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「……という訳なんだよ」
椿の話を聞いて、思わず口を閉じる。にわかには信じられないが、嘘を言う必要はないし、事実、なんだろうけど。
「で、お前は本当に自覚も無いしあの時の事も覚えてないんだよな?」
再度椿が俺に問い掛けて来るが、答えはさっきと一緒で変わっていない。
「あぁ、全く覚えてないし、何でそうなったのか分からない」
話を聞いても、全く思い出せない。完全に意識無かったんだろうな。それでも動く俺の身体ってどうなってんだろうか?
そして、話を聞いて一つ思った事がある。
バーサーカーかよ、と。明らかに暴走状態じゃないか。強くなっても、自我が無かったら意味ないよな。敵味方の判別つかないし。
でも、椿の話だと椿とローズだけを……特にローズに対して猛攻を繰り広げていたらしいから、一応敵と味方は区別出来てたみたいだ。
「……お前、ドラマとか映画注意しろよ?」
「は?」
暴走状態の時の俺について考察していると、突然椿が神妙な顔してそんな事を言ってくる。
「何だよ突然」
「いやさ、お前があぁなったのってアケビが【アースチェイン】で縛られたからだろ? もしかしたらドラマや映画で同じような場面見たらなるんじゃないかと思ってな」
「いや、流石にならないんじゃないか?」
「いやいや、分からんぞ? 実際見て見ない事には」
そう言われると……絶対に暴走状態にならない保証はないな。
にしても、暴走状態に陥ったのはアケビが【アースチェイン】で縛られたのを見たからか。
…………あぁ、胸糞悪い事思い出した。
そして、ふと予測立ててしまう。
もしかしたら、暴走状態ってあの時の事が影響してるのか?
そうだとしたら……いや、今は考えるのも、あの時の記憶を思い出すのもやめよう。
頭を振って、思い浮かんで来た記憶を消し去る。
「……まぁ、注意はするさ」
「しとけしとけ」
流石に全く関係のない椿に話す訳にはいかないから、善処する態度だけを見せる。
でも、もしかしたら何時かは話す日が来るかもしれないな。何せ、椿と、それに楓は颯希と出逢ったんだから。
ただ、その時はずっと先になるだろう。颯希があの時の事を口にするとは思えないし、俺自身も今は語る気はない。何かしらで真実を知られて追及されたら、口を割る。話す可能性はそのくらいだろうな。何ヶ月後か、何年後かは分からないけど。
「で、今日は後どうする? またSTOやるか?」
と、椿がDGを片手で持って俺に尋ねてくる。
体調に問題がある訳ではないから、ログイン可能になったら拠点に赴いて、大丈夫だと直接アケビ達に伝える事が出来る。
……けど、そうすると何か無理してるのでは? と変に心配されるかもしれない。そう考えると、大丈夫と告げるのは明日以降にした方がいいかもしれない。
「……いや、今日は止める。アケビにはメッセージ送っとく」
「そっか。まぁ、今日はその方が無難かもな」
椿は軽く俺の肩を叩いてくる。心配、してくれてるのだろうか?
