導入
朝恒例のラジオ体操が終わった。
子供でも大半は第二まではやらないだろう。
未だにこの気恥ずかしさには慣れない。
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~んっ!」
ラジオ体操が終わるのを目掛けていたかの様なタイミングで渡仲は入社した。
「いや、違う違う。あれだよ、二日酔いで寝坊しただけ」
「何が違うのさ。一番ヤバい理由じゃん」
渡仲は手にしていたコーヒーのストローに、お構いなしといった様子で口をつける。
「てか、遅刻したくせにコーヒー買ってんのもあり得ないし」
「いや、違うよ。これはコンビニで買ったんじゃなくてカフェで買ったやつだから」
「だから、だったら何なの。言い訳になってないから。むしろ、カフェの方が駄目でしょ。何、遅刻してるくせに本格的なコーヒー買ってんのさ」
その時、パンッと大きな音が鳴った。
「びっくりしたぁ……!」
渡仲と釣井は、声を合わせながら音の方を向く。
参田がクラッカーを鳴らしたらしい。
「あっ、そっか、今日か……」
渡仲は左胸に手を当てたまま、吐息が混じった様な声を出す。
「スーちゃん、お誕生日おめでとうっ!」
参田は大きく拍手する。
「あ、ありがとう……。もう、びっくりしたよ、先生……」
「俺、全然忘れてたわ」
「そう言いつつも何か用意してくれてるパターンなんでしょ? 今まで何回かあったけど」
「いや、ガチで忘れてたわ」
「ガチで忘れてんな。まぁ、あのびっくりの仕方はガチだろうなぁ」
「そっちこそびっくりしてたろ。自分の誕生日なら来るの分かんだろ。先生、毎年あれやってんだし」
「先生っていっつも変なタイミングでクラッカー鳴らすからさぁ。何で今? ってタイミングでぇ」
「ははっ、びっくりさせちゃった? ごめんごめん」
参田はクラッカーの中身を回収しながら言った。
「どうせそう言ってまたやるんでしょ? いっつも謝る割には懲りずにまたやるんだからぁ」
「てか、クラッカー鳴らしといて、〝びっくりさせちゃった?〟は矛盾してるよな。びっくりさせる為なのに」
二人に言われた参田は笑う。
正午になり、昼食を買いに行った釣井が帰って来た。
「スーちゃん、いくらぐらいしたの、全部で」
「え、四〇〇円ぐらいだけど」
ビニール袋からパンやサラダを出す釣井は訝しげに答える。
「四〇〇ねぇ。あっ、一枚足りないや。じゃあ、一〇〇円はおまけで」
参田はパンパンに膨らんだ茶色の折り畳み財布から五〇〇円玉を釣井に渡した。
「え、くれるの?」
「うん、今日はスーちゃんの誕生日だからね。私の奢りって事で」
「やった、ありがと、先生」
「マジかよ、おい。今までそんな制度なかったじゃん」
渡仲はコーラの蓋を開けながら言った。
「ははっ、今日からの導入って事で」
「じゃあ俺ん時も奢ってよ」
「うん、勿論」
「いぇーい」
「てか、奢ってくれるなら先に言ってよね。もっといいもの買ったのに」
「あはっ、ごめんごめん」と、参田は笑う。
「てか、先生、俺、一〇〇円玉あるよ」
黒い長財布を開けた渡仲に釣井は、「こら、余計な事言うな。持ってても言うな」と指を差す。
「あはっ、いいよいいよ。スーちゃんの誕生日だから」
参田を微笑む。




