アケビは蝙蝠をゆっくりと追い掛ける。

 残り『00:01:37』となり、もう直ぐでクエスト達成となる時、にまさかの事態が発生した。

 蝙蝠が、分身を開始し始めてしまった。

 一匹が三匹、三匹が五匹、そして五匹が七匹となり、移動速度を上げて宝珠へと殺到する。

 アケビは一定間隔を開けて追い掛けていたので、蝙蝠が分身する事はない。原因は一つ、俺だ。

 俺は怪盗を追い掛けていたら、蝙蝠に近付き過ぎてしまった。いや、正確には怪盗に蝙蝠の近くに行くように誘導されたんだと思う。兎にも角にも、これは俺の失態だ。

 アケビは慌てて蝙蝠の一体へと全力で駆け出して捕まえるが、それは残像で直ぐに掻き消えてしまう。一旦は六匹に減ったが直ぐ様また七匹に戻った蝙蝠。減らしても戻るのかよと毒吐きながらも、俺は怪盗から目を逸らせないので加勢に行けない。蝙蝠は追うプレイヤーの敏捷に関係ない速度で飛ぶので俺では太刀打ち出来ない。

「しーっ!」

 一匹の蝙蝠が、遂に宝珠へと近付くが、その際にリトシーが跳びついて阻止するが、簡単に振り払われてしまう。

 続く二匹目をリトシーは止める事が出来ずに、ガラスケースを割る事を許してしまう。外気に晒されるカーバンクルの宝珠。蝙蝠は目をキラリと光らせて宝珠を咥えようとする。

「だ、駄目ですっ」

 そこをサクラが首の辺りに跳びつき、体を張って阻止しようとする。

「キーッ!」

「きゃっ!」

 しかし、蝙蝠が首を振り、サクラを振り払って展示品である甲冑へとぶつける。甲冑はサクラがぶつかった衝撃で倒れてきた甲冑の下敷きとなり、身動きが取れなくなってしまう。その間に三匹の蝙蝠が宝珠へと殺到する。

 このままではまた宝珠を盗られてしまう。

 そう思った時だった。

「ふぁーっ!」

 ファッピーがいきなり大きな鳴き声を上げ、蝙蝠に向かって火を吹き始めた。ファッピーの攻撃は魔法ではないらしいので普通に火として蝙蝠へと向かって行ったが、蝙蝠は火を余裕を持って回避し、そのまま宝珠を咥えようと顎を上下に開く。

 ……が、その顎は閉じる事はなかった。

 その三匹の蝙蝠は焼き払われて掻き消えてしまったからだ。この事から、三匹とも分身であった事が窺えたが、それよりも火の出処が気になった。

 何故なら、ファッピーはもう火を吹いていないからだ。三匹を焼き払った火はとぐろを巻くようにしてファッピーの元へと戻っていった。

 ……えっと、これどういう状況?



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