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辛口令嬢は辺境で花開く〜妹に婚約者を奪われ追いやられたので無口で不器用な伯爵と子育てをはじめますからお好きにどうぞ〜  作者: リーシャ


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09薬草畑の手入れを義息子と

 ルカスと一緒に庭の薬草畑の手入れをしていた。


「フロラティア様、この葉っぱ、ちょっと元気がないみたいです」


 ルカスが心配そうに茎がしなだれたハーブの葉を指差す。


「あら、本当に。日当たりが足りないのかもしれない。もう少し日が当たる場所に植え替えてみましょうか」


 共にしゃがみこんで土を耕し始めたその時だった。


「おっと!」


 不意に足元に小石があったのか、体がぐらりと傾いた。とっさに手をつこうとしたが体制を崩し、このままでは地面に倒れ込んでしまう。


「っ!」


 その瞬間、強い腕が私の腰を掴んだ。

 最後まで倒れることなく腕に支えられた。


「危ない」


 低い声がすぐ耳元で聞こえた。


「えっ」


 振り返るとディートリッヒが立っていた。いつの間にか、すぐそばまで来ていたのだ。手はまだ腰にしっかりと回されていて、体温が布越しに伝わってくる。


「あなた……」


 驚きとほんの少しの動揺で、言葉を失った。ディートリッヒが顔をじっと見つめる瞳には、わずかな心配の色が浮かんでいるように見える。


「大丈夫か」


 いつになく穏やかだった温かい響きに心臓が小さく跳ねる。


「ええ、まあ。あなたのおかげで地面にキスせずに済んだわ。感謝してあげる」


 いつもの毒舌で動揺を隠そうとした。

 ディートリッヒは言葉を聞くと、無言で私から手を離す。

 だが、視線は依然としてこちらの顔に留まっている。ルカスが心配そうに見上げる。


「フロラティア様、大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫よ、ルカス。この朴念仁がたまたま通りかかったみたいでね。本当に運が良いことだわ」


 言いながらも心臓はまだドクドクと音を立てていた。ディートリッヒの温かい手の感触が、まだ腰に残っている。

 何も言わず、少し離れた場所に立ち止まった。彼は手入れしている薬草畑の方に目を向けた。


 表情は相変わらず無表情に近いけれど、どこか穏やかな光を纏っているように見える。ルカスは再び薬草の手入れを始めた。

 作業する様子を静かに見守っていた。その存在は以前のように威圧的ではなく、温かい見守りのよう。


 ディートリッヒがそこにいると思うと、なんだか落ち着かない。腕が腰に触れた感覚がまだ残っているような気がして、少しだけ土を掘る手を早めた。


「フロラティア様、見てください!大きなミミズです!」


 ルカスは土の中から現れたミミズを見て、目を輝かせた。思わず顔を近づけて、動きを眺める。生き物が苦手な前世なら悲鳴を上げていたに違いない。


「あら、本当に。でも、土を豊かにしてくれる大切な生き物だから大切にしてね」


 ルカスは納得したように頷き、そっとミミズを土に戻した。その様子をディートリッヒがじっと見つめている。何か言いたげな顔をしていたが、結局何も口にしない。


「あなたも、もう少し言葉を覚えたらどう? そんなに黙っていたらルカスも退屈するわ」


 毒づくとわずかに視線を動かした。


「必要ない」


 返答はいつものように短かった。声は以前のような冷たさではなく、諦めのような響きが混じっている。


「本当に手のかかる男。そんなだから、ルカスにまで心配されるの」


 畳み掛けるように言うと、ディートリッヒは深いため息をついた。心の中で小さく笑う。少しずつ彼をからかうことが楽しくなっている自分がいる。


 しばらくして、薬草畑の手入れが終わった。ルカスに声をかける。城に戻ろうとしたその時、ディートリッヒがゆっくりと近づいてきた。


「ルカス、今日の剣の稽古はいつもより早く始める」


 ディートリッヒが告げるとルカスの顔がパッと明るくなった。


「本当ですか、父上!嬉しいです!」


 ルカスの満面の笑顔を見て、ディートリッヒの口元が微かに緩んだ。ルカスに見せる、最も優しい表情。表情を見るたびに心にも温かいものが広がる。


「あら、ご立派なことですこと。でも、怪我だけはさせないでちょうだいね。この子はまだ体が小さいのだから」


 余計な一言を添えると、ディートリッヒはちらりとこちらを見た。苛立ちとなぜか、感謝のようなものが混じっているように見える。


「分かっている」


 返事を聞きつつルカスの手を取り、城へと歩き出した。背中は以前のように孤独ではなく、少しだけ父親の頼もしさを帯びているように見える。


「世話が焼けるわね」


 背中を見つめながらその後を追った。


 それからの日々は穏やかに過ぎていった。ディートリッヒは相変わらず多くを語らないが、ルカスが彼に話しかける声に耳を傾ける時間が増えていく。

 こちらの方の毒舌にも以前ほど苛立ちを見せなくなり、時には諦めたようにどこか人間らしい表情を浮かべるように。


 ある日の午後。ルカスと城の応接間で古いハープの手入れをしていた。埃をかぶっていたハープは何十年も使われていないようだ。


「フロラティア様、これ、音が出るんですか?」


 ルカスが興味津々に弦に触れる。古びた音が響いた。


「ええ、ちゃんと手入れすれば、きっと美しい音色を奏でてくれるわ」


 前世で少しだけ楽器に触れた経験があったので、できる範囲で手入れを始めた。ルカスも手伝ってくれ、二人で黙々と作業を続ける。

 応接間の扉が静かに開いた。振り返るとディートリッヒが立っていて、いつものように感情の読めない顔で見ていたので驚く。


「ごきげんよう、ディートリッヒ伯爵。こんなところで油を売っていて、仕事は大丈夫なのかしら?」


 ディートリッヒは何も言わない。ハープに視線を向けた。灰色の瞳の奥に懐かしむような色が浮かんでいるように見えたのは、錯覚だろうか。

 ルカスがそんなディートリッヒに、ハープの説明をする。真面目というか、健気というか。


「父上、これ、ハープっていう楽器なんです!フロラティア様が音が鳴るようにしてくれるって!」


 ルカスの言葉にディートリッヒはハープに近づいてきた。おもむろにハープの弦に指を伸ばす。指が弦に触れると 澄んだ音色が響き渡った。

 音色はルカス達を驚かせる。楽器を演奏できるなんて、全く知らなかったのだ。知らないことの方が多いんだけどね。


「意外ね。あなた、そんな特技があったなんて。朴念仁な顔で繊細な音を奏でるなんて、誰も想像できないわよ」


 驚きを隠せずに言うと、ディートリッヒの顔が少しだけ引きつった。

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