清涼
「ちょっと、買い物行こうかな」
参田が立ち上がる。
「暑いから気を付けてよ。また熱中症になんない様にね」
釣井にそう言われた参田は「うん、ありがとう」と返しながら麦わら帽子を被る。
「夏の風物詩だよな、先生の熱中症は」
渡仲がそう言うと、釣井は「そうそう」と笑う。
「ただいまぁ」
十数分後に戻って来た参田は手にしていたレジ袋を顔の位置まで上げた。
「ぶどう買って来たからさ、皆で食べよう」
「えっ! それ、シャインマスカットじゃないっ?」
「すげぇっ! シャインマスカットじゃんっ!」
参田が袋から出した中身に、二人は感激した。
それから、今日が誕生日の釣井は皆より多く食べられるというルールを参田が設けると、本人は容赦なく六割程平らげた。
渡仲は大ブーイングだ。
子供のプロフィールを見ていき、判定していく。
VR状態の訓練に比べると楽だが、この作業も集中力を要する。
「あっちぃ。喉乾いた。麦茶飲も」
「あら、珍しい。アタシもー」
コーラを切らしたらしい渡仲が冷蔵庫に向かうと、釣井は手を挙げる。
「あっ、アイスある」
「あっ、そうだ、忘れてた」
渡仲の言葉に目を丸くした参田は、「皆にアイス買ったんだった」と言いながら立ち上がる。
「溶けちゃうと良くないからさ、昨日終わった後の涼しい時間にね」
「アイスまであんの?」
「よっしゃー!」
シャインマスカットを買うのは咄嗟の思い付きだったらしい参田が抱えるアイスに、渡仲と釣井ははしゃぐ。
「てか、待って、ハーゲンダッツあんじゃんっ!」
参田がデスクに並べたアイスのラインナップを見た釣井は、更にはしゃいだ。
チョコミントアイス。モナカアイス。オレンジ味のシャーベット。そして、
いちご味のハーゲンダッツ。
今日は釣井の誕生日という事で、特別枠のハーゲンダッツが用意されているらしい。
いつもなら四人でじゃんけんをするのだが、今日が誕生日の釣井は無条件で欲しいアイスを選べるというルールを参田が設け、彼女は案の定、ハーゲンダッツを獲得した。
「うわっ、マジかよ。ハーゲンいきやがった」
渡仲は文句を言う。
「だって今日はアタシの誕生日なんだもん」
釣井はうきうきした様子でそう言いながらハーゲンダッツの蓋を開ける。
「じゃあ、男三人でじゃんけんすっか」
渡仲が仕切る。
「いいよ、私は最後で」
「だから、いいんだってば。それ言うの禁止って言ったでしょ」
「そうだった。また言っちゃった」
参田に指摘した釣井はハーゲンダッツをスプーンですくう。
「じゃんけんで勝ったら選べるっていうゲームなんだからさ」
「無条件でハーゲンゲットしたお前が言うな」
釣井は渡仲の言葉をお構いなしでハーゲンダッツに唸る。
それから三人でじゃんけんをすると、唯一チョキを出した参田は申し訳なさそうにモナカアイスを選んだ。
「いくぞ、じゃんけんっ!」
渡仲が拳を構えながら号令を掛ける。
この勝負、絶対に負けられない。
「ぽんっ!」
グーを出した。渡仲はパー。
「うっしゃあっ!」
渡仲は喜ぶ。
畜生……。
いや、まだ可能性はある。
頼む。
チョコミント好きであってくれ。
渡仲は、シャーベットを選んだ。
「良かったぁ。俺、チョコミント嫌いだかさぁ」
残念ながら、彼も同じ派閥だったらしい。
「えっ、そうだったの?」と、参田は目を丸くする。
「てか、汰駆郎君、チョコミント大丈夫だった?」
「あっ、はい」
そう言うしかない。
参田は「ああ、良かったぁ」と、真に受ける。
覚悟を決め、蓋を開ける。
覚悟を決め、スプーンを刺す。
そして、覚悟を決め、口に運ぶ。
清涼感が、口に広がる。
やはり、冷たい歯磨き粉だ。
「先生、何でこんな賛否両論のもの買うのさ。チョコミントは好き嫌い分かれるでしょ」
「そうなの? チョコミントって嫌いな人多いの? 私は好きだけどなぁ」
参田はまた、目を丸くする。チョコミントを選んでほしかった。
「チョコミントってただの冷たい歯磨き粉じゃん」
渡仲の言葉に、思わず同調しそうになる。
「嫌いは皆そう言うよね」
「スズは昔よく食ってたよな」
「うん、アタシ好き派」
「嫌い派は俺だけか」
僕も嫌いだと言いたい。
三人はそれぞれのアイスを称賛しながら頬張る。
自分だけが惨めな思いをしている事を惨めに思いながらも、何とかチョコミントを食べ終えた。
「ねぇねぇ、今日さ、終わった後、皆でゲンちゃんのとこ行こうよ。アタシの誕生日だし」
釣井がそう言うと、彼女の誕生会の開催が決定した。
随分と積極的だなと思いながら、お口直しの麦茶を口に入れる。