その後はアケビにメッセージを送り、DGではなく一世代前のゲーム機で格闘ゲームをして椿と遊んだ。椿は色々な種類のゲームに手を出しているらしく、俺の家にあるゲームも殆ど網羅していた。で、格闘ゲームはかなりやり込んでいるらしく、俺は全敗した。
手も足も出なかった……訳ではないがいいようにいなされたりカウンターを喰らったりでこちらの体力ゲージがガリガリ削られ、そのままKO。何回かはこちらの攻撃も当たるがこちらのカウンターはことごとく失敗……。
「毎日何時間もゲームしてっからな」
とは椿談。おい、ゲームをするのはいいが勉強もしとけよ。特に宿題。軽く注意をするも目を逸らすだけだった。だから何時も俺がやった宿題を写してるのか。……何か、楓も大変そうだなと少し同情をする。
遊んでいると時間が過ぎるのは早いもので現時刻は六時少し前だ。
「じゃあ、また明日学校でな」
「おぅ」
椿は夕飯を作らねばならぬので帰っていく。夕飯作る時間までには帰ると楓と約束したそうだ。
「…………さて、夕飯作っておくか」
椿を見送り、俺は台所へ赴いて夕飯を作る。あいびきの挽き肉があるので、ハンバーグでも作るか。
玉ねぎを細かく切って、パン粉を入れてかさ増しし、摩り下ろした人参と共に挽き肉と一緒に混ぜる。ある程度混ぜてから塩コショウで味付けをして少し柔らかめに仕立てあげる。
一つ一つ小判形にして空気を抜き、真ん中を少しへこませた物を油を引いたフライパンに並べ、片面に綺麗な焼目が付いたらひっくり返す。両面焼いたら事前に用意していた底の浅い鍋に投入。鍋にはハンバーグの種を作る前にトマトベースのスープを作っていた。
今日はハンバーグはハンバーグでも、煮込みハンバーグだ。これなら生焼けの心配もあまりしなくて済む。事前に表面を焼いたので型崩れの心配もない。
煮込んでいる間にマッシュポテトを作り、野菜物はスープで補えるけど、彩りに緑が足りないでブロッコリーを茹でる。
ハンバーグもきちんと煮え、スープの味も染み込み完成。
取り皿に分けていると母と父が帰ってきた、どうやら今日は早く終わり、途中で一緒になったそうだ。
俺は両親の分のハンバーグも分けてマッシュポテトとブロッコリーも一緒に食卓に並べる。
久方振りに両親と揃って夕飯を食べる。煮込みハンバーグは旨かったがもう少し香辛料を入れてメリハリをつけてもよかったかもしれない。
夕飯を食べ終え、両親と軽く談話してからシャワーを浴びに行く。その前に、部屋に戻って着替えを取りに行く。
「っと」
部屋に戻って着替えを持つと同時に、机の上に置いていたタブフォが鳴動する。
手に取って確認すると、メールではなく電話だった。
「……姉貴?」
そして、電話の主は姉貴だ。一体何の用だろうか? と首を捻りながら電話に出る。
「もしもし?」
『桜花、今日の夜十時にセイリー族の集落の神殿前に来い』
「は?」
『一人でだ』
「ちょっ」
ぷつっと、電話が切れた。本当、唐突だよな姉貴は。
にしても、神殿前に来い、か。この間のように鉱石とかの採掘に付き合わされるのだろうか?
でも、そうだとしたら何で一人でなんだろうか? パートナーは連れて来るなって事だろうけど……。
……考えても分からないので、取り敢えず【サモナー】に設定して姉貴に逢えばいいか。【サモナー】なら連れて歩かなくても済むし、何かあった時は召喚獣に頼ればいい。
そう考えながらシャワーを浴び、出されていた宿題を片付けて時間を潰す。
午後九時五十分。俺はDGを被ってSTOの世界へと向かう。
拠点に出ると、グラゥとグリンは外いるが、前脚に顎を乗せてすやすやと眠っている。ルーネ達小さな子達は拠点の中で寝てるんだろう。
俺は起こさないように静かに、それでいて素早く拠点から出てセイリー族の集落へと赴く。出る際に【テイマー】から【サモナー】に変える。
セイリー族の集落に来ると、それぞれの召喚具を身に着けているのが分かる。召喚獣を喚ぶ時は、これらが光を放ってあいつらを喚び出せるんだろうな。
と、考えながら俺は神殿へと向かって歩を進める。
「来たか」
神殿の前には既に姉貴がいたが、パートナーのギーファの姿はない。
「で、何の用だよ姉貴?」
軽く肩を竦ませながら姉貴に俺をここに呼び出した尋ねる。
すると姉貴はつかつかと俺の前まで歩いて来て、俺の手首をがっしり掴んでくる。
「……少し付き合え」
俺に拒否権はなく、姉貴に引き摺られるように連行される。




