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タケシは【緑木の首飾り】を元の位置に戻し、フォークに手を伸ばす。
「そう言えば、オウカ君の所は洞窟なんだよな?」
「あぁ」
「そうなると、俺達の拠点には何が反映されるんだろうな? ……岩の壁とかか?」
「いや、流石にそれは無いだろ」
一瞬、森の中にぬり壁のようなものが忽然と現れた様を思い浮かべ、直ぐに首を横に振る。流石に驚く顔が見たいという信条を掲げている(らしい)STOの開発運営もそこまではやらない……筈だ。だよな? 絶対と言い切れないのが怖い。
「一応俺の所には水が流れてるから、多分それが反映されるんじゃないか?」
「成程。もしそれが反映されるなら見栄え的にもよくなるな」
タケシは納得したように頷き、最後の一欠片を口に運ぶ。サモレンジャーの拠点では水が無いのか。木々を前面に押し出した拠点故にそれ以外は必要と判断しなかったんだろうな運営は。
森の中に湖畔が出現……とかには流石にならないか。精々小川もしくは小さな池が出来るくらいか?
「……こっちの拠点には……やっぱり木が生えるだろうな」
「その可能性が高いだろうな」
さっきも思ったように多分一本。欲を言えば三、四本は生えて欲しいな。あんまり多いと見栄えが悪くなりそうだし。で、もしそれが花の咲く木だったら儲けものと考えよう。花見も出来るし、もしかしたら蜂が来るかもしれないからな。
もしくは……空に届かんばかりの巨大な木が出現とか。……絶対にないな。流石に元の拠点の特色をぶち壊すようなものだし、そんなのが生えてきたら狭くなって息苦しくなる。狭苦しいと感じないくらい広いが閉鎖的な空間だから、そう言うのは勘弁して欲しい。
洋梨のタルトを口に含みながらそう思っていると、一つ疑問が浮かんで来たので直ぐにタケシに質問を投げる。
「所で、連動って何回出来るんだ? もしかして制限はないとか?」
「いや、三回までだ。ただ、連動した拠点を双方合意の上で解除したら、その分また他の所と連動が出来る」
タケシが首を振り、指を三つ立てながら答える。三回までなのか。まぁ、確かに回数制限なしだとすると拠点がかなりごちゃごちゃしてしまうな。自分達のプライベートスペースなのに居心地が悪くなったら元も子もないし。
「流石に無制限だとパートナーの信頼度の上り幅が大きくなり過ぎるからな。そこら辺の調整だろう」
あ、それが理由か。連動には信頼度の上昇が僅かに良くなるって言ってたもんな。無制限に連動しまくるとちょっとした事で信頼度マックスになってしまうか。そうなるとゲームバランスが崩壊するし、流石の運営でも制限は課すか。
その後、タケシと少し話してから別れて拠点に戻ってみると確かに変わっていたのが見て取れた。ただ、予想とは違って木は全く生えていなかった。
「草生えたな」
今まで植物なんて存在しなかった拠点だが、現在では天井から太陽の光が差し込む部分に点々と、そして巨岩の周りに草が生えている。
草の丈は低いが、緑があるだけで印象が随分と変わる。冷たいと言う印象は少なかったが無機質感が拭えなかったこの場所に少し柔らかさが付け加えられる。
色は緑だけではなく、淡い桃色や仄かな黄色も存在している。植物は一種類だけではなく、何種類かありその内のいくつかが花を咲かせている。
流石に採取可能な植物は生えていないようだった。そこに関しては拠点のカスタマイズで採取可能な植物を植えなければいけないだろうな。
現在、外にはキマイラ一匹しかいない。時刻は八時半を少し回った所だからな。色々動き回ったと思うから流石に三匹は眠っているんだろうな。
「ただいま」
「グルラゥ」
石窯の横で静かにしているキマイラに声を掛けると、キマイラは一声鳴くと尻尾の蛇をぷらんと揺らして反応してくれる。
「ミビニーとは仲良くなれたか?」
「グル」
俺の問い掛けにキマイラは頭を上げて首肯する。そうか、仲良くなったか。あの空中散歩が功を成したのか?
