派閥
「てか、あっちぃな」
渡仲の一言で〝クーラーの設定温度を下げるか〟という議題の多数決が始まり、満場一致で彼の案が可決された。
「涼しぇー!」
Tシャツの胸元を掴んで扇ぎながら叫んだ渡仲は、コンビニの冷やし中華を豪快に啜ると、それをコーラで流し込んだ。
「その、夏恒例の組み合わせやめなよ。ホントあんたって夏になるとその組み合わせばっかだよね」
釣井は呆れる。
「いや、この組み合わせは最強だぜ、マジで。もう、ホント、コナンと倉木麻衣ぐらい相性いいぞ、マジで」
「そんなに? 絶対嘘だぁ」
「ホントだし。てか、クーラーもうちょいー下げね?」
「下げません。今が適温です」
案が即却下され、多数決すら行われなかった渡仲は、「けっ」と吐き捨てる。
年上の釣井が何だかんだで権力を握っているのだろうか。
それとも、釣井が女であるが故に譲ったのだろうか。
「汗かいちまったなぁ。もっかいシャワー入りてぇ」
「唯武樹、シャワーは朝派なんだ?」
「おう、シャワーは普通、朝だろ」
「いや、知らないけど、あんたの普通は」
「いや、一般的だろ。〝朝シャン〟だろ」
「一般的じゃないから〝シャンプー〟ってワードにわざわざ〝朝〟って付け加えてんでしょ」
「あれは朝に入る清潔な人と夜だけ入る不潔な人を差別化する為の言葉だろ」
「何で夜に入る派が不潔なのさ」
「入ってから大分経ってんだから不潔だろ。でも俺は洗ってすぐの清潔な体で出勤してるからな」
「お風呂入った後は出掛けてないんだから不潔じゃないでしょ。てか、朝派って事は普段、帰った後はお風呂入いんないの?」
「おう、汗ばんでなかったらな」
「そっちの方が不潔でしょ」
「何でだよ」
「外から帰って来たのに体洗わないでベッドに入るなんて、アタシ絶対嫌なんだけど」
「朝洗うんだからいいだろ」
「朝派の気が知れないんだけど。出掛けた後でしょ、普通」
「帰ってから体洗う方が意味分かんねぇよ。何であとは寝るだけなのに体洗うんだよ」
「外で着いた汚れとか菌を落として寝るんでしょ。普通そうでしょ」
「普通じゃねぇって」
「ねぇねぇ、汰駆郎君は出勤前と帰宅後のどっちにお風呂入ってる?」
突然パスが来た。
「帰宅後です」と答える。
「だよね? はい、帰宅後に一票入りました」と、釣井は勝ち誇った様に言う。
「マジかよ、おい。先生は?」
「え、私? 何? 何の話?」
渡仲に訊かれた参田は新聞に夢中だったらしく、目を丸くさせる。
「シャワーは帰ってから入るか、朝に入るかって話」
「ああ、私はね、お風呂はいつも帰ってから入ってるよ」
「はいぃ! 三対一ぃ!」
釣井に指を差された渡仲は、「マジかよ、おい。俺、アウェーじゃん」と、嘆く。
「私、色んな温泉地の入浴剤を集めててね、〝今日は箱根にしようかなぁ〟みたいな感じで迷うのが好きなの。お風呂上りはいつも乾布摩擦してるよ」
「絵に描いた様なおじいさんだね」
釣井の一言に渡仲は大笑いする。
「その後にね、牛乳を飲んでマッサージチェアに座るのが日課なの」
「おじいさんだねぇ」
渡仲はまた、大笑いする。
参田が話題をずらした事で、渡仲と釣井の論争は幕を閉じた。




