修得
七月に入ると参田は、道場に向かう僕と渡仲にこまめな水分補給を促すのが日課となった。
時間の経過に比例して強さを増していくじりじりとした太陽光と、頻繁に発せられる〝あっちぃ〟という師匠のぼやきに集中力を削がれながらも、早く光景が浮かぶ様になったり、それが脳内に現れる時間が長くなっていったりと、少しずつ腕が上がっていってる気がする。
修行が終わると、クーラーの効いた事務室がオアシスに思える。
特に暑い日には参田からアイスクリームが支給される。
いつもちゃっかり自分も貰っている釣井は、表面上は申し訳なさそうにするものの、パッケージを開けた途端に喜色満面でアイスクリームを頬張る。
更には次のアイスクリームをリクエストする始末だ。
七月中旬になると、暑さが本格的になった上にⅤR状態の練習をする段階に入った故、参田の提案で事務室で行う事になった。
いつもの様に資料のファイルを開き、民家の写真を凝視する。
「皆さん、すっかり暑くなってきたのでね、水分しっかり摂って下さいねぇ」
常套句で忠告する参田に釣井は、「しっ! 汰駆郎君が集中してるでしょ」と、注意する。
「おっと、これは失敬」
その時、写真と同様の民家が脳内に浮かんだ。
首を、動かす。
脳内に浮かぶ民家の光景も、同様に動いた。
師匠が言っていた通り、まさにⅤRだ。
「もしかして、VR出来る様になったのっ!」
釣井は立ち上がると、勢い良く拍手した。
「すげぇじゃんっ!」
参田と渡仲も倣ってスタンディングオベーションする。
「ホント、有望だね、汰駆郎君はっ! すごいよっ! もうその段階なんてっ!」
「俺達、丸一年掛かったもんな」
「それはあんただけでしょ。アタシは十ヶ月で修得したもん」
「大した差じゃねぇよ」
「えっ、どうしたんですか、何かありました?」
参田は目を丸くしながらきょろきょろする。
状況を把握していなかったらしい。
確かにこの年代は普通、VRを知らないだろう。
「ちょっと先生、知らないで拍手してたのー? 流され過ぎでしょ」
そう言った釣井は参田に説明した。
「ああっ! あれの事っ! もう出来る様になったんですかっ! すごいですね、来間さんっ!」
参田は改めてスタンディングオベーションをする。
「いやぁ、実に素晴らしいっ! 来間さんがここに来てくれて本当に良かったっ!」
参田が求めた握手に応じると、彼は両手に包んだ僕の手を激しく振ったまま、なかなか離さない。
「ホント、期待のエースだよね」
釣井が同調する。




