疲労
羞恥心の割にそれ相応の意味があるとは到底思えないラジオ体操が終わった。
何故、大人がこんな事をしなくてはならないのだろう。
何故、第二までやるのだろう。
このルールに首を傾げる。
それから、事務室の棚に並んだファイルの一冊を取り、開く。
民家の写真を凝視し、ⅤR状態の訓練に勤しむ。
通知や画面消灯に集中を妨げられる事がない故、断然スマホよりこの方がいい。
そして何より、暑さが毎日の様に更新されていく今、クーラーがあるとそれだけでこの空間は快適だ。
民家の写真を、凝視する。
「おっ、ゾーンに入ったのか。可愛い娘見付けたら教えろよー」
「こら、茶々入れんな。ゾーンに入ってる人にっ!」
釣井の喝で、静まり返る。
それから、脳内に現れた線が、絵を描く様に進んでいき、写真と同様の光景を作り出していく。
じわじわと、色も加わっていく。
光景が完成したらしい。
首を動かすと、ⅤR状態に成功した。
「おっ、ⅤR出来たのか。それで見付けた女を追跡したりすんなよー」
「するか。あんたじゃないんだから。てか、茶々入れるなって言ってるでしょ」
「ⅤRの練習するフリしてサボんなよ」
「茶々入れんなっつうの」
「〝ⅤR〟は、〝ボーっとする〟の略じゃねぇぞ」
「上手くないし。全然上手くないし。大体、Ⅴだったら〝ボーっと〟じゃなくて〝ヴォーっと〟でしょ。無理矢理ⅤRに寄せようとして発音良くなってるし。〝R〟の役割、〝る〟だけかよ。てか、茶々るなっつうの」
民家の光景がじわじわと浮かんだ。
上下左右に首を動かす。
難なく、ⅤR状態が出来る様になってきたらしい。
すると突然、ずっしりとした重たい疲労を全身に覚えた。
光景が、すぅーっと消えていく。
しばらく全力疾走したかの様な息苦しさ。
頭が重い。
体が重い。
息が切れ、目眩がする。
「大丈夫、汰駆郎君っ!」
「汰駆郎? 汰駆郎っ!」
「ど、どうしましたっ?」
三人の声がやけに響く。
釣井が慌てて冷蔵庫に向かい、取り出したポットから麦茶をコップに注ぐ。
「これ飲んで、汰駆郎君」
差し出されたコップを掴み、麦茶を飲む。
「ちょっと、休憩しよ、休憩。ちょっと、目がうつろだね」
釣井は僕の背中を擦る。
「最初の内はな、慣れるまでそんな感じなんだよな」
「大丈夫ですか、来間さん」
「はい……」
「あまり、根を詰め過ぎない様に。休み休みでいいですからね」
次第に息苦しさが和らいでいく。
「無理すんなよ」
渡仲は僕の肩を揉み始めるが、かなり下手で、つねられている様にしか感じない。




