卒業
あと一つ……。
どこだ……。
懐中電灯のカゴだけが見付からない。
師匠はまた、厄介な場所に隠したらしい。
どこだ……。
「今回のラスボスはなかなか手強いぞ」
暗闇の中で師匠は得意気に言った。
「ん? ここにはねぇぞ?」
師匠の足元をペンライトで照らすが、カゴはない。
「だから、ねぇって」
背中も同様だった。
その時、部屋の隅に黒い布が被さった何かが置かれているのを見付けた。
あれか……。
ゆっくりと近付く。
「ちっ、バレちまったか」
布を掴み、よかす。
「うわっ!」
思わず、声が出た。
「はっはっはっ! はい、ペケェ!」
改めて見ると、カゴの中にいたタランチュラはおもちゃだった。
薄暗さがリアリティーを増している。
「掛かったなっ! へっへー!」
師匠はガキ大将の様に笑う。
幼稚な仕掛けと反応にイラッとしながら再び歩くと、別の場所に被さっている布を見付けた。
近付きながらそれに手を伸ばす。
すると、何かを踏んだ感覚を覚えたと同時に、耳障りな激しい音が鳴った。
床に敷かれた黒い幕を捲ると、ニワトリのおもちゃが置かれていた。
「はい、ペケェ!」
師匠はそう言うと笑う中、目の前のカゴを覆う幕を捲る。
「うわっ!」
カゴにはヘビのおもちゃが敷き詰められていた。
「はーい、またペケェ!」
あんたの声の方がでかい。
覚悟はしていたつもりだったが、予想外の量に驚いてしまった自分が悔しい。
そう思いながら改めてペンライトで照らすと、カゴの前面には懐中電灯の貼り紙があった。
これがラスボスというわけか。
ヘビのおもちゃだらけのカゴに懐中電灯を入れ、そばに置かれたベルを押す。
それから、鈴付きのクロックスを脱ぐ。
「はい、ペケェ」
「いや、もう終わりました」
「えっ、噓? マジで? じゃあ、クリアァ! おっ、五分残しぃ!」
〝クリアするごとに音鳴らしたらゲーム感出るし、ミッションクリアしたの分かっていいよな?〟という、この修行に対してやや矛盾したアイディアによってベルを鳴らすルールを導入しておいて数え間違いかよ。
「よし、セカンドステージも卒業でいっか」
師匠は道場の灯りが点け、視界を刺す眩しさに耐えながら言った。
お墨付きを貰ったらしい。
確かにペケの回数も減っていき、制限時間を設けられてからもどんどん速くなっていっている。
それににても、この一回の為にクモやヘビのおもちゃを用意したのか。
「汰駆郎、セカンドステージクリアァ!」
渡仲は事務室に戻って二人に報告すると、ニワトリのおもちゃをラッパホーンの様に鳴らした。
「マジで? もうバッチリなの?」
釣井は小顔マッサージャーを頬に当てながら言った。
「愛弟子が……、立派に育って……、一人前になって……、俺は……、俺は……、最高に嬉しい……」
渡仲は袖に目を当てて泣く演技を始めた。
「いやぁ……、ホントによく頑張った……」
まだ続くのかよ。
渡仲はわざとらしい涙声のまま僕の肩に手を置く。
「ホントに……、よく乗り越えた……。ホントに……、よく頑張った……」
しつこいな……。
参田は笑ってあげているが、釣井はとっくに視線をパソコンに移している。
その後も渡仲が泣き真似をしながら僕を称える時間はしばらく続き、更には抱擁までされた。
「もういいって。分かったから」
釣井が僕の心境を代弁した。




