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召喚獣の暴走?
「おい、確か博物館内じゃ召喚獣は呼べない筈だろ?」
ツバキが片眉を軽く上げながら怪盗に告げる。館内は展示品の配置によって魔法陣を敷き、中で魔法やスキルアーツ、召喚を出来なくしている。
なので、本来なら召喚獣が博物館内にいる事は有り得ない。それはチェインクエストで館長から訊いた事だし、隣りにいるアケビが一番身を持って分かっている事だ。
「それについては、最悪の事態が発生してしまってね」
怪盗はツバキの言葉に重い息を漏らす。
「現在、博物館内にあってはならない物があるんだ。名前は【破魔の朱水晶】。その名の通り、魔法を壊す効果がある」
魔法無効系のアイテムが存在するのかよ。
「……と言う事は」
「【破魔の朱水晶】によって、封印の魔法陣が効果を無くなってしまった訳なんだ」
だから、召喚獣が呼び出されてしまったって訳、か。
「【破魔の朱水晶】による効果は博物館側の者にも充分に知れ渡っている。故に、館内に持ち込まないように徹底してるんだ」
「じゃあ、どうして今博物館の中にあるんだ?」
「……意図して持ち込まれたんだ」
苦々しげに怪盗は息を整えながら語る。
「安心して欲しいのは、館に勤めている誰かが持ち込んだ訳ではない。そして、僕でもない。第三者が気付かれないように持ち込み、魔法陣を無効化した」
第三者……何かきな臭い話になってきたな。と言うか、どうして怪盗はそこまで知っているのだろうか? と訊けば、怪盗はすんなりと答えてくれた。
「偶然、近くを通って爆音を訊きつけてね、そこでその第三者と暴走した召喚獣、そして【破魔の朱水晶】を目にしたんだ」
成程、偶然通りかかったのか。怪盗はもしかしなくても、シンセの街の住人か? 流れ者の可能性もあるけど。
「暴れている召喚獣を鎮めようとしたのだが……見ての通り、返り討ちに遭ってしまった」
怪盗は自分の姿を見て、苦笑する。
「つーか、今暴れてる召喚獣って何だ? カーバンクル……な訳ねぇか」
ツバキが首を傾げながら怪盗に問う。流石にカーバンクルはないだろ。いくらカーバンクルの召喚具が手に入るクエストだからって、そんな安直な答えは返ってこないと思う。
「いや、その通りなんだ」
マジかよ。その通りなのかよ。
カーバンクルって、以前ローズが召喚したのを見たけど、明らかに支援型っぽかったぞ? 見た目的にも能力的にも。
そんなカーバンクルが怪盗とドリットを吹っ飛ばすなんて考えられないんだが……。
「【破魔の朱水晶】の影響を半端に受けて強制的に召喚。暴走状態になってしまったみたいなんだ。このままだと取り返しのつかない事になってしまう。そうならない為にも、どうか協力して欲しい」
怪盗は俺達に改めて頭を下げ、助力を乞うてくる。
「取り返しのつかない事ってのは、人命が危ないって事か?」
「そちらは問題ない。ドリットで眠らせて、僕らで被害の及ばない場所まで移動させたからね」
ドリットでわざわざ眠らせたのか。そのまま避難誘導した方が楽だったと思うが、そう出来ない理由でもあったのか?
と訊く前に、怪盗が口を開く。
「取り返しのつかない事とは、カーバンクルの事なんだ」
一泊置き、怪盗は今現在カーバンクルが置かれている状況を俺達に説明する。
「召喚者がおらず、無理矢理の召喚では箍が外れる。加減なんて出来ず、力尽きるまで暴れてしまう。力を使い果たした召喚獣は、消滅してしまう。元の場所に還るのではなく、文字通り存在が消えてしまうんだ」
存在が消える……つまり、死ぬって事か?
