11積み木を職人に頼もう。父と息子は妻に教えられながら遊ぶ
中から現れたのは白髪交じりの頑固そうな老人。ディートリッヒを見ると、訝しげな顔をした。
「おお、伯爵様。こんなところへ何の御用で?」
老人の問いに、ディートリッヒは目を向けて促した。
「フロラティア嬢が、あなたに依頼したいことがあるそうだ」
前に出て積み木について説明した。木でできた様々な形のブロックを積み重ねて遊ぶ玩具であること、ルカスが欲しがっていること。説明に老職人は腕を組み、難しい顔をした。
「ほう……積み木、ですか。そのようなものは作ったことがございませんなあ」
老職人が難色を示すとすかさず口を開いた。
「あなたほどの腕を持つ職人が、こんな簡単なものも作れない、なんてことはないわよね? それとも新しいことに挑戦する気概がないのかしら?」
挑発するように言うと老職人の目がカッと見開かれた。
「ふん、このワシにできないことなど、この世にないわ! よろしい、積み木とやら作ってみせましょう!」
以外にも熱血な老職人は、積み木の簡単な設計図を受け取った。ディートリッヒは様子を黙って見守っている。
口元にはかすかな笑みが浮かんでいるように見えたのは、錯覚だろうか。城に戻る道中、ディートリッヒへ礼っぽいことを言う。
「あなたも案外、人を使うのが上手になったものね。頑固な職人を動かすために私をわざと挑発させたのかしら?」
何も言わない瞳はまっすぐ見つめ返していた。同意の色がほんのり宿っているように見える。
「図星だったのね。あなた本当に油断ならない男」
思わず笑ってしまった。笑い声にディートリッヒの口元がまた緩んだ。城に戻るとルカスが出迎えた。
積み木を制作してくれる職人が見つかったことを告げる。ルカスは目を輝かせ、飛び上がって喜ぶ。
ディートリッヒはそんなルカスを見て、やはり微かな笑顔を浮かべる笑顔は以前よりも少しだけ自然になっていた。
数週間後、老職人から積み木が完成したという連絡が入る。ルカスを連れて再び職人の工房を訪れた。
工房の作業台には、磨き上げられた木でできた、様々な形のブロックが並べられている。
円柱、立方体、三角形、アーチ型。どれも丁寧に作られていて、木のぬくもりが感じられる。
「わあ!すごい!フロラティア様、見てください!」
ルカスは目を輝かせ、すぐに積み木に手を伸ばす。一つ一つを手に取り、手触りを確かめている。職人はルカスの喜ぶ顔を見て、満足そうに頷いた。
「どうだお嬢さん。ワシの腕前、見直しただろう?」
老職人が得意げに言うとわざとため息をつく。
「フン、まあ、及第点といったところかしらね。もう少し滑らかに削る努力が必要だったようだけど」
毒舌に、職人は「このお嬢さんは!」と苦笑していたが、表情はどこか嬉しそう。城に戻るとルカスは早速、自分の部屋で積み木を広げた。
集中して一つ一つブロックを積み重ねていく。時には崩れてしまうこともあるが、諦めずに何度も挑戦していた。
その日の夕食後。ディートリッヒがルカスの部屋を訪れた。扉の隙間から、ルカスが積み木で遊ぶ様子をじっと見つめる。どこかのメイドみたい。
「あなたもルカスと遊んであげたらどうなの? そうやって見てばかりいても、何も始まらない」
ディートリッヒは少し躊躇するような素振りを見せた。
「やり方が、分からん」
ええ?意外な言葉に思わず噴き出しそうになった。あのディートリッヒがまさかそんなことを言うなんて。
「あなたでも分からないことなんてあるのね。仕方がないし、教えてあげる」
手を取り、一つずつ積み木を積み重ねる方法を教えた。大きな手が小さな木製のブロックを慎重に扱う。真剣な横顔は初めて触れる宝物でもあるかのように。
ルカスはディートリッヒが一緒に遊んでくれるのが嬉しくてたまらない様子。自分の作った塔をディートリッヒに見せたり、新しいアイデアを提案したりする。
ルカスの言葉に静かに耳を傾け、時には頷く。
「父上、もっと高く積んでみましょう!」
ルカスの言葉にディートリッヒは、集中して積み木を積み重ねていく。二人がかりで完成した塔はルカスの背丈を超えるほど高い。
「わあ!できた!」
歓声を上げると、ディートリッヒの口元が緩んだ。満足と安堵のような表情。こちらもホッとする。
夜、自室でいつものようにグラスを傾けていた。琥珀色の液体が今日一日の出来事を映すように揺れる。ディートリッヒがルカスと共に積み木を積み重ねる姿を思い出すと、心に温かいものが広がっていく。
積み木が城にきてから、ルカスの部屋にはいつも楽しそうな笑い声が響くようになった。ディートリッヒも仕事の合間を縫って、子供の部屋を訪れることが増える。
相変わらず口数は少ないけれど、作った積み木の城や動物を以前よりは長く、穏やかな眼差しで見つめるようになった、かも。
毒舌も惰性。言葉に眉をひそめても、表情にはどこか「またか」という諦めと親しみが混じっているように見えた。もちろん、直接尋ねることはないけれど。
晴れた午後、ルカスと庭で薬草の手入れをしていた。春の終わりを告げるように庭の草花は生命力にあふれ、柔らかな風が心地よい。草の香りが強い。
「フロラティア様、この薬草もう少しで花が咲きそうです!」
ルカスが嬉しそうに小さな蕾を指差す。
「ええ、この花が咲けば新しい薬が作れるわ。少し苦いけれど熱を下げるのにとても効果的なの」
説明するとルカスは真剣な顔で頷いた。辺境の地で本当に穏やかな日々を過ごし、転生したばかりの頃には想像もできなかったような、温かい時間。
城の執務室からディートリッヒが姿を現した。いつも通り、真っ直ぐな姿勢で歩いてくる。
「ディートリッヒ伯爵、仕事はもう終わったのかしら? こんなに天気の良い日に、抜け出してきたわけではないわよね?」
皮肉を言うと何も言わずにそばまで来た。




