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十分くらい休んでから集合場所へと向かう。
流石にアップデートが終わってからそれ程時間が経ってないからか、はたまた漸くログイン出来るようになったからかプレイヤーの数が多い。そして自分と同じように複数のパートナーを連れて歩いているのもちらほらと見受けられる。その誰もが、表情を緩ませてパートナーと手を繋いだり肩や頭に乗せて歩いている。
東門へと近付くごとにプレイヤーの数は更に多くなっていく。人混みではぐれないようにリトシーを抱え、その際にスビティーが俺の頭に乗っかってくる。少し頭が重いが、まぁ、はぐれるよりはマシだ。
人の間を縫うように進み、東門へと辿り着く。人でごった返しになり、何処にサクラ達がいるのか分からない。
「しーっ!」
「こっちだこっちー!」
すると、頭にリークを乗せ跳びはねながら手を振るツバキの姿が見えた。門番の隣りか。門番の持つ武器を目印にそちらへと突き進んでいく。
「よぉ、オウカ」
無事に到着するとツバキが片手を上げて挨拶をしたので、俺も真似する。
「しー♪」
「しー♪」
ツバキの頭の上からリークが跳び降り、そしてリトシーも同様に降りて互いに近付き、久方振りの再会を喜んだ。
やはり、俺が最後のようでサクラとアケビはもう到着済みだ。今は少し離れた所で久しぶりに見たカエデと話をしている。カエデの装備もイベントの時とは違って袴姿だ。袖が邪魔にならないように紐で結わえ、金属の胸当てと肩当て、背中に矢筒と弓が背負われている。そして何故かブーツ着用。流石にゲームの中と言う事で装備の至る所に花をちりばめたような意匠が施されている。
で、三人は話に盛り上がっているらしく俺に気付いていない。俺を迎えたのはツバキと、もう一人。
こちらは雪のように真っ白な長髪を左肩に掛けて前に持って来てゆったりと結わえられている。瞳は金色で、肌も色白だ。薄く紅が塗られた唇は閉じたまま、瞼は少し細められて表情はないが、整った顔立ちで一見すれば人形とも思えてしまう。色々な意味で。
服装は……巫女のようなもの。ようなものの理由としては本来白い所が黒く、赤い所が青と彩色が変わっているからだ。ツバキやカエデと違って、金属の防具は身に着けていない。そして靴でもブーツでもなく、足袋と草履を履いている。
「オウカも会うの初めてだろ? 俺達のパーティーリーダーのカンナギだ」
「…………」
ツバキの紹介を受けて真っ白な髪の女性プレイヤー――カンナギは一歩前に出て頭を下げる。
カンナギ。……訊いた事ある名前なんだが。それも、結構最近。直接的な関わりはないって筈だし、訊いたじゃなくて見た事あるか?
……あ、思い出した。
「カンナギって、この間のソロイベント一位のか?」
「そうそう。まさかパーフェクトクリアするとは思ってなかったんだけどな」
ははは、とツバキは軽く笑う。当の本人は無表情のままだが。
リースを抑えて一位。ソロイベントのポイント3000は全てのダンジョンをミス一つなくクリアした証だ。リース曰くダンジョンの内容は変わらないらしいので、一つのダンジョンで500ポイント取る為に何度も挑戦して傾向を掴み、死にもの狂いで達成したのかもしれない。
そんな凄いプレイヤーが、まさかツバキ達のパーティーリーダーをやっていたとは思わなかった。
「オウカだ。よろしく」
「…………」
俺も一歩前に出て頭を下げ、握手を求めて右手を差し出す。カンナギは無言で俺の右手を掴む。
「…………」
数秒握り合った後、カンナギから離して先程までいた位置まで静々と戻っていく。無言のままで。口を一切開かないで。無表情のままで。
「おい、ツバキ」
「何?」
俺はツバキを手招きで呼び寄せ、小声で尋ねる。
「こいつもサクラと同じく人見知りか?」
正直、ここまで無口で無表情だと逆に緊張のし過ぎでそうなってるのではないかと疑いたくもなる。その緊張と言うのも人見知りが原因じゃないか? サクラの場合は挙動不審になるが、人によってはガチガチに固まってしまったり、口数が極端に減ったりする。
「いやいや、違うから。別にカンナギは人見知りじゃないよ」
だからそうツバキに尋ねてみるも、軽く笑いながら手を横に振り否定する。
「じゃあ、何でずっと黙ってるんだ?」
「風邪で喉やられて声出すのがしんどいんだと」
「ここゲームの中だよな?」
