不調
「おはようございます」
次の日、事務室に入って挨拶を交わしてすぐに、参田の「お母さん、大丈夫ですか」という言葉と、釣井の「お母さん、大丈夫?」というそれが、同時に発せられた。
「お騒がせして申し訳ないです。母は、乳癌だったみたいで」
「ええっ……」
「噓ぉ……」
二人は、名探偵に〝犯人はこの中にいる〟と言われた容疑者の様な表情を浮かべた。
「あらぁ……」
「乳……癌……」
「でも、かなり初期段階だったみたいで、一回手術するだけでいいみたいです」
そう言うと二人は、「ああ……、良かったぁ……」と、再び口を揃えた。
「そっかそっかぁ……」
「早く退院出来るといいですねぇ」
その時、渡仲が来た。
「母ちゃんどうだったっ! 大丈夫なのかっ!」
開口一番そう言った彼に、「乳癌だったみたいです」と答える。
「ええっ! 乳癌っ……!」
渡仲は二人と同じ表情を浮かべた。
「でも、早期発見で大事には至らなかったみたいで」
「そう、なのか……。乳……、癌……、かぁ……」
まだ〝乳癌〟で止まっているらしい。
「乳癌……、乳、癌……」
渡仲は目を見開いたまま呟く。
どうやら、父と同じタイプらしい。
「手術は怖いけど、早期発見でホント良かったね」
参田は釣井に、「不幸中の幸いだね」と共感すると、「お大事にと、お伝え下さいね」と、僕に言った。
それからラジオ体操を終え、ファイルを開いた。
民家の写真を、凝視する。
一分。二分。三分。
なかなか、光景が浮かび上がってこない。
いつもならもう出来ている筈だ。
時計に目をやると、どうやら十分以上経っていたらしい。
息を吐く。
改めて、写真を凝視する。
集中。集中。
ようやく、写真と同じ民家が、脳内に浮かび上がった。
だが、すぐに消え始め、じわじわとなくなっていった。
集中。集中。集中。
一分。二分。三分。
またじわじわと浮かび上がった民家の光景が、じわじわと消えていった。
今日は本調子ではないのだろうか。
何だか、訓練が身に入らない気がする。
どうやら、自分で思っている以上に母の事が気掛かりらしい。
写真を見続け、光景が浮かんでは消えていく。
それがしばらく繰り返され、何とかⅤR状態が出来た。
だが、やはりすぐに消えてしまう。
「はーい、終了っ! お昼休みだよー!」
時折、休憩を促されながらしばらく写真を睨んでいると、釣井の号令で、集中から解放された。
時刻は間もなく正午になる頃だった。
息を吐く。
結局今日は、数秒のVR状態が数回出来た程度だった。
その時、LINEが来た。
母からの、〝元気かい?〟というメッセージ。
訊きたいのはこっちだ。
それから、病院の質素な食事を撮った画像が送られてきた。




