129
流石に、こんな状態のサクラを連れてボスに挑む真似は出来ないので、少し広い場所に移動して小休止。一応、北の森にも道から続くセーフティエリアが存在しており、ここもその一つだ。なので、モンスターが襲い掛かって来る事はない。
で、サクラが落ち着いた所で移動を開始。他プレイヤーと合わないように剣戟や魔法の爆音が聞こえる方は迂回しながらボスを目指す。
「本当に大丈夫?」
「はい……その、迷惑掛けてすみません」
アケビが並んで歩くサクラに心配そうに問い掛け、サクラはやや俯きながら謝ってくる。
「ううん。迷惑じゃないけど……」
アケビが困ったように頬を掻く。どう声を掛けたらいいか考えあぐねてるな。実際、おれも迷惑とは思ってない。サクラの人見知りを承知のうえでパーティーを組んでる訳だし。直ぐにどうこう出来る問題じゃないから気にする事はない。以前アケビが言ってたように少しずつ治せていければいい。あまり焦ってもいい結果は出ないんだし。
ただ、そう率直に言っても今のサクラには余計な重荷になる気がする。
「まぁ、あれは仕方ないだろ。あんだけ怖い顔だったんだからな」
なので、少しばかりサクラに正当性を持たせようと矛先を先程会った三人組に向けてしまう。あの威圧感のある顔じゃ、人見知り云々以前に引く人は引し、怖がる人は怖がる。ただ、正当性を持たせる為に悪役のような扱いにしてしまったから後でゴダイ達、特にアサギリにはさっきのと合わせて謝罪しないとな。
「それは一理ある。私も怖かった」
俺の言葉にアケビが何度も頷いてくる。どうやら、何時もより硬い口調だったのは怖かったからのようだ。表面上は何時もと変わらなかったが、内面では冷や汗でも掻いていたのかもしれない。
「みー……」
「びー……」
俺の隣を歩いてるパルミーも飛んでるスビティーも弱々しく鳴きながら頷く。うん、お前達は分かってたよ。
でも、顔が怖くても悪い奴じゃない。それは分かる。サクラの様子を見て嫌な顔一つせず……もしかしたら兜被ってからしたかもしれないけど、気を遣って自分達から離れて入ったし。
本当、今度会ったら謝罪だ謝罪。いや、会うって受け身な姿勢じゃなく自分から見付けて謝罪に行かないとな、うん。それが礼儀ってものだと思う。
「…………でも」
俺達の言葉を聞いてサクラは俯きながら口を開く。
「あの人達に、悪い事をしました」
更に俯くサクラ。それを隣を飛んでるフレニアが宥めるように肩に胸鰭を置く。どうやら、結構気にしてるようだ。そう思うなら、直ぐには無理だけど直接自分の胸の内を伝えるべきだな。
「悪いと思って」
るなら、と続けようとしたら。
「「「あ」」」
「「あ」」
茂みから出てきたゴダイ達と早い再会を果たした。
「「「「「……………………」」」」」
気まずい沈黙がここら一帯を支配する。サクラは案の定アケビの後ろに隠れてしまう。ゴダイの肩に乗っているカギネズミだけは可愛らしく首を傾げている。どうやら状況が分かっていないようだ。少し羨ましい。
「……よっ、また会ったな」
沈黙が痛かったので、話し掛ける事にした。
「そうだな。オウカ達はまだボスん所に行ってなかったのか?」
「あぁ。今向かってる所だ」
「そうか」
「…………」
「…………」
……会話、終了。間が持たなかった。
やばい、どうする? さっき会ったら謝罪するって心に決めてたけど、謝るに謝れないぞ。サクラいるし、空気凄い気まずいし。
「……じゃあ、俺達はこれで」
空気に耐えかねてか、はたまたこちらに再度気を遣ってか、回れ右をしてゴダイ達が去って行こうとする。
「…………あ」
それを。
「……あ、あのっ」
アケビの後ろに隠れていたサクラが少しだけだが前に出て呼び止める。俺とアケビはつい軽く目を見張ってしまう。まさか、サクラがゴダイ達を呼び止めるとは思わなかった。
「何かな?」
身体をこちらに向き直したゴダイは怯えさせないようにか、出来るだけ声音を優しくしてサクラに問い掛ける。
サクラはビクリと震えるが、それでもアケビの後ろに隠れ戻ろうとせずに、僅かに一歩前に進み、答える。
「先程は、今も、ですけ、ど……ごめん、な、さい」
震える声だが、必死でゴダイ、アサギリ、ツツジノに顔を向けて謝る。
「……えっと?」
何に対して謝っているのか分からず、ゴダイは僅かに首を傾げ、兜越しに頬を掻く動作をする。それを見てサクラは慌てて何に対して謝罪をしたのかを口にする。
「僕の、所為で、気、を悪く、させ、てしまっ、てっ」
