暗闇
母の退院から、一ヶ月になろうとしているらしい。
九月も半ばになり、ようやく暑さも弱まってきた。
「汰駆郎、テレポーションもVRも完全にマスターしたな」
渡仲は言った。
「そろそろ卒業してもいいかもね。ね、先生?」
釣井にそう言われた参田は「え? 何の事?」と返す。
「だからぁ、瞬間移動の練習っ!」
「ああ、あれね。うん、そうだね」
〝テレポーテーション〟も〝VR〟も未だに覚えておらず、ピンと来たらしい参田は「来間さん、合格です」と、僕に言った。
三人から、お墨付きを貰えた。
VR状態は、日に日に上達している。
すぐに光景が浮かぶ上に、しばらくその状態を持続させられる様になった。
先日からテレポーションの練習を再開したが、ブランクは一切なく、益々上達していき、すっかりお手の物だ。
迅速且つ何十キロも離れた場所に移動出来る様になった上に、それが何時間も繰り返す事が出来る様になった。
「じゃあ、次のステージ行こうか」
「おっ、あれやるの? よし、やろうやろう」
そう言った釣井は、「ちょっと待っててね」と言いながら渡仲と共に事務室を後にした。
「お母さん、あれから調子どうですか」
ヤクルトの蓋を剥きながら訊いた参田に、「元気でやってるみたいです」と答える。
「そっかそっか。それは良かったです」
極度の心配性の父が、何故か当事者である母よりも痩せた事を話すと、参田は「お父さん、愛妻家なんだねぇ」と、笑って言った。
「来間汰駆郎様、お待たせ致しました。修行第二章の道場が完成致しました。師匠がお待ちです。どうぞこちらへ」
十数分後に戻って来た釣井は僕に言った。
執事か秘書のモードらしい彼女の案内に付いていく。
「どうぞ」
二階に到着したエレベーターのドアが開くと、遮光カーテンを閉め切っているらしく、真っ暗だった。
そして、釣井が掌で差す先には、奥にあるパイプ椅子の上で足を組んでスマホを弄る師匠の姿があった。
「ようこそ、セカンドステージへ」
やかましいわ。
やはりこの男もそのモードになってるわけか。
にやっと口角を上げた表情が鼻につく。
「では、頑張ってぇ」
役が抜けて素に戻ったらしい釣井を乗せたエレベーターが閉じた。
「ふふっ、遂にこのステージに辿り着いたか……」
もういいよ、そのモードは。
大体、何でファーストステージが屋上でセカンドステージが二階なんだよ。逆だろ。
「今からお前には、これを装着して貰う」
師匠がスマホで照らしながら僕の足元に置いたものは、クロックスだった。
何故か穴が全て鈴で埋められている。
「そして、これも装着して貰う」
師匠はそれから、リストバンドを僕に渡した。
同様に鈴が縫い付けられている。
「セカンドステージは、物音立てずに暗闇で移動する修行だ。子供達が寝てる間にプレゼント届けるからな」