「だから、頼む」
深々と頭を下げる怪盗。
正直に言えば、断る理由なんてない。
単にクエストを終わらせる為と言うだけではない。
無理矢理に召喚され、自分の意思とは関係なく暴れてしまっているカーバンクルを救う為に、な。
博物館内で今も尚被害を出し続けているカーバンクル。だが、一番の被害者はカーバンクル自身だ。
それとなくサクラ達に視線を向ければ、それぞれはもう答えを決めていた。
「勿論です」
「助ける」
「だよなぁ、可哀想だし」
全員、怪盗の頼みを引き受ける所存だ。
「びーっ」
「れにーっ」
スビティーもフレニアも、力強く頷いている。
怪盗が罠を仕掛けてる……なんて誰も思っていない。
少なくとも、そう言う事をする奴ではない事を分かってるからな。
「で、俺達はどうすればいいんだ?」
俺は【生命薬】を怪盗に使い、
「ありがとう。……君達はドリットと一緒にカーバンクルの気を引いていて欲しいんだ。その間に僕は【破魔の朱水晶】を壊して、封印の魔法陣を直す。魔法陣の効果が戻れば、召喚獣を強制的に戻す事が出来るからね」
成程、怪盗に気を向けないようにすればいいのか。一定時間経過するまで耐えればいいのか? もしくは、時間経過はなく怪盗の作業が実際に終わるまでって感じになるのか。
「今、館内では魔法もスキルアーツも、そして召喚も出来るようになってるから、戦闘においてそこまで不自由はしないと思う。けど、カーバンクルの方も魔法やスキルアーツを使ってくるから注意してくれ」
怪盗は俺達にそう告げると、ドリットの方へと向く。ドリットは少し前に意識を取り戻し、よろよろとだが無事に立ち上がっている。
「ドリット、彼等と一緒に頼んだよ」
「キィ」
ある程度傷が回復したドリットは一鳴きすると、俺達の傍へと飛んでくる。
「じゃあ、行くよ」
怪盗の合図と共に、俺達はドアが吹っ飛んだ入口から館内へと入る。
中に入れば、展示品が悲惨な事になっている。
歴史的価値のある物なのだろうが、根元から折れたり粉々に砕けたり、天井から落ちてしまったシャンデリアの下敷きになっていたりと様々だ。
それらを視界の端に収めながら、【カーバンクルの宝珠】が展示されているフロアへと向かう。この間に誰も人を見ないので、怪盗の言う通り避難されたんだろうな。
で、いざ二階に上がると中央にカーバンクルがいて、入ってきた俺等を睨んでいる。
このカーバンクル、通常のカーバンクルとは見た目が異なっている。
額に赤い珠が埋め込まれて、水色の体毛を有した兎のように耳の長い猫みたいな生き物、というのは同じだけど毛並みは酷く荒れ、所々逆立ってくすんでいる。眼も愛らしさは微塵も無く野生の肉食獣のような鋭い眼光を放っている。
そして、額の赤い珠は少しひびが入り、中で色がうごめいている。薄い赤を深紅がかき回すような、そんな感じの動きだ。これが暴走状態のカーバンクル、か。見てて痛々しいな。
「ギュゥゥ!」
酷く枯れた声で鳴き、カーバンクルは自らの目の前に魔方陣を描く。
現れた魔法陣から、光線が放たれる。【フラッシュレイ】とは違うな。もしかして中級以上の攻撃魔法か?
魔法陣が出た瞬間に、全員が反射的に軌道から逃れるように動いたから直撃はしなかった。流石に光相手に見てから避けるのは無理だ。因みに、サクラはアケビが手を引いて軌道上から逃れた。
で、光線の当たった床に綺麗な穴が開いた。結構な威力を誇っているな。直撃だけは何としても避けないと。
「ギュゥゥゥゥゥゥ!」
カーバンクルは更に魔法陣を描く。
それも、四つも。
魔法陣はそれぞれ俺、サクラ、アケビ、ツバキの方を向いてる。
あ、これヤバいかも……。




