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 牛頭野郎に担がれたまま、俺は落ちてきた場所へと連行された。そこではもう普通にしているサクラと、きょとんとしているスビティー、少し緩和されているが眼が据わっているフレニア、そして無表情のカンナギが待っていた。

「主、言われた通りにこの馬鹿を連れ戻してきた」

 牛がカンナギに向かって畏まる。どうやら、こいつもカンナギの召喚獣みたいだな。あの毛むくじゃらの真の姿……って訳じゃないな。あれとは別の召喚獣か。

 と、そんな事は今どうでもいいか。

「……そろそろ離せ」

「ふん」

 邪魔されてイラついている俺の声に牛頭は仕方がないとばかりに俺をようやく解放する。

 で、俺は放り投げられた。文字通りに。首根っこを掴まれて前の方に。飛距離が短すぎて受け身が取れず、顎を強打した。で、微妙に生命力が減った……。何か、踏んだり蹴ったりだな。あの変態コート女を排除出来なかったし、こんな事で生命力が減るし。下手をすると、あの様子からまた出逢ってしまう可能性がある。あいつの様子から、サクラとアケビを捜しているようだったし。

「……………………はぁ」

 思わず、深い溜息が漏れてしまう。

 …………いや、物事は前向きに考えるか。あれがログアウトしたから、少なくともここでサクラと遭う事はない。再ログインにも時間が掛かるから、その間は完全に安全だからいいか。

「あの……オウカさん?」

「……何でもない」

 寄ってきたサクラに首を横に振り、立ち上がって後ろにいる筈の牛野郎へと首を向ける。

 が、もうそこには牛はいなかった。正確に言えば、光になって最後の一雫が天に昇る様が見えた。御臨終……ではなく召喚時間が終わったか、カンナギが自主的に戻したか。多分後者だろうな。

『さぁ、先に進もう』

 と、カンナギから俺とサクラにそんなメッセージが送られてきた。

『折角の新しいエリアを進まずにいるのは勿体ないからね。モンスターが出て来ても、私が先に戦って君達でも大丈夫か確認も出来るし』

 メッセージの送り主の方を見ると、やはり無表情だがどこかそわそわしている。まぁ、現実で風邪を引いているにも関わらずアップデート後のSTOを楽しみにしていたらしいし。

「……そうだな」

「そうですね」

 俺達は頷いて唯一ある道を進んで行く。登り終えて先程まで変態コート女がいた場所まで来て、そこから別の場所へと続く道へと向かう。

 同じように広い場所に出て、別の道を行き、また広い場所に出るの繰り返しだ、俺達は山頂を目指すべく上へと続く道を選んで進む。

「あの、オウカさん」

 進んでいると、サクラが俺に話し掛けてくる。

「何だ?」

「先程会ってた人は誰ですか?」

「………………………………」

 僅かに首を家事げながらのサクラの素朴な疑問に、俺は一瞬沈黙する。

「…………見たのか?」

「あ、いえ。見ていた訳じゃないです。何時の間にかオウカさんがいなくなってて、カンナギさんに訊いたら『今ちょっとあっちの方で他のプレイヤーと話してる』と言われたので」

 どうやらサクラは変態コート女を見ていないようだ。俺が連れて行く寸前までしゃがんでいたから大丈夫と思っていたが、今思えばサクラが正気に戻って見られる可能性があるのを失念してた。

 まぁ、それも杞憂に終わったが。その代わりにカンナギが俺が誰かと話していると暴露してしまった。流石に『地獄耳』スキルで事の顛末を訊いていたので、サクラにはどのようなプレイヤーと遭っていたかまでは言っていないようだ。

 しかし、これはどう答えるべきだ? 絶対変態コート女と遭っていた、とは言えない。

「……知り合いだ」

 逡巡して、こう答えるしかなかった。嘘は言っていない。

「お知り合いですか」

「あぁ、まさかここで遭うとは思ってもみなかった」

「お友達ですか?」

「友達じゃない。断じて違うっ」

 あんなのと友達だと思われるのは死ぬ程嫌なので即座に否定する。

「そ、そうですか」

 少し語気を強めで言ってしまったので、サクラは肩を少しびくつかせた。驚かせてしまったか。

「悪い。驚かせて」

「あ、いえ……。えっと、その人は」

「もうその話は無しにしてくれ」

 再び質問してきたサクラに溜息交じりに釘を刺す。最初からこう言っておけば質問はされなかったか?

「はい……」

 で、そのまま沈黙が暫く続く。カンナギもメッセージを送って来ないし、スビティーもフレニアも一言も発しない。話題が無いとここまで誰もが無言になるか。今歩いている場所は変わり映えのしない所だし、モンスターすらも出てこない。

 ここら全域はセーフティエリアなのか?

 と、思っていたがそれは違う事を思い知らされる。

 かれこれ三十分は歩いた所で、目の前にある広場に一体のモンスターが佇んでいるのが見て取れた。俺達は広場に入る一歩手前で止まってそいつを確認する。

 見掛けとしては……ホッピーに酷似してる。が、それはあくまで外見だけ。毛は妙に刺々しく、ホッピーには無かった手が二つ存在する。その手に備わっている三本の指の先には鋭利な爪が備わっている。

 あと、一番ホッピーと違うのは大きさだ。言ってしまえば、俺よりもデカい筈だ。二メートル……いや、二メートル五十センチはありそうだなおい。

「大きいですね」

『でっかいどー』

「びー……」

「れにー」

 俺達は目の前に聳える巨大ホッピーを軽く見上げる。クルル平原で遭遇したホッピーが本当に可愛く見えてしまう程の大きさだ。それでもこいつよりもデカいモンスターと戦った事があるのでそこまで驚きはしないが。

