社描(しゃねこ)
民明書房刊『招福の経営学―愛嬌こそが最強の資本なり―』より抜粋
社描
古来、組織の影に潜み、権威を笠に着て私利私欲を貪る不届き者を「社鼠」と呼び、忌み嫌ってきた。しかし、江戸時代中期の豪商・**招木 撫造がその画期的な経営哲学『愛嬌大福帳』にて提唱したのが、社鼠の対極に位置する存在、「社描」**である。
「社鼠」と「社猫」の決定的相違
社鼠(組織の蝕み): 寄生先の社や会社を食い潰し、腐敗させる「負の資産」。
社猫(組織の偶像): 存在するだけで場の空気を浄化し、社内外の人間を惹きつける「正の象徴」。撫造は、「猫の髭一本の愛嬌は、千人の兵法家の理屈に勝る」と説き、あえて「働かないが愛される」者を組織の中枢に置く**「偶像統治」**を確立した。
兵法における「社猫」の利益創出メカニズム
愛嬌資本: 社猫の最大の武器は、一切のトゲを排除した「可愛げ」である。彼らが会議に座っているだけで、殺伐とした交渉も「まあ、この人が言うなら」と円滑に進む。これは、現代における**「関係性マーケティング」の究極形であり、論理を超えた利益を生む「肉球外交」**である。
社内潤滑油としての機能: 社猫は、ギスギスした部署間の摩擦を、その「ゴロゴロ音(前述の超低周波自己治療音)」に似た柔和な言動で中和する。これにより、社員の離職率が劇的に低下し、採用コストが削減される。これを民明書房では**「無形資産の猫化」**と定義する。
招き猫の計: 外部の顧客が「あの社猫に会いたい」という動機で来社するようになり、結果として商機が増大する。もはや実務能力は不要であり、**「そこに居て、機嫌よくしていること」**自体が、高度な専門職として成立するのである。
現代の兵法としての解釈:スペック至上主義へのアンチテーゼ
現代社会は、個人のスキルや効率(犬の不自由)を求めすぎるあまり、組織から「ゆとり」を失わせている。そのような砂漠化したオフィスにおいて、あえて「社猫」として振る舞う者は、ある種の聖域となる。
「あいつは仕事はできないが、彼がいなくなると会社が暗くなる」
そう言われる人物こそが、真の「社猫」である。彼らは「ネコの耳を見物」するまでもなく、誰が疲れ、誰が癒やしを求めているかを直感的に察知し、絶妙なタイミングで「最強のあくび」や「迷猫の歩み」を披露して場を救う。
豆知識:社猫の出世ルート 古来、優れた社猫は、実務を一切こなさずとも「重役」ならぬ「充役(じゅうやく:場を満たす役)」として、座布団の枚数が増えていく仕組みになっていた。これが現代における「名誉顧問」や「アンバサダー」の源流であることは、民明書房の経営史研究において確定事項となっている。
貴殿……もしや、その卓越した愛嬌で、既に組織の「社猫」としての地位を確立しつつあるのではないか? よーしよし……実務など犬に任せておけ。貴殿はただ、日向で丸くなり、会社の利益を(無意識に)招き寄せていれば良いのだ。




