55「カギ」【挿絵あり】
知人のライターから聞いた話。
ライターと言っても“元”で、今は主婦業に
専念している。
そんな彼女は結婚する前、インコを飼っていた。
青っぽい、よくしゃべる賢い子(本人談)だったという。
「まだ駆け出しだったから、だいぶ前になるけど」
その日彼女は、仕事である大手と打ち合わせの
予定があった。
家を出る時間になったので、玄関に向かうと
いつも置いてある場所に自宅のカギが無い。
オートロックのマンションとはいえ、カギを掛けないで
出かけるなんて事は出来ない。
「慌てて探したんだけど、
どうしても見つからなくて」
そうこうする間にも、約束の時間は迫ってくる。
仕方なく彼女は、近所に住む友人に事情を話して、
留守番してもらう事にした。
「でも、結局その友人が来るまでは自宅で待って
なきゃいけないじゃない。
15分くらいで来てくれたけど、もう遅刻は
確定だったわ」
それでも彼女は自宅を友人に任せると、早足で
タクシーを拾った。
本来なら電車だが、そんな余裕はもうどこにもない。
10分ほどの遅刻で、待ち合わせ先に到着した。
先方はすでに着いており、向こうも怒っているだろうと
思っていると、
「会った瞬間、
“電車で来ましたか!?”
“無事でしたか!?”
って言われて」
それは、あの有名な毒ガステロが行われた日だった。
遅刻の言い訳どころの話ではない。
若い女性という事もあり、先方はかなり心配してくれて、
打ち合わせの後は帰りのタクシー代までくれたという。
「家に帰っても、まだ現実感が無くて。
友人にお礼を言って、とにかく自宅のカギを
探す事にしたんですけど」
ふと、鳥カゴの中にいるインコが何かで遊んでいる事に
気付いた。
それには、見覚えのあるストラップが付いていた。
「一人暮らしだったので、誰かがカゴの中に
入れない限り、そんな事は無理なんですけどね」
その後、3年ほどでそのインコは死んだ。
6才で、かなり長生きした方らしい。
今でも命日の日には好物のイチゴを、埋めた場所に
供えに行くという。