 それにしてもこの巨大ホッピー、どうしてだか目の前の俺達を襲ってこない。こちらとしては有り難いが、これって近付くと襲い掛かってくるパターンだよな。広場に入ったら即戦闘って感じがする。安全に進む為には迂回して行った方がいいんだが。

「……げ」

 後ろを振り返って先程通過した、下の方にある広場に目をやると、そこにもモンスターが一体佇んでいた。見た目はクルルの横穴にいたミニゴーだ。結構遠くから見てるからミニゴーと同じくらいの大きさに見えてしまうが、それは錯覚。あれもミニゴーなんかよりも数倍デカい。そして腕に至ってはかなり太く、あれの一撃を受けたらそのまま場外へと吹っ飛ばされて死に戻りしそうだ。

 このまま戻ると、あの巨大ミニゴー……いや、デカいからもうゴーレムって言っていいのかもしれない。兎にも角にもあいつとの戦闘になってしまう。

 単純に考えれば、後方のゴーレムよりも前方の巨大ホッピーと戦った方がマシだな。ホッピーは最序盤の敵で、ゴーレム……と言うよりもミニゴーはその次の場所のモンスターだし。あと大きさ的な問題でホッピーの方が攻撃力は無さそうだ。

 まぁ、それでもホッピーよりは確実に強い事が窺えるし、俺やサクラが敵うかと言ったら分からないの一言。もしかしたら勝つかもしれないし、逆に瞬殺されるかもしれない。

『私に任せな』

 でも、今回はソロイベント一位の実力を誇るカンナギが一緒にいるから簡単には負けない筈だ。

『ちょっと叩っ切ってくるから。君達はそこでお茶でも飲んで待ってなさいな』

 カンナギは広場へと足を一歩踏み入れる。

「ブギュー!」

 すると、巨大ホッピーがカンナギへと向かって跳び跳ねてきた。そのまま手を薙いで爪で切り裂いてくる。が、カンナギはそれを危なげもなく軽くしゃがんで回避する。

 この巨大ホッピー、速いな。今まで見てきたどのモンスターよりも。ホッピーだと侮って挑んでいれば、あの一撃で結構なダメージを喰らうか、そのまま場外に飛ばされて落下するな。

「ブギュギュー!」

 爪での攻撃を回避された巨大ホッピーはしゃがんだカンナギに向けて今度はその場で一回転して尻尾を叩きつけてくる。それをカンナギは慌てる事も無く姿勢を低くしながら前方に駆けて回避。尻尾で叩きつけられた場所は岩盤が砕かれ、破片が飛び散る。

 岩が砕かれたのは俺達の真ん前だったので、破片がもろにこちらに飛んでくる。俺は急いで回避行動に出ようとするも、距離が近過ぎて足が動く前に直撃を受けてしまうだろう。サクラ達も同様だ。

「ふんっ!」

 だが、突如光が降り立ち、そこから現れた牛野郎が手に持つ金棒で全ての破片を防いだ御蔭で俺達はダメージを受けずに済んだ。

「ありがとう。助かった」

 先程は邪魔されたが、今回は助けられたので素直に礼を述べる。

「あ、ありがとう、ござい、ます」

「びー」

「れにー」

 サクラ達も牛頭に礼を述べる。ただ、サクラは腰が抜けたようでその場にへたってしまっている。もう少し遠くに避難した方が安全なんだが、この状態だと担いで連れていく事になりそうだな。

「気にするな」

 牛頭は僅かに振り返ってそう言って直ぐにカンナギと巨大ホッピーの方へと向き直る。

「主、力を貸した方がいいか?」

 未だに素早い動きで攻め続けている巨大ホッピーの攻撃を掻い潜っているカンナギに牛頭は確認を取るが、カンナギは首を横に振る。どうやらカンナギ一人で大丈夫らしい。

 巨大ホッピーが尻尾で叩き付ける度に地面の岩盤が砕かれ、その破片は動き続けるカンナギに当たる事も無く、そして牛頭によって弾かれるので俺達に当たる事はない。少なくとも、牛頭がいる間は俺達は安全か?

「主よ、なら早い所その異形を倒せ」

 破片を弾きながら牛頭は召喚者であるカンナギに催促する。そう言えば、叩き切るとか言っておきながらカンナギの手には武器が握られていない。もしかして装備し忘れ……って、そんな初歩的なミスをする訳ないか。

「ブギュー!」

 巨大ホッピーがまたもや爪でカンナギを切り裂こうと薙いでくる。対するカンナギは今度は避ける事はせず、代わりに右手を左の袖の中に一度通し、一気に振り抜いた。

 振り抜いた右手には、刀が……いや、大きさ的には太刀か? が握られており、振り抜かれた太刀は巨大ホッピーの爪を弾いた。

 あれがカンナギの武器か。見た目に寄らず大味なのを使うんだな。

 …………って、ちょっと待て。あれ本当に太刀か?

 俺はカンナギの手に握られている武器を注視する。

 鍔が無く、刀身の幅は柄よりも数倍あり、やや湾曲している。刃は片刃。これだけなら確かに太刀? とでも見えるんだが柄が長めに作られているから薙刀なのかもしれない。いや、薙刀にしては柄が短いか。刀身と同じくらいしかない。俗に言う斬馬刀って奴か? 実物を見た事が無いから断言出来ないが……どうしても形状が……。

 俺は自分の武器を一度見て、再びカンナギの武器に目を向ける。

 柄の位置といい、形状といい、柄は長いけど見方によっては包丁に見えるんだが……。



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