現実世界なら辛いのは分かるが、ここはSTOと言うゲームの中だ。風邪の症状などの身体的な影響まで持ち込めないのは分かっている。なので、別に声を出しても平気な筈なんだが。
「現実世界に戻った後の事を考慮してるんだとよ。ここで普通に声出した後に現実世界に戻ったら普通に声を出しそうになるから、ここでも極力声を出さないようにしてる……ってメッセージがここに」
疑問に思っているとツバキが説明してくる。その証拠とばかりにツバキ宛に送られてきたカンナギのメッセージを俺に見せてきた。確かに昨日から質の悪い風邪を引いたから云々と書かれている。
だから、声が出せない事は分かった。分かったが……。
「風邪引いてるならそもそもゲームするな、と言いたいんだが」
「寝てるだけだと暇なんじゃね?」
「それでも適宜水分や栄養を補給しないと体に悪いぞ」
風邪を引いていると、種類によるが汗はかくし、鼻水だって出る。カンナギは喉をやられているそうだから喉が乾燥しないように水分が必要となってくる。マスクをして湿度を保っても、結局水分が出て行くことに変わりないからな。水分の他にミネラルとかも必要になって来るし、栄養の補給も大事だ。
DGを被ってゲームをする都合上、前世代のテレビゲームや携帯ゲームと違って、ゲームをやりながら食べたり飲んだりとする事が出来ない。ゲーム内でやる事は出来るが、あくまで仮想世界での事なので現実の体に影響しない。
だから、風邪を引いている時はあまりVRゲームはお勧め出来ない。いや、そもそも風邪引いてる時にゲームをするのもどうかと思うが。
『メッセージを受信しました』
「ん?」
と、急にツバキの前にウィンドウが表示された。
「あ、カンナギから」
どうやらツバキの後ろにいるカンナギかららしい。その文面をツバキは声を出して読み上げる。
「何々……今日はアップデートで新しいエリアとかが追加されたから風邪で怠くてもその日のうちにこの目で確かめるべくSTOにログインした。後悔はしてない。……だってさ」
声を出せない(出したくない)からメッセージを利用したのか。まぁ、ここなら紙とペンは必要ないしな。有効な手だと思う。
と言うか、カンナギはそこまでアップデートを楽しみにしてたのか? 風邪で怠くても、喉をやられても。その意気込みは買うが、自分の体はもう少し労わった方がいいと思う。
「……そうか。まぁ、無理はするなよ」
が、そんな事を言っても、そして止めても無駄なのだろうと諦める。それでもカンナギに言うべきことは言っておく。するとカンナギはメニューを開いてメッセージを打ち込み始め、数秒で送信する。
「分かってる、って」
またツバキにメッセージを送り付け、自身の言葉を代弁させたカンナギ。
「いちいち通訳を挟まないといけないのか」
流石に面倒臭い。リースや営業中のサモレンジャー、そして機甲鎧魔法騎士団の副団長よりはマシ……でもないな。種類は違うがどっこいどっこいな気がする。ただ、事情が事情なだけに期間限定の面倒臭さってのが救いか。
「いや、俺は通訳じゃなくて送られてきたメッセージをそのまま読んでるだけだからな? つか、いちいちって言いたいのは俺なんだけど? もうお前等二人さっさとフレンド登録して直接メッセージ送れるようにしとけよ」
ツバキが半眼になりながら俺とカンナギを見る。
まぁ、それもそうだよな。仲介しているツバキが一番迷惑を被っているのが現状だし、俺に直接メッセージを送ってくれた方が手間も少しだけ省ける。
普通に声を出してくれればいいのだが、そこは諦めてる。本人の意思が固いし、そして現実世界に戻った時の事を考えるとな。
面倒臭いのを承知の上で、カンナギとフレンド登録をする。
『プレイヤー:カンナギとフレンド登録しました』
これでカンナギのメッセージを受け取れるようになった。
「よし、終わったな? そろそろ東門の向こうに行ってみようぜ」
俺とカンナギのフレンド登録が終了したのを確認したツバキが東門を指差す。
「そうだな。その為に来た訳だし」
「じゃあ、あいつら呼んでくっから」
そう言ってツバキは談笑をしているサクラ達の方へと歩いて行く。
『メッセージを受信しました』
と、それとほぼ同時にメッセージを受信した。
『送信者:カンナギ
件名:改めて、よろしく』
カンナギからだった。本文は無く、件名に全て集約されている。
「……まぁ、よろしくな」
俺も改めて頭を下げる。今日一日一緒に行動する訳だしな。面倒と思っても少なくとも今日だけで、風邪さえ治ってしまえば普通に声を出すだろうし。




