着信
かつて平成を彩り、国民的アイドルと言われていた女性グループの曲を釣井が歌い終えると、画面上には知らない曲と歌手の名前が表示された。
渡仲は、コンプライアンス上問題がありそうな奇抜過ぎる歌詞を熱唱する。
「まぁた知らない曲ぅ」
カラオケの定番と言われているアップテンポな曲の熱唱とビールの一気吞みで更にすっきりした様子の釣井は言った。
八十年代の歌やTikTokの音源に使用した動画を投稿するインフルエンサーが急増している曲など、幅広いジャンルに手を付けていく彼女に対して、渡仲は何れもロックらしい全く知らない曲ばかりを入れていく。
その時、カラオケルームの電話が鳴った。
受話器を受け取った釣井は、「延長で。あとビールください」と、食い気味で注文した。
「汰駆郎、お前も歌えよ」
歌い終えた渡仲はそう言うと、フライドポテトに手を伸ばす。
「歌って歌ってぇ」
釣井は僕の手元にマイクを置いた。
参田が三曲程、プロの世界に入っても遜色なく通用しそうなクオリティーの演歌を歌った以外は二人がマイクを離さなかったため、このまま終われるかもしれないと安心していたが、遂に誘われた。
「ほらほらぁ」
釣井に渡された入力機を、思わず受け取ってしまった。
「汰駆郎君の歌も聴きたぁい」
人前で歌うのか……。
歌わなくてはならないのか……。
息を吐く。
頭の中が嫌悪感に埋め尽くされ、歌が思い浮かばない。
とりあえず、入力機の履歴画面を見てみる。
「何歌うんだろう」
釣井はそわそわして言った時、店員がビールを運んで来た。
歌っている途中だったら余計に恥ずかしかっただろう。
入力機の画面をスクロールしていき、口ずさめる歌が現れた。
この曲でいいか……。
「楽しみぃ」
大体、カラオケというシステムが理解不能だ。
何故、わざわざ金銭を支払ってまで歌うのだろう。
いつでも、どこでも歌えるじゃないか。
苦痛だ。
息を吐く。
意を決して、マイクを握る。
意を決して、曲を入力する。
「おっ、いいねぇ」
「上手い下手はっきり分かれる系の歌じゃん」
曲名が表示されると、渡仲はハードルを上げてきた。
歌いたくない。
苦痛だ。
無理矢理歌わされた会社の二次会でカラオケで笑い者にされ、しばらくイジられ続けたトラウマが蘇る。
イントロのメロディーが進んでいく。
歌う部分が迫ってくる。
その時、スマホが鳴った。
自分の着信音を思い出すのに数秒を要した。
「おい、始まってるぞ」
ポケットから取り出したスマホの画面上に表示されていた更に珍しい文字に、驚いた。
「すいません、ちょっと電話します」
何か、ただ事ではない予感を察した僕は、急いでカラオケルームを出た。