「これからもあいつの事よろしくな」
「グルラゥ」
キマイラの頭を撫でてから、岩の中へと入る。
「しー……」
「れにー……」
「びー……」
リトシー、フレニア、ミビニーの三匹が寄り添いながらソファの上で健やかに寝ていた。疲れて少し早めの就寝となったんだろうな。
俺は何にもしていないが、兎にも角にもミビニーとリトシー達の仲が良くなってよかったな。
「……さて」
寝ている三匹を暫く眺めた後、起こさないように静かに俺は拠点を出て行く。
今日は宿題も出ていないし、まだ遊べる。流石に寝ているリトシーとミビニーを起こして連れて行く訳にはいかないので一人でシンセの街へと向かう。
取り敢えず、何かしら新しいクエストでも受けようかと思い役場へと向かう。ここの役場は現実のとは違って二十四時間体制で、何時でも訪れる事が出来る。
役場の中に入ると、夜でもこの時間帯はSTOに訪れるプレイヤーが結構いるらしく、列が四つ出来ている。
一番空いている列に並び、少し待って自分の番になったのでまず以前に終わらせていたクエスト達成の旨を告げてから受託可能なクエスト一覧を表示させる。
そう言えば、チェインクエストをそろそろ進めないといけないか。進めて全部クリアしてカーバンクルの召喚具を手に入れる約束もしているし、今日は一人だけで挑んでどういう内容か自分の目で確認する事にしよう。
『怪盗からの再挑戦状』
『怪盗からの再挑戦状:シンセの街を逃げ回る怪盗を追い駆ける。
達成条件:制限時間が経過するまでに怪盗に触れる。
報酬:4000ネル 』
どうやら、今回は宝物を守るんじゃなくて怪盗と追い駆けっこでもするらしい。しかも、シンセの街としか書いていないから舞台はこの街全体なんだろうな。規模の広い鬼ごっこを繰り広げろって言うのか。前回のクエストが随分昔に感じられるが、あの時は全く触れる事が出来なかったな。速度的にも怪盗の方が上を行っていたし、更にはパートナーモンスターで空を飛ぶ事も出来るから……捕まえられるのかこれ?
まぁ、今回は様子見だしな。別に失敗したって気にしない。失敗してもクエストがロストする訳でもないし。
『以下のクエストを受けますか?
・怪盗からの再挑戦状
はい
いいえ 』
と言う訳で、『はい』をタップして【怪盗からの再挑戦状】を受ける。
役場から出てクエストが開始される場所を目指して歩こうとするも、直ぐに足を止める。前回は博物館と明記されていたからそこに向かったが、今回はシンセの街としか書かれてない。
つまり、シンセの街の何処でクエストが開始されるのかが全く分からない。
……取り敢えず、また博物館に行ってみるか。再挑戦状って書いてあるくらいなんだから、前回盗むのに失敗した博物館に再び盗みに訪れるって事だと思いたい。
博物館へと向かい、中に入ろうと扉のノブに手を掛ける。
『怪盗からの再挑戦状を開始しますか?
はい
いいえ 』
すると、依然と同じようなウィンドウが表示される。『はい』をタップして中に入ろうとする。
が、俺が開けようとした扉とは別の扉が急に開く。で、中から出てきた人物と目が合う。
「おや? 君は確か」
そいつは手にカーバンクルの宝珠を抱えた怪盗ドッペンだった。ドリットは既にマントの形態になっている。
「……そうか。こんなにすんなりと持ち出せたのは君がいなかったからか」
仮面で表情が分からないが、怪盗は何やら納得しているようだ。まぁ、あの時と同じように中の人全てを眠らせれば簡単に終わるだろうな。と言うか、だ。こいつは普通に正面から堂々と出て来たんだが、誰かに見られる事を警戒してないのか?
そう思って視線を怪盗から逸らすが、その心配は必要無さそうだった。
時間帯的にもNPCの殆どは家に帰っているし、何故か他のプレイヤーの姿が確認出来なかったからだ。流石に一人で受けたクエストなので、他プレイヤーの介入が無いような措置が施されたのか?
まぁ、兎にも角にも怪盗が正面から出て来ても不都合が生じない現状だってのは分かった。
「で、君はどうするんだい?」
と、急に怪盗が俺に話し掛けてきた。
「何がだ?」
「何がだって、僕を捕まえる為にまたここに来たんじゃないのかい?」
「……そうだが」
大袈裟に首を傾げた怪盗の言葉に俺は首肯する。
「そう。でも、一足遅かったね。目的の物はこうして僕の手中に収まっている。後は逃げるだけ。それでお終いさ」
「……何が言いたい?」
俺の問い掛けに怪盗はくすりと笑うと俺を指差してくる。
「僕とちょっとしたゲームをしないかい?」
「ゲーム?」
「そう。今から僕は逃げるから、僕に触れる事が出来たら君の勝ち。この宝珠は博物館に返すよ。で、僕に逃げ切ったら当然僕の勝ちで宝珠は返さない。どう?」
「何でそんな事を言い出すんだ?」
言っては何だが、そんな事を俺に持ちかけるよりも俺の意識を刈り取って逃げた方がよほど確実だろうに。いや、意識を刈り取らなくても直ぐに逃げてしまえばそれでいい筈だ。なのに、わざわざ自分が不利になるような事を提案してくる。怪盗の真意が分からない。
「う~ん、そうだね。……今はちょっとした刺激が欲しいからとだけ言っておこうか。あ、こっちから攻撃はしないから安心して」
軽く顎に手を当てる動作をしてから、軽く肩を竦める。
「さぁ、そう言う訳で準備はいいかい?」
怪盗は宝珠を抱え、ドリットが何故か翼をはばたかせて一匹だけで空を上って行く。
「スタートだ」
『00:10:00』
その合図と共に怪盗は駆け出し、制限時間が表示される。
どうやら、怪盗は自分の足だけで逃げるようだな。って、感心してる場合じゃないな。早く追わないと見失ってしまう。
俺は駆け出し、怪盗の後を追う。