「……あー」
一生懸命紡いだサクラの言葉を受け、理解したゴダイが手をぽんと叩く。
「いや、別に俺達は気にしてねぇぞ」
そして手を顔の前で振りながら首を横に振る。アサギリとツツジノも同意とばかりに頷いている。
「つーか、どっちかってぇと謝んのは俺達の方だしな。ほら、兜外して怖がらせちまったじゃん。主にアサギリが」
頭を掻きながら、ゴダイはアサギリを指差す。
「お前も充分怖いと思うが?」
「おめぇより怖くねぇって」
ゴダイの言葉を受けてアサギリが軽く反論するが、ゴダイは普通に言い返す。
「いや、見方によってはゴダイの方が」
「いやいや、十中八九誰から見てもおめぇだって」
「いやいやいや」
「いやいやいやいや」
段々とだが、ゴダイとアサギリの語気が強まっていく。互いに気にしているようだが、なら傷を抉るような言動は止めた方がいいと思う。
「僕に言わせれば二人共怖い顔つきだけどね。この間だって、素顔見た子供が一目散に逃げていったし」
三人の内で唯一顔の系統が違うツツジノが肩を竦ませながら更に傷を抉りに掛かる。そんなツツジノに対して二人は同時に顔を向け、一言。
「「うっせぇ童顔野郎」」
「童顔て言うなっ!」
ハモったゴダイとアサギリの放った言葉に、ツツジノは語気を荒げながら二人に掴みかかる。ツツジノは自分の顔にコンプレックスを持っているようだ。しかし、ゴダイとアサギリは慣れた様子で簡単に回避する。
「童顔を童顔って言って何が悪ぃんだ?」
「俺達と同い年なのに中学生に間違われる幼い顔してるんだ。童顔だろう童顔」
先程言われた意趣返しか、童顔を連呼する二人。
どうやら、ツツジノは見た目よりも年が上らしい。と言うか、ゴダイとアサギリ、ツツジノは同い年か。と言う事は高校生……いや、大学生とか? ただ、VRだから正確には分からない。顔とか身長とか好きに変えられるし。少なくともツツジノに関しては恐らく顔は実物と同じで、三人は中学生ではない事は分かったが。
「だ、か、らっ! 童顔って言うなよっ! 老け顔っ! ヤクザっ!」
「「んだとゴラァ‼」」
童顔と連呼されたツツジノは負けじと言い返すと、どうやら二人の逆鱗に触れたらしい。そのまま三人で一対二の取っ組み合いを始めてしまう。
「誰の顔が老けてるっておい⁉」
「俺はヤクザじゃない!」
「僕だってもう二十歳だっ! 中学生じゃないっ!」
「俺も二十歳だよ! まだ若ぇ! こっちのヤクザ顔と一緒にすんな!」
「俺とお前達は同い年だろうが! 俺よりもお前の方が老けて見える!」
「僕からすれば二人共同じだよ!」
「「うっせ童顔!」」
「うるさい強面っ!」
体格差もある筈だが、ツツジノはゴダイとアサギリのタッグ相手に互角の戦いを繰り広げている。それも、真正面から。躱すとか避けるとか、そんな行為は一切せずに三人とも殴る蹴る掴む肘打ち頭突き……と正に血が昇ったもの同士の喧嘩と言った感じだ。全身甲冑だからガシャガシャと音がやかましいし、頭突きなんかしたら逆に自分にダメージ入らないか? グワングワン揺れると思うんだが?
「「「上等だゴラァ‼」」」
あと、途中から一対一対一に変わった。もう混戦入り乱れて凄まじい泥試合(?)と化している。そして何気にこの三人が二十歳ってのが分かった。多分、大学生なんだろうな。
このままだと生命力が削れて、三人とも死に戻りしてしまう気がするんだが、正直に言えば、止める勇気はない。止めようとすれば、何か矛先がこちらにも向かいそうな勢いだ。障らぬ神に祟りなし。
まぁ、ここまで壮大な喧嘩をしてるが、今までもパーティー組んできてるみたいだし、三人の仲は悪くないと思う。喧嘩する程仲がいいって言葉があるし。
「ちゅー」
「みー」
「びー」
因みに、取っ組み合いが始まる寸前にゴダイの肩から脱出したカギネズミはパルミーとスビティーの方へと向かい、何やら身振り手振りを交えながら話を始めている。
「ちゅーちゅー」
「みーみー」
「びーびー」
絶賛乱闘中の三人とは打って変わって、こちらの三匹は非常に和やかなムードに包まれている。物騒な音が響き渡っているのに変わりはないんだけど。
「「…………」」
で、サクラとアケビは身を固くして三人の喧嘩を凝視している。身の危険を感じてるとか、そう言うのではなく単に驚いて硬直してしまっているように見える。
「……れにー」
フレニアはサクラの横で溜息を吐いていたりする。
幸か不幸か、ゴダイ達が盛大に喧嘩を始めた結果、先程の気まずい空気は霧散した。




